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第3話 中病院

 私たちは、佐助と楓と呼び合うことにした。佐助はたまに私を姫と呼んだが、

「それ、やめてくれる?私には似合わないわ」

と私はその呼び方を嫌がった。


「そう?僕は姫のほうがなんだか、しっくりとくるけどね」

「だけど、もし前世でそんな関係だったとしても、今世では違うわよ」 


「…姫と家来じゃないってこと?」

「そうよ。それって昔のことだもの」


 リビングでそんな話をしていると、どこからか車の音が聞こえてきた。

「今の聞こえた?楓」


「うん」

 ドクン。まさか、あいつ?


「ちょっと見てくるから。楓はここから動かないで」

「気をつけてね」


「わかってる」

 佐助は上着を着ると、そうっと音も立てずに玄関のドアを開け、廊下に出て行った。


 ドクン。もし、殺しに来た相手が、佐助のことも知っていて、佐助を殺してしまったら?

 そんな悪いことが、頭の中をぐるぐるとめぐる。


 たったの数時間一緒にいただけだ。なのに私は完全に佐助を好きになっていることに、もう自分でも気がついていた。理由などない。心が彼を好きだと言っているのだ。


 私たちは、きっと恋人だったんだ。結婚指輪をお互いしていないから、きっと恋人だ。


 ガチャ。しばらくして佐助が戻ってきた。

「佐助!」

 良かった。無事で!


 私はソファアから飛び上がり、佐助に抱きつきそうになったが、佐助の一歩手前でその手を止めた。


 恋人だったと思っているのは、私の勝手な思い過ごしかもしれないし、佐助は私のことをどう思っているか、わからなかったからだ。


「楓、この高層マンション街を抜けたところに、バス停があった」

「え?」

「バスが来ていたよ」


「本当に?どこ行きのバス?」

「そこまでは見えなかった。でも、行ってみないか」

 私はすぐにコクンとうなづいた。


 玄関のドアをそっと開け、辺りを見回してから佐助は私の手を引いてドアを閉めた。そして用心深く、音もたてないようにしながら、私たちはゆっくりとエントランスに向かった。


 管理人室は、やっぱり暗かった。誰も人がいないのは外から見てもすぐにわかった。


 佐助はエントランスの外も、一回顔を出して見回すと、

「行こう」

と私の手を取り、歩き出した。


 マンションを抜けてからは、佐助と走り出した。まだ足も昨日の痛みがあって、早く走ることはできなかったが、それでも、気持ちが急いでしまって、歩いてなんていられなかった。


 マンションの立ち並ぶ一角を過ぎると、大きな道路に面した道に、バス停があった。

「あそこね」


「うん。次のバスが来るかもしれない。急ごう」

 佐助は私の手を握って、走りだした。


 バス停には誰もいなかった。

「さっきも、誰もいなかったんだ。それにバスからは誰も降りた様子はなかったよ」


「不思議ね」

「なにが?」

「この道よ。ずうっとまっすぐの道が続いているけど、私たちどこから来たのかしら」


「そうだね。そういえば、この高層マンションの一角以外は、近くにビルらしい建物も見えないし、町もなさそうだ」

「私たち歩いてきたのかしら」


「覚えてないな。気がついたら、あの高層マンションの一角の入り口に立っていた」

 同じだ。


「ねえ、なんで私たちは自分を示すようなものを持っていないのかしら」

「名刺とか?」


「携帯やお財布もよ」

「そうだね。持っていたのは飴玉だけだ」

「それも同じのを…」


 私はどうやら、ここに来る前に飴をなめていたようだ。ここに来てからやけに喉が渇いていたが、口の中にほんのりと甘い味が残っていた。


 私たちはバス停のベンチに座った。昨日の夜よりは寒さも厳しくなくて、震えながらバスを待つこともなかった。

 

 バス停には時刻表はなかった。だから次のバスが何時に来るかもわからない。もしかすると今日はもう、来ないかもしれない。それでも、私たちはそこを動くことができなかった。


「ねえ、佐助」

「ん?」


 佐助は私のことを見た。このやり取り、なんだか長年寄り添っている夫婦か、もしくは慣れ親しんでいる恋人のようなやり取りだ。


「佐助も私も、しっかりとした職業についていたんだって、そう思わない?」

「思うよ。僕が着ているスーツは、かなり高級品だ。楓のもそうみたいだよね」


「それに、佐助も私も黒いスーツ。黒の革靴と黒のパンプス。きっとお堅い仕事だわ」

「一緒の会社で働いていたのかな」

 佐助はそう言うと、また道路のほうを見た。バスが来ないかどうかを確認しているようだ。


「ねえ、佐助」

「ん?」

 また佐助は私のことを見た。


「なんで私は追われるようなことになったんだと思う?もし、真面目に働いていたとしたら、なんでかしら」

「う~~ん。それは僕も考えたよ」

「推理してみたの?」


「うん。たとえば、かなり重大な何かを知ってしまったとか」

「重大な?」

「会社の裏取引きとか?真面目に働いていそうだし、悪いことをしていたような雰囲気もないしね。僕たちは」


「…殺し屋にでも狙われているとか?」

「うん。一緒に逃げていたのかもしれないね」


「だから、同じ飴を持ってたのかしら。ねえ、この飴をなめたから、記憶が消えたってことはない?」

「飴で記憶を?」


「そう。考えられない?だって、共通するものは飴だけよ」

「そうだね。でも、一緒に逃げていたとしたら、どこかで飴を買って、それをなめていたとしてもおかしくはないんじゃない?」


「飴を?殺し屋から逃げているのに?」

「うん」

「考えられない。そんなこと…」


 私はポケットから飴の包み紙を出した。包み紙には何も書いていないし、ただ水色に白のストライプ模様があるだけだった。


「ねえ、この残っている飴を食べたら、記憶が戻ったりして…。そう思わない?佐助」

 私はポケットからもう一個の飴玉を取り出した。その包み紙はピンクに白のストライプだ。


「え?」

「食べてみようかしら」

「やめたほうがいいよ」


 佐助はいきなり顔色を変えた。

「どうして?何か秘密でも知っているの?」


「いや、知らないよ。だけど、万が一、万が一のことだけど」

「うん」

「毒が入っているとしたら?」


「毒?」

 ゾク…。そんなこと考えてもみなかった。

 私は一気に怖くなり、飴をすぐにポケットにしまいこんだ。


「誰がそれを僕たちにくれたかもわからないし…。それにさ、こういうことも考えられるだろ?」

 佐助は眉をひそめ、ちょっと小声になって話を続けた。


「僕たちは実は、スパイだった」

「え?」


「どこかの国の情報部員に、正体がばれて殺されそうになった」

「…まさか」


「で、この飴は、正体が捕まってばれないようにするための、つまり自害をするための飴だとしたら?」

「…」

 そんなまるで、映画のような話があるわけがない。私はちょっと、佐助のことを引いて見た。


「まあ、信じられない話だろうけどね。だけど、100パー、あり得ないってことはないだろう?」

 そう言って佐助はポケットから、飴と包み紙を取り出した。


「たとえば、この包み紙が包んでいた飴は記憶を忘れさせる薬がしこまれていた。それを僕らは同時に食べた。なぜか。それは相手に捕まって自白をできないようにするためだ」

「え?」


「なんてね。そんなことも考えてみたりしたんだ。だから、この飴はうかつに食べちゃダメだと思うよ」

 佐助はまた飴と包み紙を、ポケットに入れた。


「……」

 私はちょっとその推理、信じられなくもないなって思ってしまった。記憶をなくす飴。わざと私たちは同時に食べた?


 ちょっと考えただけでも、つじつまが合ってしまう。


 誰も住んでいないと知って、私たちはここに来た?ここに来たと同時に、飴を食べた?自分たちが何者かわかるようなものは、すべてどこかに捨ててきた?敵にわかったら身元がばれる可能性があるから。


 なんか、頭の中を音楽が流れだした。ああ、ミッションポッシブルのテーマだ。


 なんだって、記憶喪失になっているのに、こんな音楽だけは記憶に残っているのだろう。

「今、頭の中、ミッションポッシブルの音楽が流れているわ」


 私が佐助にそう言うと、

「僕はなぜか、ゴッドファーザーの音楽だよ」

と佐助は口元に笑みを浮かべ、そう言った。


「ゴッドファーザーはスパイじゃないでしょ」

「ははは。そういう記憶だけはなんで、残っているんだろうね」

 佐助は笑った。


 もしかすると、すぐそこに殺し屋は来ているかもしれないのに、私たちは呑気なものだ。昨日、ここに来た時は、本当に必死だったのに。これも、佐助がいてくれる安心からなんだろうな。


「あ、バスが来たよ」

 佐助がベンチから立ち上がった。


「ねえ、でも、私たちお金も持ってないのに、乗れるの?」

「お金ならあるさ」


「え?」

「お札が数枚、上着の内ポケットに入っていたんだ」

「そうだったの」


 バスは私たちの前でゆっくりと止まった。行先は『次世駅』と書かれていた。

「次世駅?」


 まるで、来世のことでも言っているようだけど、そんな駅名の場所もあるのね。

 私も佐助もあまりそのことは気にも留めず、バスに乗り込んだ。


 運賃は後払いのようだ。運転手は私たちが乗り込み席に座ると、バスを発進させた。

「次はどこに着くのかしら」


「なんか食べるところがあればいいね。さすがに腹が減ったよ」

 佐助はちょっと力なく、そう言った。


 バスの中にも乗客は一人もいなかった。運転手は何も言わず、10分くらい走らせて、次の停留所でバスを止めた。

「降りてみる?」

 佐助が言うので、私は降りた。


 佐助は運転手にお札を渡し、細かい小銭でお釣りをもらってから、バスを降りてきた。


 バス停のすぐ先には、大きな建物があった。

「ここ、なんの建物?」


「なんだろうね、レストランが入っていたらいいんだけど」

 佐助は私の手を取って、歩き出そうとしたが、私は佐助を引き留めた。


「佐助、ここ、病院だ」

「え?」

 バス停に「中病院前」と書いてあるのが見えた。


「ああ、本当だ」

 佐助もそれを見て、また大きな建物のほうを見た。


「病院の中にもレストランはあるさ。行ってみよう」

 佐助は相当、お腹が空いているのかもしれない。私たちは手をつないで、大きな門をくぐり抜けた。


 門から建物までは、結構な距離があった。そこには多くの木が生えていて、人の姿はまったく見当たらなかった。


 建物の中に入った。入り口にも受け付けはなかったし、廊下を歩いていても、誰にも会わなかった。

「ここ、本当に病院かな」


 佐助はそう言った。だが、確実に薬や消毒液の匂いだけはする。ただ、とても古そうな建物だ。天井の蛍光灯が消えかけているところもあった。


「階段がある。2階に行ってみよう」

 佐助はそう言うと、また私の手を取って歩き出した。


 2階には、廊下の両端にずらりと病室があった。廊下は暗くじめっとしていて、すべての病室はドアが閉まっていた。


 やっぱり人の気配は感じられない。私はあきらめて一階におりようとした。


 その時、佐助が私の手を引いて、

「いる。病室に人いるよ。楓」

と佐助はちょっと怯えながら、そう言った。


「え?」

 佐助と私は、病室のドアにある小さな窓をそっと覗いて見た。すると、四つのベッドにすべて病人が寝ているのが見えた。


 私たちが病室を覗いていると、寝ている患者さんがいっせいにこっちを見た。だが、その目はまるで死んでいるかのように、光を感じることができなかった。


「…う」

 いきなり、佐助は頭を押さえた。そしてよろよろと廊下を歩き、廊下の突き当たりにある長椅子に腰をおろした。


「気分悪いの?」

 悪くなっても当たり前だ。あの病人の目、ものすごく怖かった。まるで死んだ人の目みたいだった。


「僕は、ここにいたことがある」

「え?どういうこと?」


「ここで、死んだことがあるんだ」

「それも、前世の記憶なの?」

「ああ、多分」


 佐助は真っ青な顔をして、それからいきなり呼吸が荒くなった。

「大丈夫?佐助」

 私は佐助の背中をさすった。さすりながら、こんなこと前にもあったと感じていた。


 デジャブ?いや、違う。目の前の佐助がいきなり、パジャマ姿に変わった。

 佐助は痩せていて、真っ白な顔色をしている。


「佐助、大丈夫?病室戻る?」

 私は必死で佐助の背中をさすっている。


「楓、僕は死にたくない」

「佐助。変なこと言わないで。あなたは死んだりしない」


「…君を残して死ねない」

「そうよ。死んじゃ駄目。私を悲しませないで」


「…楓」

 私は佐助を抱きしめた。佐助は私の腕の中で、肩を震わせ泣いていた。


 ギュ。佐助を抱きしめ、目を閉じた。佐助が死を怖がっているのを感じ、死なないで!と心で叫びながら私も泣いた。


 しばらく2人で抱きしめあい、泣いていた。それから何分たっただろう。目を開けると、スーツ姿の佐助がいた。

「今の…」


「タイムスリップかな、また」

 佐助がそう言って、私の頬につたっていた涙を優しく拭いた。


「僕はもう大丈夫だよ。楓」

 佐助はそう言うと私の手を取って椅子から立ち上がり、廊下を歩き出した。


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