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─〔 伍 〕─『Scared Eyes.<怯える眼>』#II


「じゃ連絡はここまで、お前らの眠気波にのって、六時間目の授業を始めるか。総務、号令」

「起立。礼。着席」

 ガタガタとイスの音が鳴る。私は隣りを見た。いつもうるさいアイツがいない。私は手をあげた。

「あの、越頭先生」

「弓瀬か? 何だ」

「私の隣りの早弁君はすごい遅刻なんですか?」


私がそう聞くと先生はニヤついた。

「お?弓瀬ェ、もしかしてアイツの事好きなのか?」

「先生。実は私、意外に空手とかやってたりするんですが……」

「すすすすみません。冗談です」

「……で早弁君は遅刻なんですか?それとも休みなんですか?日誌が書けません」

「おお…すまん。沢森は……風邪のため休みだそうだ」

 クラスがざわついた。

「え? あの元気な沢森君が?」

「トラックにひかれても死ななそうなアイツが……」

「鉄バットで往復ビンタしても立ち上がってきそうなのに」

 うわー…何か宇宙人みたいなこと言われちゃってるよ、尭良。

「おいおい。沢森だって人間だぞ?風邪ぐらいひくわな。まぁアイツが居ないうちにズンズン進めとくか。教科書31ページひらけぇ」

 そう言ってまた授業に戻っていった。

 私はノートを開いた。風が吹き、ノートがパラパラとめくれる。窓を見ると、杉の木が激しく揺れていた。

「…ここからは前回のおさらいだ。日本は核暴走によって首都に被害が出た。それは放射能による汚染が原因だ。さて、日本の旧首都は? えぇと、高城」

「東京です」

「さすが総務。それにより、首都が移転されたわけだが…」

 担任の声と宏奈の声が、私の耳を素通りしていく。東京が首都なんて、今では基本的な昔話だ。

 電力不足を補うため、茨城県太平洋沿岸に原子力発電所を設けたが、ある日原因不明の暴走をし原発事故を起こした。その爆風は東京にまでおよび、放射線濃度が随分うすれた今でも手付かずの状態。廃墟の都市ってわけ。そんな所だから、いろいろな都市伝説も生まれてる。


 今、首都は山梨の甲府と静岡にわけられている。主要は山梨の方で、政府官邸とかがつまっていて、町はもうバリッバリの都会になってしまった。

 当然のように格差社会も広まった。中流家庭はともかく、お金がなく借金をして居た家庭はとても生活が苦しくなった。無理心中も出始め、奇跡的に残った遺族たちはいろいろ犯罪に走っていたりする。例えば殺人とか。

犯罪ばかり起きて危な過ぎだから、今の日本は夜の8時以後は外出禁止状態だ。

「…であるからにしてお前ら、塾なんか行かずにちゃんとここでお勉強しろよ」

 社会の授業はもう道徳と化していた。

 それにしても…どうしたんだろう、アイツ。本当に病気なのかな?今までそんなことなかったのに。もしかして何かあったとか?


 夏の生暖かい風が私をなぜか不安にさせた。






「てことで、今日はここまでにしとくか。40分って早ぇよなァ……。お前ら、今日は掃除なしだ」

 わーと歓声が漏れる。

「嬉しいのはいいけどよ、道草食わずにとっとと帰れよ。ほれ、早く帰る用意しな」

「先生。もうバッチリ帰る用意みんなしてます」

「……。わぁった。もうチャイムなる前に帰りやがれ! 解散ッ」

 また、わーと歓声が漏れ、次々に生徒達が出て行く。私はそれを見ながら先生の肩に手をのせた。

「何だ、弓瀬」

「したたかな生徒達を持って、先生も大変なんですね」

「……」

 究極に渋い顔に変化した担任を残して、私は教室を出た。

 後ろから宏奈が、

「待ってぇ」

 と、言いながら走ってきた。

「ねぇ、今日帰りに本屋についてきてくれない?」

 宏奈は追いつくと、私に言ってきた。

 私は少し迷った。ちょうど欲しい本があったから。でも、今日は何だかすぐに家に帰った方がいい気がしたから、宏奈の誘いを丁寧に断った。

「そっかぁ……。女のカンはよく当たって怖いとか言うしね」

「え……何かその言い方、夫の不倫を鋭く察知する嫁みたいなんだけど」

「だって沢森くんとバイオレンス入りめおと漫ざ……まぁ気にしないで」

 宏奈は私に怪しく笑いかけながら、靴をとった。

「あぁ……もう玄関に来たんだ」

「もしかして、さっきうちが言ったことについて動よ……じゃなくてタダの若年ボケだよね?」

 どっちも嫌味に聞こえるんですけど……。

「今日は東門から帰るね。じゃあ、バイバイ」

「うん。また明日ね」

 そう言って、私は宏奈とは正反対の道を歩き出した。

 校門を出ると、坂がある。私の家はその坂をくだって、くだって、くだって、くだったとこにある(あ、早口言葉になりそう……)。

 まだ他クラスの授業が終わってないせいか、帰り道には全く人がいなかった。空も青くて気分絶頂になった私は、いろんな優越感を感じながら、坂を鼻歌まじりのスキップでくだって行った。

「なみ〜んふ〜数だァけ、んふふなれ〜んふ」

 下っ手クソな歌がどんどんエスカレートしていき、しまいには裏声で叫んでいた。

 一曲歌い終わって、あぁ……何てバカなことをしたんだろうと思わせるように、辺りは静かになった。ふとその時、耳に金属のきしむ音が聞こえた。公園からだった。子供がいたのかな。

 私は口止めのお菓子を渡すべく、公園に入って行った。

 入ってみると、想像していたより大きい男の子がブランコが揺らしていた。金属のきしむ音が寂しさをにおわせている気がした。私はその子が知り合いに見えてならなかった。だから、声をかけてみることにした。

「尭良?」

 その子はそのまま、きしむ音を出し続けていた。何だかムカついてきたわ……。

「あちょ──ッ!!」

 私は奇声を発しながら、その黒い背中にドロップキック。

「フンニャーぁああ゛ッ!!」

 彼は私にも負けないぐらいの奇声を発し、頭から地面に落ちた。そして、二秒ぐらいしてから起き上がり、

「なな何だよ!!」

 と、言いながらこっちを振り返った。

「あ。壱花ちゃん! 壱花ちゅぁああんッ」

 男の子はそう叫んで、私に抱き付いてきた。やっぱり尭良だった。証拠に私は間髪いれず、やつのあごにフックをかましていた。

「うぅ……痛い洗礼。これが愛の痛みなんだね……」

 尭良は半ベソをかきながら、ブランコへと戻っていった。私も尭良につられるように、隣りのブランコに座った。

「制服着てんじゃん。リュックまで持ってきてるし……何? さぼり? てか何、このガーゼ」

 ブランコのきしむ音をかき消すように、私は言った。

「あはははは〜」

「あはははは〜、じゃないっつーの。ここまで来たなら学校まで遠くないじゃん。怪我ぐらいで引っ込むなァ」

「え? もしかして壱花ちゃん! それって俺がいねぇとつまらんみたいな?」

 尭良は満面の笑みを浮かべながらいってきた。私は左手引き、いつでもストレートをかませるよう準備する。

「すすすすみません。別に悪気があって言ったわけじゃ……」

 慌てる尭良を見ながら、私は溜め息をついてブランコを揺らした。途端に尭良も黙り、下を向いた。覗き見するように横目づかいで尭良を見てみた。



 ハッとした。地面を見ているはずなのに、どこかもっと遠い───違う世界を見ている気がする。そんな目は前にも見ていた。

 私は少し不安になり尭良に声を掛けた。きっと調子にのりはじめるかもしれないけど、どうしても声がかけたかった。

「ねぇ、どうかしたの?」

「へ? 何が?」

「尭良が。だっていつもなら、しゃべりまくってうるさいぐらいなのに、今日はダンマリじゃん」

「……やっぱ俺の事、気にし」

「気にしてるとかそんなんじゃないッ」

 じれったさで思わず私はいきり立ってしまった。そんな私を尭良は悲痛な目で見てくる。

「……」

「そんなんじゃなくて……私は隠し事されてるみたいで……ただヤなだけなの!!」

「……」

「だってそうじゃん。いつもよりわけ分かんない雰囲気だしちゃってさ……好きだ好きだ言われても、こういう事されるからパンチとかかましたくなっちゃうんじゃないっ」

「……壱花ちゃんのグーにはそんな愛の秘密があったんだ」

「何、ボケとツッコミいれてくれちゃってんのよ……」

 冷めたのか、私は静かにブランコに座った。

 また、きしむ音が聞こえ始める。ずれたり、合わさったり。くっついて、離れて。

 私はずっと前、ある人に言われたことを思い出した。


『いくら君を愛していても、僕は君と同じにはなれないんだ。だから、君の心なんて分かりっこない。でも、君は僕の心に居続けるんだ。君と話したり、遊んだりしたこの楽しい記憶は、僕にとって君との真実の触れ合いなんだから』


 そう。でも知りたかった、あなたの考えてたことを。あなたがどこに行くかを。

「実は……」

 不意に尭良が言った。私は思わず振り返ってあいつを見た。相変わらず下を向いて遠い目をしている。

「何?」

「実は昨日……俺、喧嘩しちゃったんだよね〜、元気に殴り合いの喧嘩をさ」

 尭良は苦笑いをしながらこっちを向いた。どことなく、いつもより力の無い笑いだった。

「女の子がからまれててさ。で、思わずかばっちゃったら、向こうがつっかかってきてよ。こっちもノリで殴り合いにしちゃって。ガキっぽいよなァ」

「……ん。それで?」

「そしたら、殴り合ってた当時者さんと目ェあっちゃってさ」

「うん」

「……どんなんだったと思う?」

「え……」




「怯えてたんだよ」

 ぽつりと尭良が言った。力の無い、かすれた声で。

「お前が悪い、お前が憎い、お前が……────怖い」

 私は尭良の顔を見れなかった。ううん、見たくなかったのかもしれない。

「そんな目しててさ。正直、しんどかった。人を助けたい一心でやってんのに……逆に俺が苦しめてる、怖がらせてるようで」

「……うん」

「でも俺、どうしたらいいか分からなくってさ……で、ボ〜っとしてたらぶっ飛ばされて、今はガーゼのお世話になってますだ」

 こっちを向いて、ニカッと笑う尭良に私は悲痛な顔しか向けられなかった。

「まぁ、話っちゃぁそんなトコかな」

「……で?」

「で? って何が?」

「だから……尭良はそれで何をしたいの?」

 尭良が驚きの表情で見てきた。今度私が下を向く。

「尭良はその子に、何かしてあげたいんじゃないの? 謝るとかじゃなくてさ」

「うん……まぁ。それはあるけど」

「なら……それでいいんじゃない?」

「……へ?」

 私はブランコから立ち、伸びをしながら言った。

「世話のかかるヤツめ……最後まで言わなきゃ分からんのかい。ったくゥ」

「……」

「……尭良のしたいことすりゃいいじゃんってこと。他人の私がいくらいいものを作ってあげても、あんたがあんたの言葉とか考えを相手に言った方が、ホントっぽくて説得力あるっていうか……その……」

「……」

「何よ、そのニヤけた目はッ!! こっちはクソ恥ずかしいの我慢して言ってんのにッ」



「……壱花ちゃん」

「ななな何よ?!」

「やっぱり俺の気品ある美しきレディだァあああッ!!」

 尭良はそういうと、襲いかかってきた(そう見えたのよ!)。でも到達する前に、私のひじが彼の顔にくい込んでいた。そのまま尭良はずり落ちていく。

「痛い……痛いよ……でも、これが愛の痛みなんだね」

 本日二回目のガキには絶対見られたくない光景を作り出す尭良。ちなみに鼻血がちょっと出てて、どこか怪しかった。

 そんな尭良がむっくり起き上がりながら、こっちに来てリュックを肩にかけた。

 今まで青かった空が、きれいな緋色の夕焼けになって、尭良を照らしていた。どこか優しくて、どこか寂しくて。そんな背中を向けながら、尭良は出口に向かって歩き出した。すると、ちょっといったところで止まった。そして、顔を振り向けて言った。

「壱花ちゃん、サンキューな」

 さっきまでの弱々しさなんかどこにも無い力強い笑みを残して尭、良は走り出した。その勢いで向かい側の民家の塀を上がり越えた。 え? 向かいの民家? 塀を越えるってことは入ったってことで……

 ─────バァウッバウバウッ

「ぎゃッ! こっち来んなァああ!! 歯をむき出しにすんなよォ! 何でこんなにベタすぎなんだよォおおッ」

「ちょっと、うるさ……きゃーぁあああ! 不審者ァッ!」

「え……違いますってば! 違いますからそのたらいをしまっ」






 ────カ〜ン……


 ご愁傷様です。でも────

「いつもの尭良に戻って良かったじゃん」

 私は騒がしい民家をすぎて、帰り道に戻っていった。




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