─〔 伍 〕─『Scared Eyes.<怯える眼>』#VI
「尭良くん、二日休んでどうしちゃったんだろうね?」
聞かないで、私に聞かないで宏奈。そのまなざしが私にとってどれほどキツいか……。
「ねぇ、壱花?」
ウルウル可愛く聞いてくる宏奈に私の顔が引きつる。可愛いもの好きには耐えがたいその表情。宏奈の顔が元々綺麗なせいもあってか、余計に心にグサリ、くるものがある。
「いつも元気な夫が二日も休んでるんだよ」
「だから、夫婦じゃないって。カレカノの関係でもないのに、何でそんなにアイツの事を気にしなくちゃいけないんですか?」
宏奈(と自分の心)に負けて、私の口が話し始める。尭良とは本当に何でもなくて、もちろん私はああいうのタイプじゃないから、恋心の片鱗すら抱いてない。
「別にそんなキツく言わなくても」
「私が好きなのは山鳴先輩だけですからぁ!」
呆れる宏奈に更に追撃をかます私。山鳴先輩っていうのは、近郊の高校に通っている超イケメンな人。頭もいいし、スポーツもいけるらしい。あの体力バカとは大違いだ。
改めてその先輩のかっこよさを頭に思い浮かべてると、教室の後ろのドアが開く音がした。振り返ってみると……――――
「壱花ちゅぁあああんっ! さぁ、君の愛のチューを俺のここにぃ」
噂をすれば何とやら。奴は入ってきた瞬間にこっちにダイビングジャンプをしてきた。
私の顔に向こうの顔が到達する前に、分厚い国語便覧で叩き落とす。床に直で顔がぶつかったらしく、「ふごっ」という何とも変な声が聞こえてきた。そして、少し立ってから起き上がって、
「うぅ……愛の痛みは今日も強烈だ」
とか変な事言いながら、私の隣の席に腰掛ける。それを見ていた宏奈は、待ってましたと言わんばかりに、元気よく尭良に話し掛けた。
「おはよう、尭良くん! 二日も休んで、しかも今日も遅刻ってどうしたの? もしかして、アイロンでも食べた?」
「いや、アイロンはないだろ、高城さん」
宏奈の“アイロン”という言葉に、尭良はちょっと渋い顔をした。でも、二日間、何があったのかは答えず、自分の鞄から黙々と教科書を出していた。
私も何で休んでたのかは、少しは気になってたから、もう一度聞いてみる事にした。
「ねぇ、何で二日も休んでたの?」
「え!? 壱花ちゃん気になるの?! しょ〜がないなぁ、ここにキスしてくれたら、教えてあげてもいいかな〜」
「もう一度、ぶったろか?」
キレ気味の私の言葉に尭良は怯え、「そ、そんなに怒らなくても。冗談なのに」と半べそをかいていた。
「別に特に何も。まぁ、いろいろとありましてってところかな」
「いろいろって?」
「それは……う〜ん。親父の仕事についての話し合いとか」
微妙に汗をかいている尭良をまじまじとみながら、うなずいてみる。尭良のお父さんの仕事、どういう仕事なんだろ。体力バカな息子が手伝わなきゃいけないくらい、大変なのかな。
こんな風に会話をしていたら、チャイムが鳴った。授業の始まりだ。生徒は席に戻りはじめる。
「おらおらおら、席に早くつけ〜」
今は国語の時間、越頭先生の授業じゃないはずなのに、担任越頭が教室に入ってくる。それにみんな反応して、ざわめいた。
「お前ら落ち着け〜。まだまだ俺は若いから、別にボケたってわけじゃないからなぁ」
いや、そこら辺は誰も気にしてないよ。てか、あんたはもうボケてるよ。
隣の尭良の顔からはそんな言葉がうかがえる。ホント、私もそう思う。いや、クラス全員がそう思ったはず。
自分が発した言葉の後、三十二人の興味なさそうな目がいっせいに向いたのか、越頭先生は一つ、咳払いをした。
「とにかく、この時間は社会に変更になった。まぁ、面白い社会の授業に変わったんだ。感謝しろよ」
偉そうだ。ホント、偉そうだ、だいたいその“面白い社会の授業”が、あんたのせいで面白くなくなっているような気がする。
みんな、こう思ったと思う。私も同感です。
また、しらけだした空気に、今度はため息を吐いた越頭先生。心のそこから残念そうに漏らしたけど、このクラスはそんなんじゃ同情しませんから。
「まぁさ、転校生の紹介もしたかったわけだし、ちょうどよか――――」
「転校生ぃいいいい!?」
静まっていた空気が一瞬にしてわいた。すごい、みんなもう近くにいる子達と話し始めた。
「どんな子だろうね」
「女かな?」
「かっこいい子がいいなぁ」
「噂によると、尭良の親戚らしいよ!?」
ざわつき始めるあたりの様子。でも一番騒いでもよさそうな尭良は黙ったままだ。教室の前にあるドアをじっと見つめて、真剣な顔をしてる。少し不思議に思ったが、担任の「それでは!」という声が聞こえ、話し掛けるのをやめた。
「それでは! お入りいただこうかな」
越頭先生は大声でそう言うと、ドアの向こうを見て、手招きする。それと同時に、教室のドアは音をたてて、開かれた。クラスの中が一気に静かになる。
学ランを着た男の子は静かに歩いて、先生の隣にいく。そして、正面をむいた。
どことなく飄々としている。黒い髪にちょっと灰色っぽい目が余計にその雰囲気を出している。でも、私はどことなく尭良と近い何かを感じていた。
少し時間がたった後、男の子の口が開く。
「小野崎 龍志です。よろしく」
ちょっと低い声が響いた後、みんな思い思いに歓迎の叫び、おたけびをあげた。
私は静かに隣を見てみた。尭良はただその転校生を見つめて、優しく微笑んでいる。本当に、優しげな目で。
それを見た私の頬が熱くなったのが、少しくやしい。
心は見えなくても 顔は見えるよ
何を考えて 何を感じて 何を思っているのか
少しはわかるんだ
だから 怯えるな ただ前を向いて 進もうよ
→→See you Next Time“Night Square<evo.Balmy>”→→
To be continued??