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色彩の神々の帰還

作者: 捨文獏星






 あの時から逆算して十五年前、

 私たちの国から色彩の神々は出て行きました。


 色彩の神々はこの世界そのもので、

 色んなものが自分の役割を果たせるのは、

 その表面に現れる色彩のおかげだったのです。

 ですから色彩がなくなるということは、

 何もかもが役立たずになることでした。


 一日目に緑がなくなり、

 国から葉緑素がなくなりました。

 緑に属するものみんなが、

 役立たずになったのです。


 二日目に青がなくなり、

 国から空とたくさんの水がなくなりました。

 青に属するものみんなが、

 役立たずになったのです。


 三日目に赤がなくなり、

 国から血と炎がなくなりました。

 赤に属するものみんなが、

 役立たずになったのです。


 三つの一番大事な色がなくなってしまうと、

 他の色もみんな消えてしまいました。

 どの色もその三つの色の化身だったからです。

 そして国には明るさと暗さだけが残りました。


 今私が山の中腹から見下ろしている国にあるのは、

 土と石と塵だけです。

 そして私たちもまた塵だけでできています。

 血も熱も水もなくなってしまったから。

 私たちは死ななくなりました。

 塵は塵に返るさだめですし、

 無色の風はずっとものを砕く力を振るっています。

 でも私たちの魂はまだここにしがみついていました。

 造化の神からもらった私たちの魂は、

 光に属するものなのか、闇に属するものなのか、

 それはどちらかが消えた時に分かるでしょう。

 光であって欲しいものですが。

 でもそれを確かめるつもりはありません。


「これでいいんですね、ミスタ・カラーズ」


 ミスタ・カラーズは頷きました。

 彼は黒っぽいぴしっとした衣装に、

 黒っぽい帽子を被った少年です。

 本当の色は別にあるのかもしれませんが、

 ここでは黒と白と灰色しかありませんでした。

 彼は色の消えていない場所からわざわざやってきて、

 私たちに色彩の神々を呼び戻す方法を教えてくれたのです。


 ミスタ・カラーズと名乗る少年に出会ったのは五年前です。

 私はその頃、十歳になるか、ならないかでした。

 私たちは隣国との境界辺りで、

 密輸をして、暮らしていました。

 私たちは色のある世界に憧れつつも諦めていました。

 少年は突然そこに現れました。

 美しい少年でした。

 同年代だった私は彼と友達になりました。

 外の国々のきれいな女の子を知っている彼に、

 私は気後れしていました。

 でも彼は、

 そんなこと気にしないよ、

 と言ってくれました。


 嬉しかった。

 本当に。


 何週間かして、

 彼は私たちの仲間になっていました。

 そして私たちに尋ねました。


「どうしてこの国には色彩の神々がいないんですか?」


 私の自己紹介をしておきましょう。

 私の名はクエリア。

 国から色が失われた三日間の最後の日に生まれた子供、

 一族最後の娘の一人です。

 生命の力をもたらす赤の神々が去った後、

 新しい子供は生まれなくなりました。

 赤の神々によって、

 私たちの国は滅びを約束されたのです。


 私たちの一部は散り散りに国を去りました。

 ですが国を出ても無色の呪いは解けません。

 見れば一目で私たちの国の人間なのだと分かったのです。

 私たちの姿は動く死体のような干乾びた姿でした。

 その姿はミイラと呼ばれるものでしょう。

 私たちは頭から足先まで布をかぶって、

 醜い姿を晒さぬように生活していました。

 また隣国との戦争は敗北に終わり、

 私たちのほとんどは逃げ出すこともできず、

 荒れ果てたこの塵だけの国に閉じ込められたのです。

 できることは、

 ただ神の許しを得るために、

 祈りを捧げることだけでした。


 ミスタ・カラーズは難民街の広場に現れて言いました。


「どうしてここには色彩の神々がいないんですか?」


 へんてこな少年の格好にみんな驚きましたが、

 私たちはその頃、

 どうしようもなく陰気で意気に欠けていましたので、

 誰も答えようとはしませんでした。

 それはとても罰当たりで、

 神々に愛想を尽かされて当然の内容でしたから、

 わざわざ他の国の人間に話す気になれなかったのです。

 でも少年は根気よく質問を続け、

 事情を聞き取っていきました。


 事情というのはこうです。

 私たちは隣国と戦争をしていたのです。

 しかし色彩の神々は、

 あまり積極的に私たちに力を貸しませんでした。

 そのために私たちは限られた量の色に込められている力を、

 限界まで引き出そうと試みざるをえなくなりました。

 色には三つの原色がありますが、

 その三つの原色にも更なる構成要素があるのです。

 私たちはそれを色のルートと呼びます。

 そのルートを引っ張り出すことで、

 おそろしい力を得ることに成功したのです。


 私たちは隣国との戦争の勝利を確信しました。

 ですがルートの引っ張り出しは、

 色彩の神々の怒りを買う結果になりました。

 神々は逃げ出してしまい、

 そして私たちの国は塵だけの世界になってしまったのです。

 それから神々は幾ら祈っても、

 帰ってきてはくれませんでした。

 神々は完全に怒って、

 私たちの声の届かない天の世界に引っ込んでしまったのです。


「かわいそうに」


 ミスタ・カラーズは同情してくれました。


「皆さんはもう十分に罰を受けました」


 そして自業自得なのだと、

 諦めた私たちに教えてくれました。


「神々に声を届かせる方法を僕は知っているのです」


 ミスタ・カラーズは発明家でした。

 その中には遠くまで祈りを届かせる道具もありました。

 それは大きな筒の形をしていました。

 でも天の世界まで届かせるには、

 今ある筒では足りません。

 もっともっと大きな筒がなければならないのです。

 私たちは国の人間一丸となって協力しました。

 私たちの国の真ん中にある大きな山に、

 頂上から真下に向けて穴を開けて、

 大きな筒の代わりにするのです。

 それはとても大きな、

 今までどこの国でも聞いたことのないくらい大きな工事です。

 ですが塵でできた私たちは疲れを知りません。

 砕けていくだけです。

 そして筒は完成しました。


「準備は済みましたか」


 たくさんの塵の人々が山の地下の空洞に集まってきています。

 外套で身を包み醜い姿を隠した罪人たちの列が、

 山腹のトンネル入り口から続きます。

 祈りを神々に捧げるためです。

 筒は山を貫きました。

 山の下には地底の湖がありました。

 今は水のない広い広い湖です。

 その湖畔に人々は集まっています。

 ミスタ・カラーズは両手を合わせます。


「さあ、皆さん、祈りましょう」


 祈りとは光です。

 光とは言葉に宿る何かです。

 私たちは命を削ります。

 祈りとは命を削って光を生み出す行為なのです。

 しかし私たちは怖れません。

 誰一人として怖れません。

 祈りを捧げるたくさんの人々は輝き、

 たくさんの光は筒を駆け上るうちに、

 寄り集まって一本の光になります。

 そしてそれは天に届きます。


 その瞬間、神々が降臨しました。

 光の、祈りの軌跡を逆に辿るように大地の底に。

 真っ白な暖かい光が。

 神々とは祈りそのものなのです。

 ルートを失い、力を失って天に帰った神々は、

 収束された祈りを取り込んで力を取り戻し、

 祈りを生み出した人々に応えるのです。

 そして白光は赤と青と緑の神々に分かれます。

 赤の神々は、人々と篝火に宿りました。

 青の神々は湖に宿ります。

 そして緑の神々は……

 何にも宿ることができないのです。

 陽光の届かない地の底に、

 植物などあるわけがありませんでした。

 緑の神々は苦しげに震えた後、

 消え去ってしまいました。

 みんな呆然としていました。

 私もです。

 何が起きたのか、

 目の前で起きたことが、

 信じられませんでした。

 その時哄笑が響き渡りました。

 哄笑の主はミスタ・カラーズでした。


「目覚めるのは今です、塵の子たち!」


 ミスタ・カラーズがよく通る声で言います。

 私たちはミスタ・カラーズにのろのろと目を向けます。

 彼の服装は真っ黒のままだったのです。

 そこにいる誰もが、帰ってきた赤と青の神々によって、

 紫に染められているというのに、

 彼の服装は何色にも染まらず真っ黒のままでした。


「君たちは世界そのものであるはずの三原色が、

 消えた後も存在していました。

 それはなぜでしょう。

 それは君たちが、

 三原色とは違う起源のものであることを、

 示しているのです。

 赤と青と緑、三原色は混ぜ合わせることで光になる。

 だが世界にはもう一つの極がある。

 僕は黒の神の眷属です。

 そして分かるでしょう、君たちは塵の子ら、黄の神々なのです」


 私たちは理解していたのでしょうか。

 そうは思えません。


「君たちがルートと呼ぶもの、

 それは全ての色彩になり得る可能性がある存在です。

 それが光の三原色から解き放たれた時、

 その僅かが、太古に滅ぼされた黒の神の一部を、

 よみがえらせたのです。

 僕は今こそ天に要求する。

 光という幻でしかない赤青緑の三原色ではなく、

 赤と青、そして黄の実体を持つ三原色が、

 これからの世界を導いていくことを」


 ですが分かっていたのです。

 おそらく感覚では。

 ミスタ・カラーズ――

 いや黒の神にこそ私たちは属していることを。

 私たちは黒から生まれ黒に帰る存在なのです。

 私たちは既に祈ることを止めていました。

 自らの足で地面に立ち、


 そう地面、

 それこそが黄の神々の領域、

 私たちは大地の子だ、

 この地の底において私たちは新生し、

 神々そのものとしての生を始めるのです、

 それが私たちの運命なのです!


 私たちは外套を脱ぎ捨てます。

 もはや私たちは、

 おぞましく干乾びたミイラではありません。

 張りのある美しい肌、

 きらきらと光る眼球、

 ひびわれぬ声帯。

 ああ、私たちは人間に戻ったのです。

 生命を取り戻したのです。

 山の外に出ると、

 世界は今までとは違う美しい色彩に満ちていました。

 大地も空も湖も森もまた、

 新たな色彩に染まっています。

 何より生気が溢れています。

 私たちの国は甦ったのです。

 喜びの歓声が上がります。

 私は少年に、愛しい人にこわごわと微笑みかけます。

 あの人がまだ私の知っている少年なのか、

 自信がありませんでした。


「クエリア!」


 少年は私の名を呼び、

 私をぎゅっと抱きしめます。

 私はその時に直観的に感じました。

 黒の神であろうと何であろうと彼は彼です。

 私もまた黄の神であろうと何であろうと私です。

 私たちは幸せです。

 だからこれは何も間違ってはいません。

 何も間違いなんかじゃありません。


 いえ……あの時の私はたぶん、

 間違っていても正しくても、

 どちらでもかまわなかったのです。


 でも……たまに私は思います。

 もしかしてこの時、

 私たちは、

 やはり何かを失ってしまったのではないでしょうか。

 私たちは神を死なせました。

 殺しました。

 しかし今の私にはもう分かりません。

 終わったことをくよくよするのは意味のないことですから。

 こうして十五年の空白の後、

 私たちの国に色彩の神々は帰ってきたのです!


 色彩の神々の帰還  了


三原色が二つあることを、中二病的に解釈したものでした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 神話的な物語になっているところ。 [一言] 初めまして。 監視者、或いはツィオルコフスキーです。 三原色の別な形を獲得する事で、再生を果たすと云う話になるのでしょうか? こういう切り口の…
2013/08/17 19:58 退会済み
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