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─〔 伍 〕─『Scared Eyes.<怯える眼>』#V


 あれからどれくらい時間が過ぎたんだろうか。都会の裏の闇、レンガの壁がしゃれていて、まあまあ広めの路地。少し前まではそんな場所だった。けど、今では砕け散ったレンガが散乱し、空気は粉っぽい。風のせいで舞い上がるたびに、俺の目に薄い赤色が映る。

 それでも構わず、俺は棒を振る。

「そろそろ観念、しろよっ!」

 そう叫びながら、鉄の棒を振ったから、口の中に砂っぽい空気が……ホント、気分が悪くなるし。でも、今の俺にはこれより気分の悪い事があった。

「はずれ。何回壁を壊したら気がすむ?」

 何だコイツ!? さっきよりおしゃべりになってねぇか?! ねくらっぽかったのが、急に耳に障る奴に変わってる。

 俺は棒をきつく握り直し、轟音と共に崩れていくレンガをさらに叩き壊す。

「だぁ! チクショウが!」

 舞い上がる砂埃の中から、レンガの赤い粉をかぶったアイツが出てくる。攻撃がかすったのか、微妙にやつの服の裾が切れていた。そこから案外白めな肌が見える。

 俺はアイツの位置を確認して、また棒を振る。今度は避けにくいように、横から。

 すると、向こうもそれを悟ったのか、片腕で攻撃を受ける。手に伝わってくるやわらかい重量感が、すぐさま押す力に変わり、俺を後ろにのけぞらせる。けど、バランスは崩れてない。

 襲ってきた拳をよけながら、後ろに転がり、手元に残った一本の棒を投げつける。今度はきつく、棒自体に回転をかけながらもストレートに。

「……やっぱりお前はバカだ。武器を投げつけるなんて」

 避けながらいうアイツに俺は思わず笑った。確かに、お前に当てる必要があんなら、こんなことはしないって話だ。

 俺の意味深な笑みにアイツが首をかしげた瞬間、その後ろの壁が砕け散る。相当驚いてるな、あれは。

 棒が直撃した壁はド派手に崩れて、下に積もっていた砂利を巻き込みながら、砂埃を起こしていく。俺が予想していたよりも多く広く白い世界は広がった。


 最初はまあまあ戸惑ったが、俺はアイツの背後であろう場所に音もなく近づき、姿勢を低くして足払いを仕掛ける。何かが俺の足にあたった感触が伝わり、その何かが胸に倒れこんできた。

「はっは〜! 大当たりぃ」

 俺はこう言いながら、倒れてきたアイツにプロレス技をかける。顔が相当痛そうにゆがんでますよ、旦那? それにしても俺は不幸せだ。コイツじゃなくて壱花ちゃんに俺の胸へダイビングしてほしかった。してほしかった……。

「何、目を潤ませてる!? こっちの方が随分、い、痛い」

 マジで苦しみながら俺に話しかけてくるあいつを見て、さらに無念になってきた俺はもう少し、きつめに技をかけなおした(グキッ! って聞こえたけど気にしない気にしない)。

 もがき始める奴を尻目に俺は胸ポケットから瓶を取り出す。玖月さんの部屋に侵入して、いつも狙撃に使っている銃から中身をいただいてきた物が入ってる。多分、麻酔薬? 玖月さんが遊びで変えてなきゃ、麻酔薬。うん。


「君は今、二つの一つを選ぶ権利がありまぁす!」

 楽しそうに元気よく言う俺。

「……嬉しそうだな」

 楽しくなさそうに苦しみながら言う犯人の少年様(俺の手が動くたびに苦しんでる)。


「この……麻酔薬(?)を飲んで捕まるか、俺に殴られて気絶して捕まるか。さぁどっち!?」

「どちらにしても捕まる寸法だな。それよりも、『麻酔薬(?)』とう自信なさげな言い方は何だ?!」

 口笛を拭いてごまかしだす俺。こうするしかないんだ、こうするしかないんだよ君。

 そんな大汗をかいている俺を見ながら、あいつはある事に気づいた。そして瓶を指差し、俺に問う。

「なあ、この紫色の髑髏マークは……」

 あからさまに危険信号が鳴り響くマークに、俺の手は震える。実は瓶も玖月さんのところから黙ってもらってきた物だ。ちょっと湿ってたけど、気にせず入れた。……少量でお陀仏になる奴だったらどうしよう。


「それって麻酔薬って言うのか!? 毒薬とは呼ばないのか!?」


 向こうもかなり必死です。悶えながら必死に俺に訴えかけてきてます。

「だ、大丈夫だって! 安心しろよ、こここ、こういう趣味の人がいたっておかしくないだろ!!」

 自分を落ち着かせるためにも、俺は大声で言う。そう、外はヤバめで、中は超安心物体なんだ。絶対そうだ、そうに決まってる。

 俺は冷や汗をかいた手で、小瓶のふたを開けた。一瞬、絵の髑髏がブラックにニヤついた気がした。

「じゃ、じゃぁ君の要望にこたえて、一の方にしような」

「選んでない! 要望でもない! お前、手が震えてる……あぁあああああ! い、今骸骨が笑った、黒く笑ったッ」

 取り乱れるあいつをよそに俺は瓶ごと口の中に薬を突っ込んだ。「ふごっ!」と言って、あいつの目が白めになりだす。もう見ていられなくて、俺は目をつむった。

 数秒後、生暖かいものが俺のひざの上から落ちるのを感じた。そっと俺は目をあける。




 アイツは白目のまま、よだれを垂らしてガックリと首を倒れさせていた。

「ちょ、待てって。これ、ヤバくね」

 俺は慌ててアイツのまぶたを強制的に手で下ろす。

「って俺が待てぇええっ! まず脈を確認しようぜ、俺!」

 誰かに見られてたら、多分「変な子がいる」って感じで通りすがられてると思った。自分で自分に言い聞かせている俺。自分でも変な子だって思ってるくらいだ。

 そんなことはさておき、俺はアイツの首に触って脈を探した。どこを触っても、脈が見つからない。慌てかけたその時、心音を聞けば早いと言うことに気づいた。

 やつの胸にそっと耳を押し当てる(壱花ちゃんでやりたかった、壱花ちゃんの胸に顔を当てたかった、という思いがこみ上げてきて、ちょっと泣きそうになったけど)。しっかりと聞こえてくる心音。何となく安心くる俺。今日は玖月さんのドッキリ罠に見事にはまったよな。

 そして、一つため息を漏らしてあいつを担ぐ。重い。俺はまたため息を吐いて、すり足でその場から去った。レンガの砕けた粉が目に入って、痛かった。






 月光により、赤い鉄筋が冷たく光る。まだ建設ラッシュが続いているこの都市は夜も眠らず、まして休憩という時すらない。それでも、建てかけの鉄筋が剥き出しにされているビルは、一時的にその動きを止めている。

 そこに、動きのある物が二つ、一つは鉄の上に座り込んで、もう一つは柱に身を任せ、ただ下を眺めていた。

 柱の方の影が少し動く。

「おい、玖月からメールだ」

 そう言って柱から勢いおく小さな影が飛び出る。座り込んでいた影は不機嫌そうに投げられたものを捕り、読み始める。

「んだよ、青春感じてたいい時に……」

 そう言いつつ、画面に目を走らせる。一行下に進むたびに彼の目が怯えていく。そんな男を見て、もう一人の男も画面を覗きこむ。


『Sub:無題

 ご飯どうするの? まさか、僕に作らせておいて食べないってことはないよね? いい度胸してるよ全く。まあ、食べないなら明日からが楽しい日々になるけどね、僕としては。もし食べるご予定があるんなら、硫酸かけて温めておいてあげるから、早めの返信お願いしま〜す』


 二人の顔が思わず引きつった。具体的な嫌がらせ内容が余りかかれていないのが、怖い。最後のニコニコしている絵文字とかも、恐ろしい。

 立っている方の男が急に咳払いをした。

「紅壬、何かやらかしたのか?」

 紅壬は苦笑いをしながら携帯を返す。舌うちが聞こえたが、あえて無視して話を進める。


「しかし、奇遇だな。何だ、お前も気になっていたのか」

 風がふく。紅壬の嘘みたいに艶やかな赤い、少々はねている髪が少しゆれる。

「気になっちゃァいねぇって言うと嘘になるな。イヴン、てめぇは……」

 興味なさそうな声が先に響き、急に後から少し真剣そうな声が耳に聞こえてくる。少しかすれた語尾に、ためらいが見えた。が、イヴンに軽く目を見られ、紅壬は言い直す。


「てめぇは尭良の考えている通りにするか?」


 意味深長な彼の言葉に、イヴンは軽く頭をかく。顔は別に無表情。問いの答えを考えている素振りはそんなにない。少しの間が空いてから、口を開ける。

「考えている通りかどうかは知らんが、俺は俺の思った事をするまでだ」

 「簡単な答えで」と皮肉を言われたが、無視。彼にとってはいつもの事だ。

「じゃあ、また行ってくる」

 立ち去るイヴンの背中に「あいよ〜」と軽く返事を返し、紅壬は腰をあげる。光り輝く町と歩き回る豆粒を見下ろしながら、「ガキのお守りはらくじゃなぇなぁ、おい」。そんな小さな呟きは、決して彼等に届くことはない。




 久々に更新しました。遅くなってすみません。

 でも、つまりが取れて続きが書ける喜びが心のなかで、騒いでいます。笑

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