第4話 光の里
私たちは病院を出た。そして大きな門を抜け、バス停の前にあるベンチに腰かけた。
「ねえ、佐助」
「ん?」
私たちはまだ、手をつないでいた。その手のぬくもりがやけに愛しくなっていた。
「さっきのも前世の記憶なら、私たちは何度も何度も、転生して出会っているのかしら」
「そうかもね」
「佐助は、病気で私よりも先に死んでいったのね」
「うん。まだきっと若いね。今の僕よりも若い年齢だったかもしれない」
「…私は取り残されたのね。そして、一人で孤独に生きていったのかしら」
「…楓」
「え?」
「さっき、僕は君を残して死んでいけないって、そう思っていた」
「うん」
「君を守れなくなることを、何よりも悔やんでいたよ」
「あなたの方が、病気なのに?守るのは私の方でしょ?」
「ううん。結婚の約束もしていた。なのにそれも、叶えてあげられなかったし、君を幸せにすると言った約束も、守れなかったんだよ」
「…そんなことまで、さっき、思い出したの?」
「ああ。死にたくないと思った時に、一気にね」
「…だから、今世では私を守るの?」
「…今世だけじゃない。きっと、ずっと守ろうとしてきた」
「そう感じるの?」
「うん、なんでだかそう感じるよ」
佐助は小さな声でそうささやいた。そして握っていた手にギュっと力を入れた。
しばらく2人で黙っていた。すると、静かにバスが近づいてきた。
「次のバス停まで」
そう言って、2人でバスに乗り込んだ。このバスにも誰も乗っていなかった。
バスは発進した。
私たちは手をつないだまま、黙って2人掛けの椅子に座っていた。
10分くらい乗っていると、バスは停留所に止まった。
「町だ」
佐助は窓の外を見て、つぶやいた。
私たちは小銭を運転手に渡して、早足でバスを降りた。バス停の向こうには、明らかに町があった。
とはいっても、小さな町だ。一気に町全体を見渡せそうなくらいだ。
だが、そこにはいくつもの家や、レストラン、他にもいくつもの店が立ち並び、大きな広場も見えた。
そして何よりも、嬉しかったのはちゃんと人がいることだった。
「レストランに入りましょう。佐助」
「ああ」
佐助と一緒に、早速町の入り口にあるレストランに入った。
レストランには何人ものお客さんがいた。思い思いに話をして笑っている。
さっきの病院の患者とは大違いだ。みんな目が輝き、みんな幸せそうだった。なんとなくお年寄りが多いような気もしたが、若い人もいれば、子供もいた。
私たちは空いているテーブルに着いた。
しばらくすると、店の奥から若い男の人が来た。白いシャツに黒のスラックス。そして黒のエプロン。きっとここの店員だ。
「ご注文は?」
その人はにこやかに聞いてきた。だがどこにもメニューはなくて、私たちは返答に困ってしまった。
「あの、何があるんですか?」
私は店員に聞いた。
「なんでもありますけど?」
「なんでもと言われても…」
「食べたいものを言ってください」
店員にそう言われ、佐助は肉料理をくださいと告げた。だが、店員は目を丸くして、肉料理は出せませんと言った。
「なんでもあるんじゃないんですか?」
「あなた、お肉を食べる気だったんですか?」
私たちは周りを見渡した。みんなの席には、サラダやパン、お米、パスタ、ケーキや果物が並んでいた。
「ここ、ベジタリアンの店ですか?」
私が聞くと店員は変な顔をして、
「当たり前でしょ?」
と言い返してきた。
「ああ、じゃあ、あそこのパスタと同じものを」
佐助がそう言ったので、
「私も同じので」
と店員に言った。
「はい、バジルのパスタですね」
店員はいきなりにこりと笑い、颯爽とその場を離れて行った。
「ベジタリアンの町か」
佐助はそうつぶやいた。
それから、隣で大笑いをしているおじいさんに佐助は尋ねた。
「ここ、なんていう町ですか?」
「ええ?あんた来たばかりかい?」
おじいさんは、にこにこしながら聞いてきた。
「はい」
佐助がうなづくと、おじいさんはもっとにっこりと微笑んだ。
「ここは、光の里じゃよ。あんたらはどこから来たんだい?」
「バスに乗って来ました」
「バスでかい?じゃあ、隣の病院から来たのかね?」
「いえ、その隣の…、高層マンションのバス停から乗って来ましたけど」
佐助がそう言うと、おじいさんはものすごく驚いた顔をした。
それにおじいさんの目の前に座っていたおばあさんまでが、
「ええ?あそこから?」
と驚いていた。
「こりゃ驚いた。あそこのマンションはだあれも住んでおらんよ。なのになんであんたらは、そこにいたんだ?」
「それが…。その…」
私たちは返答に困ってしまった。
「ねえ、もしかして、あなたたち」
そこに若い女の人が来て、私たちをじろじろと見ながら、
「死んでいないんじゃないの?」
と聞いてきた。
「え?!」
私と佐助がものすごく驚くと、それ以上にそこにいた人たちは、驚いていた。
「死んでいないのに、来たんか?」
「なんで、ここに来れたんだ?」
席を立って聞いてくる人までいる。一気にレストランの中は、ざわめいた。
ちょっと待って。死んでいないのに来れたってことは、何、なんなの。ここはじゃあ、天国とでも言うわけ?
私は真っ青になって佐助を見た。佐助は無表情になり、黙っていた。
「死なないと来れない場所に、僕たちはいるのか?それは、まさか僕らはすでに、死んでいるということか?」
佐助はちょっと声を震わせながら、そう周りの人に聞いた。
「そうか。あんたらは、自分らが死んだことに気がつかなかったんか」
さっきのおじいさんは、また表情を柔らかくしてそう言った。
ど、どういうこと?どういうことなの?まさか、私たちはもう、殺されているの?
食べた飴玉は記憶をなくすものでなくって、命を落とす飴だったの?
私も佐助も、一気に食欲をなくし、出てきたパスタを半分も食べることができなかった。
「ここは、黄泉の国ですか。それとも、天国ですか?」
佐助はまた、周りの人に力なく聞いた。
「どちらでもないわ。ここは光の里よ」
私たちのテーブルに一人のおばあさんが座って、優しくそう言った。
「光の里って、なんなんですか」
私はそのおばあさんに聞いた。
「死んだ人がくるところよ」
「じゃあ、やっぱり天国」
「いいえ。私たちはここで、骨休みをしているようなものなの。死ぬ前の人生を振り返り、来世はどんな人生を送りたいか、考えながらね」
「来世を?」
「そうよ。その間はここに、いくらでもとどまっていていいの。もちろん、すぐに来世にすっとんでいってもかまわないわ」
「あなたはどのくらい、ここにいるんですか?」
「どのくらいになるのかしらね。ここには時間もないし、日にちもないからわからないわ」
「え?時間がないって?」
「ふふふ。3次元の世界とは全く違うのよ。元々この宇宙って、時間が存在しないものだからね」
「時間が存在しない?」
私たちは驚いて顔を見合わせた。
「同時に死んじゃったの?あなたたちは恋人同士?」
「それが、記憶がなくてわからないんです」
「記憶がない?めずらしいわね。それじゃあ、あなたたち、来世での人生のシナリオが書けないじゃないの」
「どういうことですか?」
「さっきも言ったように、私たちはみな、転生をするのよ。前の人生で成し遂げられなかったことや、思い残したことをやり直すためにね。だから、前の人生を覚えていなかったら、あなたたちは、来世の人生で何をするのか、決められないわ」
「…そんな」
私はそれを聞いて青ざめた。
「決まってます。僕はいつだって、同じことを選択している」
「え?どういうこと?」
おばあさんは驚いて、佐助を見た。
「僕はもうずっと、ここにいる楓を守ろうと何度も転生してきた。だから、来世も彼女を守るために生まれるんです」
「まあ、ロマンチックね」
おばあさんは顔を赤らめ、まるで少女のような表情をした。
「おばあさんは、来世はどんな人生にするつもりなんですか?」
私は気になって、聞いてみた。
「私?私は今度こそ、好きな人と結婚するわ」
「じゃあ、前の世では」
「好きな人とは結婚できなかった。それを一生悔やんだ。親の決めたいいなづけっていうのと結婚して、自由にならない人生を送ったわ」
「好きな人は今、どうしているんですか?」
「わからないけど、でも、別れる前に私たちは約束をしたの。来世では必ず、幸せになろうってね」
「…そうなんですか」
そんな話をおばあさんとしていると、さっきのおじいさんが話しかけてきた。
「わしは、自分のビジネスを失敗して、しょうもない人生を送ってしまった。次の人生では必ず、成功してみせる」
「はあ…」
なんだか、さっきまではほんわかと笑顔の可愛いおじいさんだったのに、いきなり油がみなぎったおじいさんになっちゃったな。
「私はね、ずっと病気だったの。ずうっと、病院にいた。だから来世では健康になって、いろんなところに旅行に行くわ。それが夢」
私たちの席に来て、そう語った女性は、遠い目をしてうっとりとした。
「僕は、プロのサッカー選手になって、ワールドカップに出るのが夢だった。だけど、交通事故で叶わなかった。だから、来世では必ずその夢を、実現してみせるんだ」
次にテーブルに来たのは若い男性で、力強い目をして熱く語った。
「みんな、生きているうちに叶えられなかった思いを、来世で叶えようとしているんだね」
佐助がそう私に言うと、
「それが輪廻転生ですもの」
と若い綺麗な女の人が、静かにこっちに向かって歩きながら佐助に言った。
「君も?叶えられなかった思いがあるのかい?」
「私は違うわ。私はなんでも手に入った」
「え?」
「でも幸せではなかった」
「…夢を叶えられたのに?」
「そう。お金も、男も、仕事も、何でも手に入れた。だけど、いつも心が満たされなかった。だから、次の世では必ず幸せになるの」
「どうやって?」
佐助が聞いた。
「知らないわ。それを見つけに来世にいくのよ」
女の人はすごく綺麗だった。目を奪われるほどの美と、そしてすばらしいプロポーションをしていた。
こんなにも綺麗な人でも、幸せにはなれなかったというのだろうか。
「あなたは?」
その人が私に聞いてきた。
「私?」
私は…。
佐助を見た。佐助は私を次の世でも守ると言った。
じゃあ、私は来世、何をするのだろう。何をしたいのだろう。
今世を思い出せないのに、そんなことがわかるわけもなく、ただただ、私の胸には空しさが広がるだけだった。