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─〔 参 〕─『Are you an entertainer ?<君はエンターテイナーか?>』#V

 暗く狭いビルの谷間。不気味なほど静かで、俺と局長が走る音だけが聞こえる。

「局長」

 俺は走るのを止めず、声をかけた。局長がこっちをちらりと見た。

「何だ」

「紅壬をルイナと一緒に残しておいて大丈夫なのかよ」

「仕方があるまい。ただでさえ、我々の支局は食費がものすごくかかるのだ。あのままビールを飲み続けられたら、たまらんぞ」

 そう言う局長の眉間にしわが寄る。きっと……──

『おのれ紅壬ッ! 俺の分のビールまで飲むとは……。帰ってからどうなるか、覚えておくがいい』

 と、思ってるに違いない。俺のまわりのヤツラは何でこう、いやしい人間ばっかなんだよ?

「それだけか? もう問う事がないのなら、黙って走れ」

「……なぁ、今回のが上が押しつけた事件?」

「違うだろう。あの事件は昨日も第5管区の北で起こっているからな。成人していると仮定しても、一日で第1管区の南であるここには来れまい。まぁ何らかの交通機関を使わず、徒歩での移動を条件とした推論だがな」

 いつもの鈍感な局長とは違い、俺の質問にテキパキと答えた。

「他に質問は?」

「は〜い。どうして玖月さんをコンビニに行かせたんすかね?あの人に犯人の現在地、伝えてもらわなきゃ捕まえようが無くね?」

「……」

「え、ボケた? とうとうアルツハイマー発症?」

「そそそそんなわけ無かろう! わざとだ! わざとッ」

 急に顔を赤らめて、おっちょこちょいの子供みたいに言い訳をしだす局長。

「そのバレバレの嘘、やめような」

「うッ! 可愛げの無いヤツめ……」

「今、どさくさに紛れて俺に嫌味、言っただろ」

「フン。これだからヒネクレ者は困るな。俺はお前に対する素直な感想を言ったまでなのに」

「どこが素直だァ! あんたの性格はひねくれすぎて、一周まわっとるわァッ!」

「ならば、可愛げがあるって言ってやろうか?」

「あんたに言われても、うれしかねぇよ……。てか気持ち悪ィよ」

「何だと、貴様ァ! こう見えても、数多いる支局長の中で若い方に入るのだぞ! しかも人気投票での上位三名の常連だ!」

「一位じゃないんだ」

「ここここのォ!」

 局長が浮き筋立たしてもう反論できない状況になったときだった。

 その場の雰囲気をぶち壊すように黒電話の音が鳴る。局長が胸ポケットに手を突っ込み、灰色の携帯を出した。開けて俺にも聞こえるように、ハンズフリーのボタンを押す。

「もしもし」

『あぁ、玖月だけど……イヴン。すごく気になったんだけどさ、君 犯人の現在地、ちゃんと把握してないんじゃ……』

 局長の機嫌が最高に悪くなった瞬間だった。

『あれ、イヴン? 聞いてる? おーい』

 怒りのため黙りこくって走り続ける局長に、必死に玖月さんが声をかける。

『何、怒ってんの? すっごく痛いトコ指摘されて、マジで怒ってんの? それとも嫌がらせ? 僕への当てつけ? いや、当てつけじゃなくて八つ当たり?』

 俺は局長から携帯をひったくり、玖月さんに事情を話した。

『ふぅん。素直に言えばいいのに』

「局長の性格曲がりくねってるから、しゃーないわ」

『まぁ……うん。もうそろそろ三十路だしね』

「ところで玖月さん。犯人の現在地、分かる?」

『それならバッチリ。今は第1管区内の――――』

 玖月さんが居場所を言いかけると、俺の手から携帯が無くなっていた。局長に奪われた。隣りを見ると、局長が携帯の電源ボタンを強く押していた。

「あーッ! 何すんだよ!犯人の居場所を教えてもらわなきゃ」

「これは俺の携帯だ! それに犯人なら、おのずとこちらに来るだろう」

 局長はそう凄みを付けて言い、俺を睨んだ。

 すると突然、目の前に中年の男が現れた。サラリーマンらしく、赤いネクタイが印象にのこる。……あれ? シャツも真っ赤……──

「た、助け……て」

 中年男はそこまで言うと、力尽きたようにコンクリートに倒れた。周りから血が広まって行く。

 前を向き直すと、包丁を持った男がいた。もっている包丁や服に、血糊がべっとりと付いている。

「ほらな。俺の言った通り、向こうからおいでなさったぞ」

 局長が誇らしく言う。いや……未然に防げたとか思わないのか? あんた。

 俺が心の中で密かな不満を抱いた時、犯人は静かに言った。

「わぁ…今日は沢山料理が作れるや」

 犯人の口が歪んでいた。俺はある種の憎悪を感じた。

 局長が軽く構える。俺はちょっとした事を思いついた。服のドラえもん並みに何でも入っているポケットから髪ゴムを出し、それを局長に差し出した。

「何だ?」

 いぶかしげに髪ゴムと俺を見比べる局長。

「い〜や〜。今さ、局長イライラたまってんだろ。だから、正義の鉄鎚を下しがてら、発散よろしくどうぞって」

「……お前もなかなか怖いな」

 そう言いながらも、局長は笑って髪ゴムをとった。長髪のうす紫色でストレートな髪がまとまって、髪ゴムに縛られていく。

 縛り終わると、局長は愛用の剣の柄に手をのせた。

「戦闘準備完了だ。そちらはどうだ? やられる覚悟はできたか?」

 局長はほくそ笑んだ。局長がいつもと違って、輝いて見えた。おおお……恐ろしい。

「へ。どっちが料理されるんだか」

 男は包丁の血をなめながら、言った。

 いやいや。確実にいてこまされるのはそっちだから。今日の局長はちょい危ないし……。

 俺は自主的に一歩さがった。局長も俺と距離を離すかのように、一歩前へ出た。

「行くぞ」

 局長の厳かな声が、暗闇に響く。

「へっ! 随分と紳士的なヤツだァ! 今か」

 犯人の男がそこまで言った時だった。

 局長が一瞬で間合いをつめ、鞘から刃を抜いた。細身の長剣が上へと弧を描き、白くきらめく。その一撃が重かったのか、男が持っていた包丁は吹っ飛んだ。

 男は高い金属音が聞こえた方に振り返った。だが、そこには正面にいたはずの局長がすでに回り込んでいて、右手に持っていた鞘を勢いよく振り降ろした。

 鈍い音と低く短い呻き声が聞こえた後、男は倒れた。近寄って見てみると、男は白目をむいて気絶していた。

 局長も鞘に剣を納め、男に近づいてきた。汗一つかいてない。すげぇ……。ちょっと感心していたら、当事者と目が合った。

 局長は髪ゴムをはずす。ゴムからするりとうす紫色の長髪がとけ、いつもの髪型に戻った。

「改めて怖ェと思ったよ」

 俺が恐る恐る言うと、局長は鼻で笑った。

「ふッ……これぐらいしておかねば、お前にもなめられるからな。それに……」

「それに?」

「早く終わらせなければ、夕飯に……いや! そんな事よりドラマだドラマ!」

「……」

「な……何だ、その目はァ!? 金10の主人公の服が可愛かっただけだ! 文句があるのかッ!」

 一瞬のうちにして、イメージがタダのヲタクに成り下がった。


  ダセェッ!







 暗いリビングに男が二人いる。一人はぐったりしていて、今にも幽霊に化けるのではと思わせるような、落ち込み方をしている紅壬。もう一人は、その落ち込み気味男を見ながら、頭に手を当てている玖月。玖月の手には、コンビニの白いビニール袋が提げられている。

「うぅ、ちーちゃん……」

「はぁ。そんなに落ち込まないでよ」

 そう言って、黒いロングコートを着た玖月がビニール袋を差し出す。その袋は不自然に長方形の形をしていた。

「何、これ〜ェ?」

 気の抜けきった返事をする紅壬。

「見てみなよ……」

「ん? ……あぁッ」

 一瞬にして暗かった紅壬の顔が輝きを取り戻した。対する玖月の顔は、かなり微妙である。

「……ったく。君のせいでエロ本を買うはめになるなんて。局長命令として絶対に有りえないよ。しかも、今まで保ってきた僕の健全さも失われたよ」

「え? まさか、お初?」

「初体験だよ。コンビニですごく恥ずかしい思いをしたんだよッ! 店員さんはまじまじと見るし……君のせいだッ!」

「あ……うを。すみません。でも……」

「でも?」

「熟女クラブって……?」



 その後、再びバのつく大砲の業火を紅壬がくら必然的な事だろう。




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