蠱毒
『コドク』の『壷』視点です。
──『それ』が気付いた時には、既に壷の中にいた。
壷だと知っていた訳ではないが、そうなのだと理解していた。
何やら主だと言う輩がいたが、小物の癖に『言うことを聞け』というその態度に腹が立ち、喰い殺した。
その際人間の味を覚え、好き勝手に手当たり次第人間を襲い、喰らい始めた。
目覚めた時よりも力を付け始めた『それ』を、封じる術に長けた人間が再び壷へと封じ込めた。
壷に封じられても別段困りはしない。人間を喰らえなくなるのは残念だったが。
そして眠りに付き、長い時を経て。
壷に与えられた衝撃に苛立ちを募らせながら目覚めた。
壷から意識を外に向けると、近くに子供が転がっていた。
子供は起き上がると、別の子供の髪を引き千切らんばかりに引っ張り上げている男の足に飛び付いた。
鬱陶しいと男が腕を振り上げ。
五月蠅いと、腕を振り下ろす前にその頭に喰らい付き。
そして何故か分からないが、子供の一人に懐かれた。
別に助けた訳ではない。子供もそれは分かっているようであったが、気にすることなくこの『化物』に話しかけてくる。
純粋に見上げてくる瞳は、今までの人間とはまるで違うもので。
正直、対応に困った。
もう一人の子供は、逆に警戒心を持ってこちらの様子を窺っている。
自分達は兄妹だと、兄の方が聞いてもいないことを話し始めた。
曰く、ここは孤児院で身寄りのない子供や捨てられた子供が預けられている。
引き取り手が定期的に現れるが、引き取られた子供が生きているか怪しい会話が孤児院の院長と先程殺した男の間で交わされていた。
会話を盗み聞きしていたことに気付かれ、乱暴されそうになったところで、兄が壷のあった棚にぶつかりその衝撃で『それ』が目覚めたらしい。
助かった、と言うものの、一時凌ぎでしかないことを兄妹は理解していた。
いつかは自分達も引き取られる、と告げた兄に妹が怯えた視線を向ける。
その視線に違和感を覚え、妹を観察する。
唯一の家族と離れるのが嫌なのだと最初は思ったが、瞳の中に仄暗い何かが、見えた。
ふむ、と考える。
そして提案した。
二人が引き取られないよう、手を貸してやろう、と。
怪しんだ大人達は跡形もなく喰い殺した。
そんな人間がいたことも忘れるように幾人もの記憶を操作するのは面倒だったが、代わりに年一回子供達を集めて怖い話をすることで、ささやかながら純粋な恐怖を喰らい満足した。
元々、人間の恐怖や絶望を糧にしていた自分には物足りないはずだが、かの兄妹の感情が常に小腹を満たすように向かってきていたので問題はなかった。
そして月日が経ち、とうとう誤魔化せないかと思い始めた頃。
兄に気付かれないよう、妹がある頼み事をしてきた。
死ぬ瞬間ですら兄の側から離れたくないと告げる妹。
騙すのは簡単だが、素直に了承した。
そんな自分の態度はきっと、ただの気紛れだろうと考えていた。
──兄妹を喰らった後、孤児院の全てを破壊した。
頼まれたからでもあるが、何やら良く解らない思いが自分を蝕んでいた。
ぽっかりと、穴の開いたような喪失感。
その理由に気付くことを恐れるように、永らく潜んでいた壷から抜け出し、『壷』は荒れ果てた孤児院から姿を消した。