プロローグ
この小説は、作者のブログ『RE;BIRTH』にて既に公開されている長編作品(原稿約800枚)の一般向け改作版です。本来の作品にはR15及び詳細な性描写があります。ここへの投稿に当たり、表現を緩やかにしていますが、これは作者の本意ではありません。本来のリバースはぜひ、ブログ(goo)へどうぞ。(2008年2月)
*プロローグ
これは多分三歳か四歳の頃の記憶と思うのだけれど、ぼくは一人廃屋のような場所にいて『彼女』を見つめていた。
少し泣いていたように思う。けれど、恐怖よりあの幼年期に独特の好奇心が勝っていて、薄闇の中じっと『彼女』を見つめていたのだ。
その『彼女』、年の頃は見方によって十歳とも二十歳とも見える摩訶不思議な様相、青白く透き通るような肌、伏し目勝ちの眼差し、華奢な両肩に流れる漆黒の髪が白いワンピースに映えていたが、何よりも忘れられないのは少し大きすぎる口に浮かべた引き込まれるような笑みだった。
― どこからきたの?
質問はぼくがしたのか『彼女』がしたのだったろうか、どちらにしてもその答えは全く覚えていない。ただ、どちらからか、そういう風に言葉がかけられたのだと思う。
― なにをしているの?
この質問はぼくがしたのだと思う。なぜならその答えは、はっきりと覚えているし、あんな答えは、幼いぼくがするには少しへんてこに思えるからだ。
― 一緒にアチラへ帰る人を待っているの。
そうしてこちらを見つめると突然何かを思い出したかのように、ふつ、と笑ったように思う。声音は覚えていない、さりげない仕草だけで笑ったのかも知れない。
『アチラ』とはどこの事なのかは分からなかった筈だ。多分、どこか近くの街とでも納得したのだろうか。記憶はそこで途切れている。
次に覚えているのは、大きな観音開きの鎧戸のついた窓から暗くなりかけた林の風景を眺めているぼくだ。落葉樹が平坦な場所に等間隔に並んだ、手入れの良い林が窓から見渡す限りどこまでも続いている。
一面に落ち葉の絨毯が広がり、閑散とした風景なのに寂しげなところは何も無い。何故なら、まるで街中の商店街の様な光景が繰り広げられている。
おかっぱ頭の幼女、くりくり頭の幼児、なぜか青く染めたかのような髪の毛の若い女、そして奇妙にも同じ青い髪の若い男、様々な人々の群。ある者はひとりで、ある者は隣の者の手を取り、そして「西」を、沈む太陽の方向へ林を進む。リーダーの様な存在は感じられない。また、何かを目指している様にも見えない、三々五々林の奥へと離れて行く。
それだけの記憶だ。記憶ではなく「夢」か、幼子の創造なのかも知れない。だが、それだけの記憶に圧倒的な生々しさが、彩がある。幾度か生まれ故郷の町を当ても無くぶらつき、あの光景を、廃屋を探してみたことがある。だが、あの林に似た光景も洋館風の廃屋も見つかることは無かった。
そして、ぼくは18歳になり町を出た。母を14の夏に亡くしたぼくは、父の再婚に合わせて町を出たのだ。そして二度と戻らない、と誓った。
実際ぼくは、再び戻ることは無かった。