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Lunatic Voices

作者: 櫻井秋月

「耐性が出来ているな…いい、もう1ml投与しろ」

「しかし…」

「構わん、そいつには致死量を与えても死にはしない。何のための“適合者”だ。まだまだ彼女には歌って貰わなければならないのさ」

「精神に異常を…」

「TVやライブの時間だけ正常で居られれば良い…精神安定化の薬をうて」

「はい…」


マネージャー兼ヴォイシスオブインディケートプラン(VOIP)の投薬主任…それが私だ。

主任と聞こえはいいが結局裏で投薬の量を考えているのはVOIPの幹部だ。

結局私はお飾り主任として、彼女のマネージメントを行いつつ投薬をするだけだ。


大人気歌手「風祭和紗かざまつりなぎさ」の。


─ヴォイシスオブインディケートプラン─

歌の力で世界を掌握しようとする組織である。そのために彼らは「適合者」と呼ばれる人材を発掘し、人間の脳に作用する声を作り出すために投薬をし、その適合者をアイドルとして送り出す。

そうやって適合者はメディアへと馴染んで行き、いつの間にかその適合者の声を聞いた人々は歌を通してVOIPの組織の思うがままに操られるようになるのだ。

それは無自覚の誘導。彼らは自分の選択を自分がしたかのように錯覚する。


そして適合者NO.01…プロトタイプとして作られたのがこの「風祭和紗」という訳だ。


歌で世論を動かす。

そんな夢物語のようなことを彼女はやってのけた。計画は成功だった。

VOIPという組織は世論を掌握しつつあった。

彼女の人気は日本を通り越して今や世界的になりつつある。そう、この組織が世界を掌握する日も遠くは無い。

人々は無自覚・無意識のままに動かされていくのだ。この組織に。


私は今までずっと彼らの思想に理解を示して動いてきた。

しかし、プロトタイプとしての彼女への負担は強大なものであった。

薬の副作用が大きすぎるのだ。

その為、純粋で可愛らしい性格をしていた彼女は今では無く…それが見られるのはTVやライブの時だけになってしまった。

彼女の精神は今やボロボロだった。


今日はTVの収録。

精神安定化剤の効果は絶大だ。

TVの中での彼女は可愛くて明るくて素敵な風祭和紗だった。

プライベートの彼女を見たらファンはどう思うだろうか?


「というわけで、新曲が出るんですよ~」

「おお、そうですかぁ…今日は初公開をウチでして頂けると言う事で…」

「ハイ!Mステで本邦初公開です!聞いてくださいね~」


放送終了後、そろそろ彼女の精神安定化剤が切れる頃だ。

私は楽屋へと入った。


辺りには散乱した綿がむき出しになってしまった黒いウサギのぬいぐるみが数体。

血に塗れたティッシュ。

最早原形をとどめない花束。


そして一人佇む彼女。


彼女が私の方に振り向く。

その目は瞳孔が開いていて、鼻からは血が出ている。

目には黒い隈…そして私を見てニヤリと笑う。


「頭が痛いの…」

「体が寒いの」

「私のお友達が居なくなっちゃった」

「エヘヘ…ころしちゃった」


笑顔で、黒いウサギのぬいぐるみを千切りながら私を見ている。


「歌、良かったよ」


私がそう言うと彼女は


「うん、そうだね。私もそう思う…でもなんで頭が痛くなったりおかしくなったりするのに歌わなきゃいけないのかな?なんでかなぁ?」

「御免な…でも歌ってもらわなくちゃいけないんだ」

「うん、お兄ちゃんがそう言うのなら良いよ。私沢山歌うよ。でも、お友達が居なくなっちゃった。さみしいよ、お兄ちゃん」

「そうか…俺なら側に居てあげるよ」

「うん、大好きだよ…だから、だから」

「うん?」

「私を壊して?抱いて良いんだよ?そうしないと歌ってあげない」

「…」


そうして今日も私は、肩に噛みつかれたり、不意に幼児退行したり、そう思ったらいきなり哲学を語りだしたりする彼女を抱いたりしながらマネージメントしている。


私は彼女が好きみたいだ。


だから彼女の苦しむ姿は見たくないし、これ以上投薬したくない。

でも、それは出来ない。二人で逃げ出そうにもVOIPの組織は強大で、逃げ出す前に死ぬのが分かっている。無駄に死ぬ事はしたくない。

だから、愛するんだ。

壊れてしまう彼女を見ながら。


ああ、そうか…。

私も壊れているのか。

壊れている彼女が余りにも美しく感じる辺り、壊れているんだろうな。


そして…


今日も風祭和紗は歌い続ける。

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