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第6話 生き返りの飴

 佐助とビードロを出て、町の真ん中に位置している広場に行った。

 その広場には、真ん中に大きな噴水があった。石でできた噴水は、水しぶきで全体に霧がかかっていた。


 噴水の周りには綺麗な花壇がある。色とりどりの花が植えられ、どの花も生き生きと咲いている。

 広場の周辺には木でできたベンチが8つ、そしてベンチを囲むようにぐるっと、綺麗な植木が植えられている。


「夕焼けが綺麗ね、佐助」

 私たちは一つのベンチに座り、空を見上げた。


「死後の世界にも夕焼けがあって、朝も夜も来るんだな」

 佐助は目を細めて空を見上げ、しみじみとそんなことを言った。


 広場で、犬と楽しそうに遊んでいる子供がいた。10歳くらいの男の子だ。あの若さで死んでしまったんだろうな。


 そこへ男の人が現れ、犬の名前を呼んだ。犬は嬉しそうにしっぽを振り、その男にじゃれついた。

 そのままその男と犬は、広場を去って行った。


 取り残された男の子は、ポケットから小さなゴムボールを取り出し、空にほおってはキャッチするという遊びを、しばらく続けた。


 その横を、楽しそうに肩を組みながら、40代くらいの男の人たちが通って行った。その後ろ姿を男の子はしばらく見つめ、またボールで遊びだした。


 次に広場を通り抜けたのは、おじいさんとおばあさんだ。仲よさそうに笑いながら、ゆっくりと歩いて行った。男の子はいったんボールを投げるのをやめて、またその二人の後姿を眺めた。


 死後の世界は、孤独、悲しみ、苦しみはないのだろうか。みんなが楽しそうに笑い、幸せそうに見える。ここは天国ではないと言っていたけど、天国に思えてしょうがない。そんなことを思いながら、私はぼ~~っと座っていた。


 男の子はボールをまたポケットにつっこむと、隣のベンチに座った。そして、

「あ~~あ。つまんねえの」

とつぶやいた。


 え?つまらない?

 その言葉に私も佐助も驚いて、思わず男の子をじっと見てしまった。すると男の子はこっちを向き、気まずそうな顔をすると、ベンチを立って広場を出て行ってしまった。


「今の、聞いた?」

 私は佐助のほうを向き、聞いてみた。


「ああ。あの子、つまらないって言ってた。ここの住人はみんな、楽しそうだし幸せそうだから、あんな言葉を言うとは思わなかったよ」


「うん、私も」

 あの子は孤独なんだろうか。それとも、あのくらいの年齢の子があまりいないから、つまらないと思うのだろうか。


「佐助、これから私たちは、どうしたらいいと思う?」

 私は佐助の手に自分の手を重ね、そう聞いた。


「…僕も今、それを考えていたよ」

 佐助は私を見てそう答えた。


「来世で何をするか、みんなはここで決めて、きっとまたあのバスに乗るのよね」

「そうだね」


 私はしばらく佐助の顔を眺めた。佐助は黙って、まっすぐ前を向いていたが、しばらくすると私のほうを見て、

「最初は戦国時代…」

とぽつりと言った。


「え?」

「楓姫を守れず、無念で死んだ。きっと来世では、楓を守ろうと思って死んだに違いない」

「…」

 佐助は遠い目をしながら、そう言った。


「その次は、あの病院」

「うん」

 佐助は話を続けた。


「やっぱり、楓を守れなかった。戦国時代は楓が先に死んで、楓を追って自分も死んだ。きっと、残される辛さをその時に感じていたはずだ。だから、楓よりも先に死ぬことを選んでしまったのかもしれない」


 佐助は視線を下げた。

「次は昭和…」

「うん」


「僕は楓を守ると決めて転生したはずだ。なのに、君を置いてウィーンに飛んだ…」

 佐助の声は震えていた。


「夢を叶えて、私のことを迎えに来てくれたわ」

「そうだ。夢を追ったんだ。楓を残して、夢を選んだんだ」


「だけど、夢なのよ?自分の夢を叶えるために生きてどこが悪いの?」

「…」

 佐助は黙って、うなだれた。


「僕は、あの病院で死ぬという記憶を思い出した時に…」

「ええ…」

「楓を守れない悔しさとともに、自分の夢を叶えることのできない無念さも感じていたんだ」


「夢?あの時にも夢があったのね」

「ああ。世界に行く夢だ。あれは多分、明治時代だ。外国の文化がどんどん日本に入ってきた頃だろう」


「そうね…」

 それはなんとなく私も感じていた。その時代に生きていたんだろうって。


「僕も世界にあこがれていた。特にヨーロッパに」

「ええ」


「だけど、結核になり、叶わない夢になった」

「…だから佐助は、次の世でそれを叶えたのね」


 佐助はまだ、下を向いていた。

「佐助。私を守ることだけでなく、自分の夢を叶えることを願っても、悪くないことだと思うわ」

「でも、君を失って結局僕は、ぽっかりと胸に穴が開いたようになり、空しい人生を送ることになったんだよ?」


「…それはきっと、私も同じ」

「え?」

 佐助が顔をあげて私を見た。


「私ね、あの喫茶店であなたと別れた時、あなたには私のことを忘れて幸せになってって、そんなことを言ってたけど…」

「うん」

「心の中じゃ、私のことを憎んでもいい、恨んでもいいから、忘れないでって、そう願っていたの」


「楓…」

「きっとあなたと別れてからの私の人生は、暗く、寂しい人生だったと思うわ」

「じゃあ、その次の世では、ちゃんと結婚もできるように僕らはシナリオを書いたんじゃないのかな」


「次って、ここに来る前の人生よね、きっと」

「ああ。僕たちが記憶をなくしてしまった人生だ」

「2人して殺されたかもしれないのよ?幸せになれたかどうかはわからないわ」


「そうだね…」

 佐助と私は、しばらく暗く黙っていた。


「ねえ」

 先に沈黙を破ったのは私だった。

「ん?」


「私たちは何度も生まれ変わったのに、どうして結ばれず、幸せになれないのかしら。そういう運命なのかしら」

「…どうなんだろうね」

 佐助はそう言って、ふうって息を吐いた。


「だけど、僕らは殺されたかどうかも分からないし、不幸だったかどうかもわからないよ」

「え?」

 佐助はポケットから飴を取り出した。


「これをなめても、もう死ぬことはないんだな。なにしろもう僕らは、死んでいるからね」

 飴を掌に乗せ、佐助はそう言った。


「そうね」

 私はその飴を、じっと見つめた。


「この飴を食べたら、僕らはもしかすると記憶を取り戻すかもしれないね」

 佐助はそう言って、飴を握りしめた。

「い、いやよ。殺されたかもしれないのに、そんな記憶、取り戻したくないわ」


「だけど、記憶を取り戻さなかったら、来世のシナリオも書けないんだろう?僕らはずっとここに、とどまることになるんだよ。いいの?楓」

「…記憶がないと、来世に行けないの?」


「どんなことをやり残したのか、どんな夢があったのかも、僕らにはわからないんだ」

「でも、私を来世でも守るって言ってくれたわよね?それだけじゃ駄目?私だって、佐助と幸せになる。それだけを望んで生まれ変わってもいいわ」


 私がそう言うと、佐助は切なそうに目を細めて私を見た。

「そうだね。それだけでもいのかもしれないね」

 佐助はそうつぶやくと、握りしめていた飴をまた掌に乗せ、しばらく黙ってそれを見つめた。


「その飴…」

 突然、背後から声がした。私たちは驚き、後ろを振り返った。

 私たちの後ろにいたのは、30代半ばの男の人だった。色白でメガネをかけていて、背が高く痩せている。


「飴?この飴を知っているんですか?」

 佐助はベンチから立ち上がり、その人のほうを向き聞いた。

「ああ、知っているとも。天使が持っていた飴だ」


「天使?」

 私もベンチから立ち上がった。そして、自分のポケットに手を入れ、飴をポケットの中で握った。


「天使というと、この先の停留所の、天使の里の?」

 佐助は用心深そうに、そう聞いた。すると男の人は私たちのすぐ横に来て、

「まあ、座って話そう」

と隣のベンチに腰かけた。


「天使の里というのは、どんなところですか?」

 佐助と私もベンチにまた腰かけ、その男に佐助は聞いた。

「僕らがどこに行くのかを、決めるところだ」


「どこへと言うと?来世、どこに行くかっていうことですか?」

 今度は私が聞いた。

「それもある。だけど、行先はそれだけじゃない」


「他にもどこか、行くところがあるんですか?それはどこなんですか?あ、もしかして、ここにとどまるっていうことですか?」

 佐助は矢継ぎ早にそう聞いた。


 すると男の人は、

「まあまあ、そんなに焦らないで」

と言って、ベンチに深く腰掛けなおして、足を組んだ。


 佐助は早くにいろんなことを聞きたいのか、ちょっといらっとした顔をした。

「時間はたっぷりある。いや、時間なんて本当はどこにもないんだけどね」

 またその話?私と佐助は顔を見合わせ、ちょっとうんざりした顔をした。


「ここには時間がない。だから、ゆっくりと次の世のことを決めたらいいんだ」

 また男の人は話し出した。もう辺りはずいぶんと暗くなり、広場にある電燈に明かりがともされた。


「焦る必要はない。焦ったらろくなことはない。僕は焦っていた。ものすごく焦って、いい選択をしたかどうかも、今となってはわからない」


 男の人はそう言って、昔を思い出すような遠い目をして、

「だが、やっぱりなるようになっていた。それだけなんだろうな」

とつぶやいた。


「あの…。シナリオができて、バスに乗り、その天使の里で降りるんですよね。そのあとはどうするんですか?」

 佐助が話をせかした。私も、いろんなことが聞きたくて、うずうずしていた。


「天使に会う。天使はそのシナリオにぴったりの環境、親、家、地域、そういったものを用意してくれる」

「…天使が用意をするんですか?」


「まあ、正確に言うと、宇宙全体が…と言った方がいいかもしれないね。天使たちはその手伝いをするようなものだ」

「それで、そのシナリオっていうのは、みんな詳しく事細かに書いているんですか?」


 私は気になって聞いてみた。たとえば、佐助と幸せに暮らすとか、そんなぼんやりとしたシナリオでも、天使たちはいろいろと用意をしてくれるものなんだろうか。


「人による。たとえば、野球選手になる夢を叶えられず、死んだとする。来世では絶対に、プロの野球選手になる、とただそれだけを決めて転生する者もいる」


「それだけですか?」

 佐助は目を丸くして聞いた。


「逆に、どんな親の元に生まれ、何人兄弟で、どんな子供時代を過ごし、どんな人と恋愛に落ち…。そんな事細かなシナリオを書く者もいる」

「それはずいぶんと細かいですね」


「人によってさまざまさ。したいことはいろいろとあるからね。100人いたら、100人違う」

「そうですよね」

 私はなんとなく、そんな相槌を打った。


「孤独に死んだ人間は、大家族のもとに生まれたいと思うだろう。逆に大家族のもとで生まれた人間は、次は静かに暮らせる環境を望むかもしれない」


「なるほど」

 佐助が今度は相槌を打った。


「仕事で成功できず、あきらめて死んだ人間は、絶対に仕事で大儲けをするシナリオを書くかもしれない。誰かに詐欺にあって、苦労をした人間なら、今度は誰かを自分がだましてやろうとか、殺された人間なら、復讐をしてやろうとか、戦争で負けた人間なら、世界征服を夢見て転生するかもしれないね」


「そ、そんなシナリオを書く人もいるんですか?」

 私は驚いて、その人に聞いた。

「いや、表向きは違ったシナリオかもしれないが、自分の心の奥、深層心理でもシナリオは描いている時があるからね」


「え?」

「親を心の奥で憎んでいるなら、表面で幸せを願っても、親に復習をするような人生を来世で送ってしまうだろう」


「そんなこともあるんですか?」

「そんなことが、ほとんどさ」

 驚いた。じゃあ、なんのためにここにいて、シナリオを書くと言うんだろう。


「だからこそ、ここでゆっくりと、自分の心の底と向き合って、次は何をしたいのかを決めたらいいのさ」

「じゃあ、やっぱり死ぬ前の記憶っていうのは、大事になってきますよね」

「もちろんだ」


 その人はそう言うと、私たちの顔をじっくりと見てから言葉を続けた。

「まあ、転生することを選んだ場合だけどね」


「転生以外の選択肢を、教えてもらえませんか?」 

 佐助は、今度は落ち着いてそう聞いた。


「いろいろとあるんだよ。この里にとどまりたいという者もいるし、天使になりたいという者もいる」

「天使になれるの?」


 私が驚くと、

「生きている人間の指導霊、守護霊になりたいという者もいるんだよ」

とその人は私を見て、少し微笑んだ。


「…人間以外の者にもなれるっていうことですか?」

 佐助はまた、落ち着いてそう聞いた。


「ああ、そうだ。イルカになる者もいるしね」

「へえ…」

 佐助は、落ち着いて相槌を打った。


「それから、いろんなものを創造することを選ぶ魂もいる」

「創造?」

 佐助は、ちょっと眉をひそめて聞いた。


「そうだ。たとえば、自然。それから、星」

「星?!」

 さすがに佐助は目を丸くして驚いた。その横で私もびっくりしていた。


「地球で人間をするだけじゃない。いろんなことが自由に選択できるようになっているんだよ」

「…地球外で生きるっていう選択も?」


 私はおずおずとそう聞くと、またその男の人は私に微笑みかけ、うなづいた。

「そうなんだ。地球で輪廻転生をするだけが、僕らのするべきことじゃないんですね」


「ああ、そうだ。そんなのは決まっていないし、自由に選択できるんだ」

「…そうか」


「あなたは?何を選択するんですか?それに、この飴のこともまだ、聞いていなかった」

 私は身を乗り出して、その人に聞いた。


「あ、そうだった。この飴、天使の里にあったって言っていたけど、僕らは天使に会ったことはないですよ」

 佐助も掌の飴を見て、思い出したという顔をしてそう聞いた。


「いや、天使からもらったんだろう。きっとどこかでね」

「あなたも、天使からもらったんですか?」


「僕は天使の里で、生き返ることを選択した。そうしてその飴をもらったんだ」

「い、生き返る?そんなこともできるんですか?」


 私が驚いて聞くと、またその人は笑って、

「何でも可能。不可能なことはここにはないんだよ。なにしろ、天使が何でも叶えてくれるんだしね」

とそう言った。


「…生き返る」

 佐助はゴクンと唾を飲み込んでから、また話しかけた。


「あなたはなんで、生き返ることを望んだんですか?」

「僕には病弱な妻がいたんだ。彼女は病院に入院していた。僕は毎日のように病院に行き、彼女を元気づけていた」


「…なんの病気だったんですか?」

 佐助は聞きづらそうに聞いた。


「癌だよ。長くはないと医者に言われていたが、奇跡を僕は信じていた。だが、ある日、病院の帰り道、僕は酔っ払い運転の車に、ひかれてしまったんだ」

「それで、ここに?」

 佐助がまた聞いた。男の人は、ゆっくりとうなづいた。


「妻は僕がいなかったら、死んでしまうだろう。何もかも望みを失い、苦しみながら。それはどうしても避けたかった。苦しませたくなかったんだ」

「それだけ、奥さんを愛していたんですね」


 佐助は切なそうな目をした。私たちのことと、リンクしているのかもしれない。

「いや。妻のためではなかったと思うよ。僕は、妻のそばにいられないことを、何よりも嘆き、すぐにでも生き返りたいと、天使の里に行き、天使にお願いしたんだ」


「それで…」

「この飴をもらい、その場ですぐになめた」

「そうしたら、生き返れたんですか?」


「ああ。昏睡状態で、一回は心臓が止まったが、医者が心臓マッサージをして、僕は息を吹き返した。という設定にあっちの世界ではなっていた。それも、天使がシナリオを書きかえたんだろう」


「書きかえられるの?シナリオを?」

 私は身を乗り出して聞いた。

「ああ、一回は死んだんだ。死なないというシナリオに替えてくれたんだと思うよ」


「じゃ、じゃあ、私たちも…」

「その飴を食べれば、また生き返られる」

「……」


 私は佐助を見た。佐助も私を見たが、すぐにまた男の人のほうを見て、

「あなたはここに来た時、記憶を失っていましたか?」

と聞いた。


「記憶を?生きていた頃のかい?」

「はい」

「いや、まさか。鮮明に覚えていたよ」


「そうですか…」

 佐助は黙って、自分の手元を見た。


「じゃあ、飴は、この飴だけを食べたんですか?生きていた時に、これに似た飴を食べませんでしたか?」

 今度は私がそう聞いた。


 男の人は首をかしげて、

「いや、生きていた時には、食べたこともないし、この飴を見たこともなかった」

と答えた。


「ピンクの包みではないんです。水色なんです。あ、これです」

 私は慌てて、ポケットから包み紙を出して見せた。


「へえ。ピンク以外の飴もあるのかい?初めて見たよ」

 その男の人は、その包み紙をじっくりと眺めながらそう答えた。


「そ、そうですか」

 私も自分の手元を見ながら、そう答えた。佐助も掌の飴玉を見つめたまま、黙っている。


「気になるなら、天使の里に行って聞いてみたらどうだい?」

「え?」

「教えてくれるかどうかは、わからないけどね」


「教えてもらえないこともあるんですか?」

「会ってもらえるかもわからないさ。あそこはなにしろ、もうこの先をどうするか、決めたものだけが入れる里だからね」


 そうなんだ。じゃ、私たちが行っても入れないじゃないか。

「すっかり日が落ちた。僕は帰るとするよ」


「ここに住んでいるんですか?」

 佐助が聞いた。


「ああ。まだね。もう少しのんびりとしてから、天使の里に行くよ」

「そういえば、生き返ったというのに、なんでここにいるんですか?」


 私が聞くと、その人はゆっくりとベンチを立ちあがり、

「死んだからさ」

と答えた。


「…まだ、30代くらいですよね?」

 佐助が聞いた。

「そうだ。この里では、すぐ前の世の死んだ時の年齢でいるからね。まだ、僕は34だったよ」


「生き返ったのはいくつの時?」

「28だ。生き返って、僕はまた妻のために病院に通った。それから、半年後、妻は死んだんだ」


「じゃあ、それから数年は生きていたんですね」

 佐助は、その人の顔を座ったまま見上げて、そう聞いた。


「…そうさ。孤独で、悲しく空しい人生だった。あの時、死んだままでいたら良かったと思ったさ」

「…」

「でも、妻の最期を看取れて良かったとは思ったけどね」


「その…。先に亡くなった奥さんはどこに?」

「僕がここに来た時には、もうここにはいなかった。死ぬ時、彼女は僕がそばにいることで、安らかだった。思い残すことはないと言っていたから、転生もしたかどうか…」


「…思い残すことのない人生なら、転生はしないんですか?」

「さあ。それも人に寄るんじゃないのかな。だけど、たいていが何か未練があって、来世に期待して転生するのさ」


「あなたは?思い残すことはあったんですか?」

 佐助が聞いた。

「あったような気がしていた。でも、ここにいる間に、なくなってしまったよ」


「え?」

「ふ…。今は、人間ではなく、他の何かになってもいいかなって思っている」

「他の?」


「たとえば、天使や…、人を守る守護霊や…」

「なぜ?」

 佐助はその人に聞いた。


 その人は空を見上げ、

「ああ、もう暗い。家に帰らないとな」

と佐助の質問には答えず、ゆっくりと歩き出した。


「君たちは家はあるのかい?泊まる所なら、きっと広場を抜けると、たくさんの宿があると思うよ」

「宿?昼間は見かけなかったな」

 佐助は首をかしげ、そうつぶやいた。


「夜になると、創られるのさ。ここに泊まっていきたいと願う人が現れたらね」

「え?どういうことですか?」


「ここは、何でも叶うところだっていうことさ。じゃあ、また。縁があったら会えるだろう」

 その人は、広場を抜けて、町の中へと消えて行った。


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