第14章(1)〜敗北の予感
★グリックの施設見取図です。作品理解の参考にどうぞ
下のURLをコピペしてお使い下さい。
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/00/315a2b8b2939d89b0bd8295eb728100c.jpg
初心者の方へ
IE/インターネットエクスプローラーでのやり方
1)頭にカーソルを持って行き、左クリック押しっ放し、右へ動かし白黒反転させ、“Ctrl”と“C”を同時に押します→これでコピー出来ました。
2)次に、IEのアドレス欄の先頭にカーソルを持って行き、左クリックして、今出ているアドレスを白黒反転させ“Ctrl”と“V”を同時に押します→これで貼り付け出来ました。その後アドレス欄の右側にある、→移動、をクリックします。
3)このページに戻る場合は左上の“アドレス”の上、←戻る、をクリックしてください。
「まずい!」
アウリが突然立ち上がる。白い真四角な部屋『作戦室』でカイトをトレースし、パイロットを見つけ出そうとしていたアウリとジブは、グラックに充満した錯綜する思念の波と混乱した感情の渦に巻き込まれてしまい、パイロットを見つけ出すのに成功しなかった。
これは彼らの能力者としてのレベルの問題ではなく、数の問題だった。たった2人で千人以上の乱れた思念を掻い潜ってパイロットを見つけ出す事は、正に藁塚に針の例え通りレベルの高い能力者と言えども手に負えない仕事だった。
そんな中、対象集団Aと名付けられたカイトが消失、メインコントロールとの連絡も、混乱が一気に高まった事により絶えてしまった。ジブは内線電話や携帯通信機で呼び出そうとしたが、これも話し中や相手が取らないなど、連絡が取れない。これが5分ほど前からの状況で、2人はこの5分間、完全に置き忘れられていた、と言える。
ちなみにこの作戦室には、能力者の能力発揮を助ける仕掛けや環境はあっても、それ故に外部の情報や連絡を受けるシステムは最低限しかない。
「なに?アウリ」
ジブの問いにアウリは、
「行くよ、ジブ。プリンスのところへ!」
「え?」
アウリは眉間に軽く皺を寄せ、虚空を見つめる様にして、
「すごく嫌な予感がする。何かが間違っている。行かなくちゃ」
「でも、勝手に出て行ったら・・・」
「分かっている。所詮私達は兵器だからね。でも、それだけでないのは私達自身が良く分かっている。ノーマルが操られてしまったら、あとは誰が戦って?そうでなくて?ジブ」
「・・・うん、そうだね、アウリ」
アウリは叩きつけるようにドアの開閉装置の大きなボタンを押すと、作戦室のロックを解く。
「何か?」
外に居た2名の警護の男の内、年長の方が尋ねる。その声は尊大で、多少蔑視の感があった。その黒服の男の手にある短機関銃が僅かに動いて、アウリの肩口に向けられる。合い方の男は後に続くジブに、こちらは完全に銃口を向けた。
「命令に従い、隔離実験棟に向う。出来れば貴方達にも同行して貰いたい」
アウリがよく通る居丈高な声で言うと男は苦笑して、
「誰の命令かね?」
アウリは溜息を付くと、
「保安課の要請だ。A警報発令時に侵入者への対抗指令が出ているが、ご存知か?」
「それは知っているが、作戦行動中君らはこの部屋から勝手に出る事は禁じられているはずだがね?」
「言葉に気を付けろ。私は陸軍中尉だ。将校としての接遇を要求する」
更に男は笑うと、
「それは失礼致しましたな、中尉ドノ?で、誰がこの部屋を出てよろしいと命令したのでしょうかね、中尉ドノ?」
アウリはそれ以上時間を無駄にするのを止めた。軽く息を止めると、じっと男を見つめる。すると男は突然息を荒げると胸に手をやり、ブルブルと震え始める。銃が手から外れ、負革だけで暫く肩からブラブラと下がっていたが、やがて擦り落ち、ガチャンと床で音を立てた。続けて男自身も床へと崩折れる。もう一方の男は信じられない、といった様相でその有様を見つめていたが、直ぐに我に返ると、
「貴様!」
銃口をアウリに向け、続けて何かを言いかけたが、こちらもヒッっと喉に何かを詰らせたかの様な声を上げると白目を剥いて卒倒、床に伸びて痙攣した。
「アウリぃ・・・」
ジブが非難するかのような、宥めるかのような声を上げたが、彼女は、
「さあ、行くよ、ジブ。時間が無い」
そのままアウリは、ジブの反応も見ずに駆け出す。ジブは一瞬、床に伸びる2人の『護衛』と言う名の監視役を心配そうに見たが、軽く首を振るとアウリを追って隔離実験棟目指し駆け出した。
二人が去った作戦室。天井にある蛍光灯の列の隅に天井の配管や空調のメンテナンス用ハッチがある。そのハッチが微かに揺れたかと思うと、カチッっと言う音と共に外れ、蝶番でぶら下がる。すると音も無く黒いスニーカーと黒い特務服の脚が覗き、寸刻みにゆっくりと全身が姿を現す。出て来たのは全身黒尽くめの大柄な女性、ルシェだった。
彼女はそのまま懸垂状態でゆっくりと脚を下げると天井からぶら下がり、腕を伸ばし切ると最後の1メートルを飛び降りる。猫が塀から飛び降りたかの様にカタリとも音はしなかった。
ルシェはそのまま入口に走り寄るとドアを閉じる。そして肩から背負っていたナップザックを下ろし、中から掌サイズの黒いボックス2個を取り出すと、これもナップザックから取り出した瞬間接着剤をボックスの片面に塗りつける。次にドアの横、スライド式のドアが開くと丁度当る位置の壁に一個目を張り付け、もう一個は真ん中のテーブルの上に張り付けた。そして再びドアに歩み寄り、開閉装置でドアを開ける。相変わらず外には誰も居なかった。ルシェはドアの後端が例の黒いボックスの片面に触れているのを確認するとそのボックスの反対面にある赤いボタンを押し込む。テーブルの上にある黒いボックスの方は、既に青いボタンが押し込まれており、そのスイッチはぼんやりと青く発光し、何か小型の空冷ファンが立てるかのような、ブーンという音が微かにしていた。
ルシェはテーブルの方のボックスが作動していることを再度確認すると、そのまま廊下へと出て行く。外に倒れ悶え苦しむ2名の黒服には見向きもせず、アウリとジブが向った方向とは逆の方向へと大股に歩み去った。
*
「だから、抗議は後でいくらでも受け付けるから、今は通して貰いたい」
「そうは行きません。私は何人たりともここを通してはならない、内からも外からも、と命令されたのです」
「どうしてもダメかね?」
「例外は認められません」
「うむ・・・仕方がない。ではタムラ君」
「はい?」
「君のIDを見せたまえ。そう、もう一つの方だ」
「・・・分かりました」
国道に車両障害物が置かれた臨時の検問。竹崎は自分の公用車の中でイライラを募らせていた。
グリックからおよそ8km離れた国道、武装警官たちは頑なに任務に忠実で、いくら竹崎がグリックの主席研究者であることをIDを通して明らかにしても入れるわけにはいかない、の一点張りだった。
タムラがおもむろに武装警官に差し出したIDは竹崎のものと同じく赤い縁取りがあり、もうその時点で政府中央省庁職員である事を示していたが、警官は表情も変えずカードリーダーにIDを通し、表示に
『首相首席補佐官直属 三軍及び警察庁重装備警察部隊主任調整連絡官 陸軍中佐 多村昭宏』
と出たが、これにも軽く眉を吊り上げ首を振っただけ、直後に幾分トーンを落とした話し振りだけが効果と言えば効果だった。
「申し訳ございませんが、中佐。我々はどのような人物であろうとも一歩も中に入れてはならない、と命じられておるのです」
警官は一息入れると、ちらっとカードリーダーの表示を再確認し、辛抱強く噛み締めるように言い切る。
「たとえ首相と個人的にお付き合いのある中佐殿であっても、いや、首相ご本人であっても、です」
多村も表情を変えなかった。軽く頷くと警官が恭しく返したIDを受け取る。それを見ていた竹崎は、それでは首相に電話するが良いか、と言いたい欲望に駆られたが、醒めた目で見つめる多村の視線を感じ、ため息混じりに首を振った。
多村は車をマニュアルで道端に寄せ、エンジンを切った。ここで警報が解除されるまで待つしかなさそうだった。
「ウチの保安部はちゃんと仕事が出来ると思うかね?」
竹崎は気落ちしたかのような声でぽつりと呟いたが、別に答えを期待しているのではない事を付き合いの長い多村は知っていたので黙っていた。
「これでプリンスがあちらに渡ったら・・・」
竹崎はそれ以上はとても言えない、という風に身体をブルッと震わせると、疲れ切った表情を浮かべ、
「いやはや、どうして家になんぞ帰ったものかな。奴らが来るとしたら今夜しかないと言う事ぐらい、私には分かっていて然るべきだったんだ・・・」
竹崎はプリンスがラファエルの注射した精神安定剤で眠りに就くのを見届けると、一週間ぶりに官舎へと帰ったのだった。久方振りに人並みの時間に夕飯を食べ十時には就寝したのだが、竹崎の安眠も二時間しか続かなかった。グリックでB警報が発令された直後、これも官舎に帰っていた多村が竹崎の部屋を訪れ、共にグリックへと向ったのだった。グリックの高級職員用官舎はグリックから10kmほど離れた丘陵の懐にあり、普段なら二十分もあれば辿り着く距離だったが、警報直後にグリック保安部から出された周辺封鎖のリクエストで出動した制限区警護隊の警戒線に引っかかり、それ以上は進めなかったのだ。
また、竹崎はグリックとも連絡を取ろうとしたが、携帯電話もモバイル通信による緊急用コードも暫くはグリック側が受け付けなかった。通信は混乱し、やっと繋がったと思ったら応答したのは保安部の軍曹で、現在の状況は、と尋ねても答えてはくれなかった。
「現在の状況ですか?いいえダメです、携帯でお伝え出来る内容ではありません。盗聴の可能性が高いですから。え?・・・上司は全員緊急事態に対処中で手が離せません。私もこんな事をしている場合では、・・・はあ、伝言ですか?伝えるよう努めはしますが・・・はい、・・・何があってもプリンスから目を離すな、ですね?分かりました、では私はこれで」
たとえパレスが攻撃されてもだよ、と言いかけた竹崎はそこで相手が回線を切ってしまったことに気付いたのだった。
「今夜の事はグリックが軍に頼らないきっかけになりそうな気がするよ・・・私もアイツの様に軍におべっかを使うべきだったかも知れん。アイツは軍というものをよく知っているからな。今夜もきっと奴が・・・私の完敗だ」
間違いなくグリックの方角から爆発音がする。竹崎が車窓から見上げると、国道脇の林の上が仄かに赤く染まった。
「教授は・・・」
珍しくも多村から声が掛かった。
「何のためにプリンスを手の内にしようと考えたのですか?」
竹崎は助手席のダッシュボードに両手を乗せると、自虐的な笑いを浮かべ、
「そうだな・・・多村君、言って御覧なさい、構わないから」
「『竹崎准将』、ですか?」
「ん?」
「弟さんにプリンスを渡したくなかった、ということでしょうか?」
「まあ、そう言えるだろうね。なあ、多村君、私も歳を取ったとは思わんかね?どこぞやのネガティブな作家が言って無かったかな?歳を取るとは自分の弱さを確認する作業だとか何とか・・・弟の奴がプリンスとアイを手に入れてエンジェルとして動き出す、それが最悪だと思えたのだよ。そもそも旧来の『エンジェル』どもがゲリラ的に行っていたリバーサーの略奪を、あの二人を思想上の支えにして大々的に再開する・・・奴が考えるのはそんなところだ。そうなったら手を焼くぞ、そう思った。洗脳なんかしなくとも自ら奴らの傘下に加わろうとするリバーサーが爆発的に増えてしまったとしたら・・・そんな事を考えてしまったのだよ」
多村は無表情のまま頷くと、
「不躾な質問をお許しください。失礼致しました」
「いや、構わんよ。さて、二進も三進も行かないなら少し眠っておく方がよいのかもしれないが、これではとても眠れそうに無いね」
「官舎へ戻られますか?」
「いや、もし君さえ構わんのなら、ここで待たせて貰おう」
「分かりました、お供します」
竹崎は仮設された水銀灯で眩しい臨時検問の方を見つめながら呟いた。
「驕った自分へのささやかな罰としてね」