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第12章(後)〜反撃への序章

 

 むせ返るほどの熱気と雑草の青臭さ、その草を掻き分けるザワザワと言う音、手に当る硬い葉のチクチクという痛み。それらの一切合財が突然消え去る。身体が突然重くなり動き辛い。糖蜜の中を泳ぐような事でもあればこんな感じなのだろう。ここは薄暗い空間だが闇の中と言う程ではなく、まるで深い森の中で光がこんもりした広葉樹に遮られ、景色が淡い影の中にあるように蒼い影に染まって見えていた。

 この空間は決して狭い訳ではない。左右も天井も、どこまでも広がっている様に見えるが、そのどこへも行くことは出来ない。前方に見える『出口』の光に向って目に見えない『気』の流れがある、と言われ、『出口』までの最短距離を外れる事が出来ないのだ。そして後戻りも出来ない。頭が後ろから巨大な手で掴まれたかのようで、振り返る事すら難しい。まるで何かに捕まって無理やり前方に押されて行くような、そう、自分の足で歩いてはいるのだが厳しい強制感があるのだ。サリーなどは『動く歩道』に乗ってるみたいだ、とはしゃぐが、マティもつくづくそう思っていた。

 マティはその流れのまま、直ぐそこに見える出口へ急ぐ。先へと、出口へと急ぐ分には何も問題は無い。そして出口の薄い膜のようなものを突き抜けると身体が再び軽くなり、自分のものとなったのを感じた。

 そこは天井の低い白く大きな部屋で、カーゴに載せられた様々な大きさのダンボール箱が整然と並んでいる。その箱の山を背景にして『出口』の正面にその男は立っていた。

「お帰りなさい、ムラカミサン」

「どうも、お邪魔します、リンさん」

「問題は?」

「ありません、只、後ろが少々賑やかになっているかもしれません」

 すると『文化処』の男、リンはスーツの中から慣れた手つきで22口径を取り出すと、

「では、用心しましょうか」

 今はマルティエルの名を持つムラカミも背中から拳銃を取り出し、リンの横に立つと、たった今抜け出たばかりの『出口』に二人並んで銃口を向ける。

 『出口』は壁に渦を巻いて依然そこにあった。二人は押し黙ったままその方向に銃を揃える。その透明な渦の彼方におぼろげに覗く『入口』の光を見つめ、そこに何者かの影が現われないか注視する。その光の鍵穴は何物にも遮られることはなかった。やがて渦はぼやけて崩れ、霧となって消えて行く。『ゲート』が消出するのを見届けた二人は、ほぼ同時に銃を下げると一様に安堵の態度を示す。

「では改めて。お帰りなさい。危なかったですか?」

「いいえ、大丈夫だと思います。連中は気付いたでしょうが、とりあえずは」

「今日は急なお知らせだったので、あまり素敵な乗り物を用意出来ませんでした。我慢出来ます?」

 マティは笑うと、

「お気遣いありがとうございます『大佐』殿。ご心配なく、慣れておりますから」

 するとリンもにっこりとして、

「あなたのような歴戦の勇士に言う言葉でもなかったですね、ムラカミ『五級士官』」

 お互い同じ商売、それもプロ中のプロ同士、状況は説明無しでも良く分かっていた。特に軍人達は、同国の政治家よりも敵性国の軍人の方により親密感を感じるとも言う。立場の違いを超えて二人はお互いに友情のようなものを感じていた。

「それでは、こちらへ」

 マティはリンの後ろに従って部屋を出て行った。


「何、すっごく臭いんだけど。にーさん、何してたの?」

 サリーが大げさに鼻を摘んで顔を顰める。

「ああ、最後の仕事がゴミを溜め込んだ廃屋の掃除でさ、ひどい目に遭ったよ」

 マティも顔を顰めながら玄関を上がる。リンの用意した素敵な乗り物とはゴミ収集車で、マティは酸素ボトルの束を渡され、正に生ゴミの中に埋もれながら40分間も耐えていたのだ。リンにあんな外交辞令を言わなきゃよかった、とマティは思う。今頃リンは、してやったりと思い出し笑いでもしていることだろう。ちなみに彼の偽装履歴カバーストーリーは、バディやザッキと同じく便利屋。2週間ほど各地で渡り歩いて仕事をして来たことになっている。

― まったく向こうもこっちもゴミに縁があるな、オレは。

(そうそ、お似合いだよマティ)

 サリーのアクセスに反撃しようとしたマティだったが、

「うー、ホントに臭いからシャワーでも浴びたら?」

 サリーに思いっ切りつき飛ばされ、

「わーったよ。ひとっ風呂浴びるからオオニイにはそう言っといて」

「ハイハイ」


 三十分後、マティは屋敷の二階、教授の部屋に招き入れられる。そして更に三十分が過ぎた時、全員に招集が掛かる。部屋にはカマエルを始め、ラグ、バディ、ザッキの元『ガード』組、竹崎教授と少年『准将』、ラミィ、サリー、アッジのエンジェルたちと10人の人間で一杯になった。

「さて、集まって貰ったのは、マルティエルがあちらから帰還して、プリンスに関しての情報を持ち帰ったからだ」

 カマエルは部屋の真ん中に立ち、思い思いに腰掛けたり床に座ったりする9人に話し掛ける。

「レリエルは遠慮するそうだ。まあ、毎度のことで彼女は構わないだろう。だが、ルシフェルが不在なのは意味があっての事だ」

 カマエルは一旦言葉を切ると、一同を見廻す。

「彼女には、つい10分前に『あちら』へ渡って貰った」

「ねーさん・・・」

 サリーが思わず声に出して呟く。

「無論、彼女があちらで死刑宣告され、軍からは見付け次第即射殺せよ、との命令が出ているのは承知している。まあ、自慢じゃないが、我々の内そうでないのは教授と若いエンジェル諸君だけだがね。だが、我々非能力者ノーマルの元『ガード』と違って彼女はちょっとした有名人だから危険は数倍に跳ね上がる。それも承知で単独潜入して貰ったのは、作戦開始が時間の問題となったからだ」

 誰も発言しない。部屋に流れるモーツァルトが無闇に大きく響く。一同が、作戦の開始という現実を受け入れるだけの時間を置くと、カマエルが口を開いた。

「つい先程、先生達と話し合い作戦を決行する事にした。まずは状況をマルティエルから報告して貰う」

 マティはカマエルから促されると立ち上がり、

「時間がないので核心だけ報告する。私は『エンジェル』が予めグリック内に仕込んでいた『ウェーブハント』の確認とプリンスの状況を探るためグリックに潜入したが、3日分のハントの記録を回収する直前、昨日までは無かった強力な工作の『痕跡』が記録され出した。それは今朝7時直前に始まり、今朝8時までのデータによってそれが一人の能力者による一人の人間への工作である、と判断しハント本体を回収、グリックを脱出した。私がグリックを出た頃にも能力者による強力な工作は続いていた筈だ。この緊急性のため、直ちにこちらへ帰還した。これはプリンスが今朝10時前後、間違いなくグリックにより洗脳支配下に置かれたと証明する証拠だと確信している。今まで彼らがそうしなかったのはあちらの竹崎の方針だったようだが、時間が掛かった分プリンスのダメージは大きいのではないかと思う。彼らのいつものやり方からすれば、この後18時間から36時間の休息後プリンスに自らの意思で彼らに従わせる行動を取ると考えられる。とりあえずは以上」

「あいつだ・・・」

 サリーの呟きにアッジが恐怖を露にして、

「それ、なに・・・ウリエル?それとも・・・」

「アウリなもんか。決勝戦はエースが投げるもんだよ、アッジ」

 バディが吐き捨てるように言う。

「そうだ。間違いないと思う。『ウェーブハント』には最高レベルの強力な波形が記録されている。あんなに強力なものは我々が知る限り日本では3人しか出せないよ」

 カマエルの肯定に少年『准将』も頷き、

「その内一人はこっちの味方、一人は行方知れず、そしてグリックに一人・・・答えは自ずと出る。ミカエルだよ」

 重い沈黙。ミカエルの実力は皆知っている。分かり切ってはいるものの、いざミカエルがプリンスに工作したとなれば、見通しが暗い。『准将』は続ける。

「間違いなく自分達に従わないリバーサー相手に行う工作を、大掛かりにして実施したんだな。少しづつ追い込んで行って、最後に一気に攻め立てる。竹崎が得意な方法だ。あれをやられると中々影響下から離れる事が出来ない。あちらの支配下にある限り、もう二度と奴らに逆らう事が出来なくなる。そして別人のように奴らに協力するようになる。君は嫌と言うほど見た筈だな、ラグ」

 ラグは疲れた様に項垂うなだれていた頭を上げると、

「ええ、そうですね、それはラミィもそうでしょうけど・・・ええ、見ましたよ、嫌と言うほど」

 ラミィも、

「竹崎が『ナポレオンの三会戦』を採用していたら、急がないとまずいですよ。影響力は一旦深い眠りに誘い次に目覚めた時、全てが夢の出来事の様に感じさせる事で完成するんです。だからもしプリンスが『マレンゴ』や『フリートラント』などを受けて今、眠りに入っているとしたら起きる前に何とかしないと」

「それで急ぐんだよ、ラミィ」

「そう、そこでだ」

 カマエルが引き取ると、

「作戦はおよそ12時間後、明日0000に決行する。本当はもう2時間ほど欲しいが、遅れれば遅れるほどプリンス奪還の可能性は低くなるだろう。今回の作戦は、全力で行く。申し訳ないがサイキッカー諸君も全員、参加して貰う。精神攻撃サイキックは解禁する。交戦規則はレベル・ワン。念のために言い添えるが、自衛ディフェンス攻撃オフェンスを問わず敵性対象エネミーの殺傷に制限はない、ということだ。グリックも間違いなく同じ対応となる筈だからな。これから細かい所を詰めなくてはならない。時間がないぞ。そこでだ、ラグエル」

「はい」

「何か考えはあるか?」

「くどいようですが・・・全力フルスペックでレベル・ワン、ですね?」

「そうだ」

「ならば『カイト』を行うことを提案します」

 バディが低く口笛を鳴らし、サリーは右手の拳骨で左掌を打ちつける。モーツァルトの流れる部屋にパーン、と響く音だけが皆の反応を示していた。


 蒼い影の中、糖蜜の粘りを持つ空間を抜けて、彼女は埃っぽい闇の中へ出た。出たばかりの『ゲート』から漏れる光が、剥き出しのトラス構造材や配管、ケーブル等を浮かび上がらせている。そこに自身の影を映すその明かりが消えるまで、彼女は微動だにしない。

 『ゲート』が消失し辺りが闇に包まれると彼女は素早くトラスや配管を避け、音を立てずに移動を開始する。やがて空調ダクトと電気配線ラックとが交差し、三方が死角となった位置で彼女は立ち止まり慎重に腰を降ろした。背中のバックパックを降ろし、出来るだけ楽な姿勢で居られるよう身動ぎをする。そして彼女は目を瞑り息を整えた。

 この場所で彼女はおよそ15時間ほど『待機』を強いられるだろう。しかし、移動こそしないものの彼女には全く休む暇も無い。時間は限られ、やらねばならないことが多い。 

 そして全ては、彼女がやらねばならない『工作』をやり遂げる事が出来るかに掛かっていたのだ。


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