─〔 伍 〕─『Scared Eyes.<怯える眼>』#III
「ただいま〜」
「あ。おかえり、尭良。もうすぐご飯できるから……って何? そのボロボロになってる制服。意外に制服って高いんだよ? 特に夏は洗濯もしなきゃならないから洗濯代もかさ」
「着替えてきまーすッ!!」
「あ。今、完璧聞いてないふりしたよね」
帰ってきた尭良に玖月はアットホームなのかよく分からない言葉をかけた。
「うん! 何も聞いてないっすよォッ」
尭良はそれに明るく返事を返し、勢いよく階段をかけのぼっていく。
その後ろ姿を見ていた玖月が、ソファでエロ本を見るのにいそしんでいる紅壬に声をかけた。
「……ねぇ。あれ、どう思う?」
「あれ……ってェ?」
「尭良だよ。昨日、イヴンがいくら問い掛けても、すごく上の空だったじゃん。それが今日の夕方になってこれだよ」
「あぁ……。ま、青春してんじゃねぇの?」
「青春?! ……なら、まだいいんだけど」
心配気味の玖月を、紅壬は横目でちらりと見た。
「そんなに心配しなくてもいいと思うぜェ。あいつ、意外にしっかりしてるしよ」
「……うん、そうだね」
玖月はそう答えると、視線をフライパンに戻した。紅壬は見ていたエロ本を閉じ、テレビをつけた。バラエティ番組の司会者が笑いをとり、スタッフがわざとらしく大声を出しながら笑っている。
「バカらしい」
玖月が小声でそうつぶやいたのを、紅壬は聞いた。だが、その番組をつけたままにした。
そのまま10分くらいすぎた。バラエティー番組は終わっていて、ニュースに入っている。
「よし、できた。紅壬、尭良とルイナよんできて」
リビングの机に夕飯を並べながら玖月は言った。
「あ? 面倒くせェな。自分でよんでこいよ」
「つべこべ言わずによんできなさい」
「……あぁッ!! 何でニュースにいのぴー出てんの?! あ、やべぇ。超胸でけェ……ん? グラビアアイドル伊野原智恵、某電子機器会社社長と不倫疑惑……? えぇ、うそぉ?!」
紅壬は玖月の言葉を無視し、テレビに飛びついた。そんな彼に玖月はバズーカでもかましてやろうかと思ったが、せっかく作った夕飯にほこりがかかるのはイヤなので、ぐっとこらえた。
「もういいよ。君が使えない奴だって、よくわかったよ」
玖月はギャーギャー騒いでいる紅壬に皮肉を吐き捨て、二階に上がっていった。上がると彼は一番手前の部屋に立ち、ノックした。
「ルイナぁ、ご飯できたよ」
「わかったぁッ! すぐ行くね」
ルイナの返答のあと、すぐに普通ではありえない機械音が聞こえてきた。玖月は渋い顔をしながら、今度は尭良の部屋のドアをノックする。
「ご飯だよ、尭良」
返答は無く、ルイナの部屋から聞こえてくる不気味な機械音が響くだけだった。
「ちょっと。引きこもりごっこしてんの?」
彼は皮肉を込めて言ったが、依然返答はない。玖月はイライラの限界を押さえきれず、
「ちょっと尭良ァッ!」
と、柄にもなく叫びながら、ドアを開けた。
開けた瞬間、ふわっと風が彼の頬をなでた。カーテンがゆれ、窓が開いていた。
「……ホント。青春だよ、まったく」
玖月はそうあきれながら、リビングに戻っていった。
戻ってみると、紅壬もいなくなっていた。テレビはつけっぱなしで、眼鏡をかけたニュースキャスターが律義に話している。
「……こっちも青春なわけ?」
玖月はそう溜め息をつきながら、彼らのおかずにラップをかけた。