第13章(3)〜幻惑されて
★グリックの施設見取図です。作品理解の参考にどうぞ
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― リヴァイアサン狙いだと? 奴ら狂ったか!
オカダは、呆然となったが、一瞬後には自分を取り戻す。
「F、G班以外の即応各班の配置は解除、全ての班ををパレスへ急行させろ」
「済みませんが、司令」
主任オペレーターが緊迫し皺枯れた声で返す。
「F、G以外、即応班の全てがプリンスの警護に回っています。周辺警備班も半分はセクター6、残りは被害が大きく退避しているか連絡不能、また、現在のセクター11地区の脅威に対抗しているか、何れかです。2箇所の入口警備は除きますが・・・」
「・・・即応班のプリンス警護を解除、パレスへ向わせろ」
「急いでも10分は掛かりますが?」
「構わない、すぐやれ!」
「りょ、了解。ですが、セクター11はどうされますか?」
「そんなもの警護隊に任せておけ!今はパレスが先だろうが、いいから―」
いらつくオカダを遮ってセクター10のオペレーターが、
「オカダ司令、ミナミ大尉です」
先程のベッドルームには大柄な黒服が1人、今や漣を立てる水面のような壁に向ってコンパクトな機関銃を構える。ベッドからは先程の少女は消えていた。すると、コンソールのスピーカーに野太い男の声が響く。
「ミナミです」
モニターの中の黒服が半身になって、ちらりとカメラの方を見上げ、負い革で銃を保持したまま左手で携帯電話のような通信機を持ち、耳に当てている。
「ミナミ。司令のオカダだ。プリンセスは確保したか?」
「やあ、オカダ少佐でしたか。ええ、しましたよ。今、私の足元できょとんとして居らっしゃいます」
「やつらが来るぞ、今、即応班を向わせている」
「ちょっくら急いでもらった方がいいですよ、今は私だけですからね」
「分かった。それではプリンセスに・・・」
オカダはそこまで言うと、突然まずい事に気付いたかの様に息を呑む。
― そうか!奴らこれを狙って・・・
オカダはごくり、と唾を飲み込むと改めてミナミに、
「少しだけ待て」
オカダはヘッドセットマイクを手で押さえ、主任オペレーターに、
「即応でパレスに向った班はどうなった?」
「うまくいってません。全て表へ出て、向おうとしていますが、銃撃を受けて更に数名が負傷しているそうで。今、相互支援でどれか一班だけでも急行せよ、と指令を送りましたが」
オカダは仕草でそれ以上の答えを遮り、主任オペレーターを黙らせると押さえたマイクを離し、一つ大きく深呼吸をした後、
「ミナミ大尉、聞こえるか?」
「はい、なんでしょう?」
「『ゲート』の様子は?」
「間もなく『渡れる』様になるかと。即応班はまだですか?」
「・・・間もなくだ。だが、ミナミ」
「はい?」
「その部屋を出て、他のブロックへは行けないか?」
「それが出来たらとっくにやってます、お忘れですか?パレスは今、警報作動中です。各部屋はロックされ中からは出られません。私も辛うじてこの部屋に滑り込んだんですぜ」
「分かった、外から無理やりでも開けてやる。援軍は必ず送る、10分・・・いや、8分だけ持たせてくれ」
「それはそれとして、現状を解決する良い方法があると思うのですがね?」
「提案は歓迎する、言ってみろ」
「ええ、あの、プリンセスもアレ、ですよね?ご自身で何処へなりともゲートを開いて頂き脱出すればよろしいかと思ったんですが、ね」
しかし、オカダはきっぱりと、
「ミナミ、悪いがそれは出来ない。理由も言う訳にはいかない。その方法は忘れろ」
モニター画面で見るミナミはほんの一瞬、監視カメラに厳しい視線を向けたが、やがて肩をすくめる。
「・・・オーケー、そうですか、分かりました。時間を稼げばよろしいのですよね?ええ、ええ、持たせますとも、センパイ。じゃあ・・・今の内に言っときます、今まで色々とありがとうございました・・・さようなら」
通信が切れる。モニターの中のミナミは携帯通信機をズボンのホルダーへ返すと、きちっと背筋を伸ばす。監視カメラを見上げると、エリート部隊の最先任曹長でも唸りそうなほど見事な敬礼を送った。そして再び『ゲート』へと正対し、二度と振り返らなかった。
オカダは思わず天井を睨んだが、直ぐに、
「プリンスの警護班を全て解除する。また、隔離実験棟からパレスへの地下緊急通路をオープン、通行を許可する。あれを使えばパレスまで直行出来る」
「しかし、あれは」
主任オペレーターを遮り、オカダは、
「構わん、緊急事態だ、責任は俺が取る。外に出た即応班を一旦隔離実験棟地下へ戻せ。全員、緊急通路経由ですぐにパレスへ向わせろ!」
*
(マユミ・・・マユミ?・・・)
頭の中で女を呼ぶ声がする。それは、大学では工学を専攻し仕事でも技術系一筋に来たリアリストのその女にとって、俄かに信じられず容認出来る筈もない現象だった。しかし、その声はどこか懐かしく温かいものだったので、不可解な感覚はあっという間に薄れて行き、声の正体を見極めようと聞き耳を立てている女が居た。
(マユミ?・・・マユミ・・・)
再び声が女を呼ぶ。その声は紛れも無く、十年前に女が死に目に会えなかった母の声で、それに気付いた途端、女はもっともっと聞きたい、と思った。すると願いが直ぐに適う。
(マユミ・・・元気そうだね・・・かあさん、うれしいよ・・・)
―母さん・・・母さんよね?
(そうだよ、マユミ。ああ、会いたかったよ、マユミ・・・)
結局、女は声にのめり込み、あっという間に現実から切り離されてしまった。
部屋には耳障りな警報が鳴り続けている。上席の司令や主任オペレーター、各セクションに割り振られた管理職たちはお互いに何かを叫びあい、混乱は極まっていた。中央監視モニターには、半面がパレス地区の各カメラから送られた映像がランダムに流れ、半面は拡大された寝室がリアルタイムで流れていた。
無論、ここには映し出されていないその他の膨大なモニター画面は、それぞれセクター毎、重要施設毎に割り振られた各オペレーターが監視を続けていたが、機密事項保護の為に急遽呼び出された本来オペレーション業務がメインではない彼らの事、意識は緊迫するパレスの状況に向けられ、皆、自身のモニターに意識が集中出来ないで居た。
そんな中でただ一人、つい先程までメインモニターに映し出されていたセクター6−6にある隔離実験棟、プリンスが眠るルームAを担当していた女だけは、自分のモニターに映るプリンスの姿に集中していた。
女は普段、隔離実験棟の管理要員として施設のメンテナンスを担当している。ひたすら自分に与えられた役割に忠実であろうとする女は、特に目立つことも無い地味な三十半ばの女性で、たまたま重要施設が仕事場だったために最高機密に接する事になった、というだけの存在でここに居た。そんな女は、武装警察や特殊部隊とは全く縁が無く、ましてや能力者のことなど、必要最低限の知識しかなかった。そのために、自分に起きた『不可思議な』現象とサイキッカーとの関連に気付く事は無かった。
女はまず、ルームAにある9台の監視用カメラの接続をコンソールから次々と絶って行き、映像配信ソフトのプログラムをでたらめな数値で満たして破壊した。次にプリンスが眠るベッドを狙った2台のカメラから撮影された、およそ30分前のHDRを保安レコードサーバーから呼び出して再生、モニターに流した。その際、タイムコードを無効にして画面上から消去、まるでリアルタイムの映像であるかのように見せかける。更に、ルームAの環境システムを呼び出し、電源供給を絶つ。 重ねて非常電源供給システムの回路も絶ってしまう。部屋はこの時点で真っ暗となり、空調が止まった。 それ以上に重大な事だが電磁ロックがオフのまま停止、ドアが閉鎖された。仕上げは通信系統の遮断で、有線接続を交換機から切り離し、隔離実験棟の通信用無線周波数帯妨害装置を作動、携帯通信機を無効にさせた。 そこまでの作業をメカニックらしくテキパキとこなすと、後は自分のモニターに流れる30分前からのプリンスの寝姿をじっと眺め続けていた。
実際には、姿なき声に母親を重ねて会話を楽しみながら・・・
女は自分が一体何をして、その結果重大な障害を引き起こしてしまった事など、全く意識する事はなかった。そしてこの事は当座、誰にも気付かれなかった。
*
その男は突然電気系統が落ちて真っ暗になった『ルームA』で只一人、次に取る行動を決めかねていた。二年前に統合軍大学校の陸上科を全優で卒業、そのままグリックに配属されたキャリアで、将来を嘱望された青年だった。だが、いくら全優卒業でその後の勤務評定も優秀であっても、こんな緊急事態では経験がものを言う。男に足りなかったのはその経験だった。
― 緊急時の対応その一・・・まずは時間を掛けろ。 時間が無い場合でも立ち止まって考える事が最優先である・・・
プリンスが正体無く眠るベッドの横で、男は暗闇の中、じっと佇んで大学時代の教官の教えを一つづつ実践しようとしていた。突然の警報、男は即応班の一員として構内を正に右往左往、変化自在とも思える敵からの攻撃の中、なんとか隔離実験棟に辿り着く。やがて現われる筈である真の敵を待つ中、今度はパレス地区に敵が出現との情報で、隔離実験棟に集中していた保安部員がそっくり移動して行き、プリンスの元には男を含めた3名しか残されなかった。男はその中でも一番の下っ端としてプリンスに張り付き、監禁の部屋の中、プリンスの横で忠実に警護の任に付いていたのだった。
空調が止まり極度の緊張も相俟って、男の額から汗が零れ落ちる。構内が停電になってもサブシステムと補助発電機が作動、それが『死んで』いたとしても非常用バッテリーにより非常灯くらいは点灯するはずである。しかし、それも点かないとなると、相当の重大事が発生した、と考えられる。まずは携帯通信機で連絡を取ろうとしたが、どんなチャンネルを試してみても、何処にも連絡は取れない。重い鋼鉄製のドアはロックされ、思い切り叩いてみたが、外の反応は無かった。廊下には彼の同僚2名が張り付いている筈なのに、である。
― 対応その二・・・必ず偵察を行え。 異常と思える状況時にこそ冷静な観察眼を要する・・・
ルームAは地下にある隔離実験棟でも最深の地下4階にある。当然窓は無い。また、ドアも一箇所である。ドアはそれ自体対戦車ミサイルでも撃ち込まない限り破壊出来ない代物で、電源が落ちてしまえば一人の力では引き開ける事すら不可能だった。この状況では待つしかない。外がどう言う状況であろうが、中に居る限りは今の自分の立場を変えることは出来ない。そう考えると男は少し落ち着いて、プリンスのベッドの横に置かれたパイプ椅子を手探りで引き寄せ、腰を降ろした。
その時、突然男は自分が一人ではないことに気付いた。勿論、プリンスが居るので一人ではない。そういう意味ではなく、男の他に誰かが闇の中に居るのだ。
「誰だ?」
『それ』はびくともしないドアの前に立っていた。闇の中、更に濃い影が、闇に慣れて来た男の目に映る。思わず立ち上がり、ショルダーホルスターから拳銃を抜く。
「手を挙げろ!」
しかし影は手を挙げる気配を見せない。
「撃つぞ!手を挙げろ!」
すると影は左右にふらふらっと揺らぐ様な動きを見せた直後、男の方に向って突進して来た。男は逡巡することなく銃を2発発射、確実に2発とも命中させた、と感じた。
しかし、発砲音軽減のための減音加工が施された最新式の拳銃から発砲された弾丸は、何の抵抗も無く影を突き抜け、壁にめり込む。発砲炎に一瞬照らし出されたその姿も影そのもので、影は今や圧倒的な存在感を男に与えながら、そのまま男に正面からぶつかった。男は衝撃に備えて身構え、直後に起きるであろう正体不明の影との格闘を覚悟するのが精一杯だった。だが・・・
― ?
影は男に体当たりした瞬間、何の感触も残さずに消えた。後には呆然とし息を荒くした男が残された。
「何だったんだ、今のは?」
男は、まだ銃を構えたままの自分に気付き、その銃を恐る恐る周囲に振り向けた時、そこに『女』が居た。
「だ、誰だ!」
それは先程の影と同じく、最初は闇の中の染みとして認識されたが、すぐにそれが『女』である、と分かった。それは周囲に漂う若い女性を感じさせる仄かに甘い『匂い』と、何処となく柔らかい『体温』が充分に感じられたからだ。
「動くな!」
影の時と同じく、男はプリンスのベッドの足元に浅く腰掛けている様子の『女』に銃を擬する。が、何故なのか男自身に緊張が起きない。
「お前は誰だ?」
「・・・大丈夫、怖くなんか無いから・・・」
女の声は若く十代の少女の様、しかも穏やかで温かな優しい声だった。
「どこから入って来たんだ」
「ずっと見ていたわ。ずっと」
「え?」
「フフフ・・・」
その柔らかでか細い笑い声に釣られ、男は銃を降ろす。
「ずーっと見てたの、あなたを、ずーっと・・・」
「ずっと?」
「そうよ、あなたは気付かなかったかも知れないけれど、わたしは昔からあなたを見ていたの・・・子供の時から」
「子供の時?」
「そうよ、あなたは野球をやっていたわね。わたしはあなたが野球をやっているのを見るのが大好きだったわ。小学校4年生のとき、あなたは初めて試合に出たわね、あのとき、あなたは代走で出て、盗塁したわ。そのあと、ライトの守備にも付いて難しいライナーも捕ったわね。あなたのお母さんが飛び跳ねて喜んでいた・・・わたしもうれしかった・・・」
「ど、どうしてそんなことを」
知っている、と言おうとした時、男ははた、と気付いた。遥かな少年時代、男には仲の良かった幼馴染が居なかったか?
「・・・まさか・・・」
「そう、まさか、よ、フフフ・・・」
「そんなはずは・・・」
「やっと気付いてくれた・・・フフ、あるのよ、それが。そうよ、わたしよ、エリよ、ナオ君」
「だってキミは・・・中学校の時、交通事故で・・・」
「死んだ? ううん、違うわ」
「・・・」
「わたしは死んでなんかいない。だって、あなただって言ってくれたじゃない?エリちゃんは死んでなんかいない、遠くへでかけただけなんだ、って」
「でも、あれは・・・でも、そう思わないとおかしくなりそうで、だって・・・」
男はもう、現実を超越していた。十二年前に死んだ幼馴染の女の子、思春期の門口で仄かに恋心を抱き始めた時、突然に消えてしまった彼女。男が心の奥底に仕舞い込み、決して開ける事がなかった思い出。
「ナオ君。やっと会えた・・・ナオ君」
男の頬を暖かいものが流れ落ちる。手から銃が落ち、幸いにも柔らかい絨毯の上だったので暴発する事はなかった。
「エリ・・・エリちゃん・・・」
闇の中の女はゆっくりと手を広げ、男には優しく笑い掛けている女が見えた。
「こっち来て・・・わたしをだきしめて・・・」
男は微かに嗚咽しつつ、闇の中、女に抱きつく。彼は柔らかく温かい女の感触と体温を感じ、女の懐かしく甘い香りを吸い込んだが、それは男の記憶が呼び覚ました少年時代の『残滓』、心が欲するままに見せる『亡霊』だった。
男は、適わぬ思いが実現したことで甘露な想い出の虜となり、夢に浸された心の中に閉じ篭ってしまった。無論男の後ろ、プリンスの頭側の壁に現われた『白い霧』にも気付くことはなかった。