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第18話 カルマの解放

 過去世で創られたカルマ。いったいなんで、カルマというものができて、今生までそれを引きずってくるのか。

 ゴミのようなものなら、そんなものをわざわざ抱えて転生しなくてもいいんじゃないのか。


 そんなことを思いながら、花瓶に水をいれたまま、考え込んだ。すると、

「その通りです。わざわざ持ってこなくったっていいんですよ」

と天使が私の考えていることを読み、そう答えた。


「え?」

「カルマと言うのは、念です。後悔や、恨みや、今度こそこんなことをしてやるという執着や…。そういったものが残ってしまい、それを解消できないまま、次の生まで持ち越すんです」


「あ、それって、私もね?私も前の生で後悔したことを、今生まで持ち越したんだわ」

「佐助さんとのことですね?」

「そう…」


「そうです。常に起きたことを100パーセント受け入れ、そこで完結にしていたら、カルマなど発生しないんですよ」

「……じゃあ、後悔したり、執着していると、また輪廻転生を繰り返すの?」


「そうです」

「…ねえ。じゃあ、今までの過去生で残ってしまったカルマ、えっと、想念?それってどうしたら、なくなるの?」


「手放すことです」

「どうやって?」

「いろいろな方法がありますよ」


「たとえば?」

「とことん取り組んで、どうにもならなくなって、開き直ってみるとか」


「え?開き直るの?」

「はい。もう、どうにでもなれって。それって、その問題から手を切るっていうことでしょう?」


「い、いいの?そんなことで」

「はい。まあ、とことん取り組まなくてもいいですよ。何か起きたら、ま、いっかって、ほっておいても」


「ええ?」

「宇宙の流れを信じて、任せてしまうってことです」


「…宇宙の流れ?天使に任せるのと同じかしら」

「そうですね。自分でどうにかしようとして、もがいたり、コントロールしようとしないことですね」


「…自分でどうにかしようとしないでもいいの?」

「はい。もともと、いらないゴミのようなものですよ?そんなものに、どうにかしようとあがいても、無駄なだけです」


「…問題が起きているのに?」

「…そうです。人は問題を解決することはできませんから」


「ま、待って。なんだか聞いていると、人間ってぜんぜんたいした存在じゃないって思えてくるんだけど」

「いいえ。違います。根本から、解釈が違っているんです」


「え?」

「問題を作ったり、それを解決するために生きているわけではないんですよ?人間は」


「じゃあ、なんのため?」

「何がしたいですか?いえ、したいというよりも、あなたは何を望み、どうなりたいですか?」


「私?」

「ずっと、何を望んでいたんですか?」


「…幸せになること?」

「そうですよね?問題を解決したいのはなぜか。幸せになりたいからですよね?」


 天使はそう言うと、花瓶から流れ出している水を止めた。あ、ずっと流れていた。

「そうよね」

 私はそれをぼんやりと見ながら、うなづいた。


「問題を解決するために生まれたのでも、生きているのでもない。幸せを望んで生きているんです。だったら、願うことは、どうやったら、問題が解決できるかではなく、幸せになることを願えばいいし、問題が解決するように行動するのではなく、幸せになってしまえばいいだけなんです」


「でも、問題があるから、幸せにはなれないのよ?」

「いいえ。幸せになってしまったら、問題も悩みも苦しみもなくなりますよ」


「そんな簡単には」

「簡単です。言ったでしょ?楓さんは幸せになる、それを選択するだけでいいんです。何か問題があるとしても、そんなのは我々天使に任せてしまえばいいだけのことです」


「…」

「あなたのすることは、問題を解決することではなく、幸せを感じること、体験すること、味わうこと…。それがあなたのすることであり、本来の自分を思い出すこと、それがあなたの生きている目的でもありますよ」


「本来の自分?」

「光の里で、気が付いたのではないんですか?」


「…佐助や、剛君と話したわ。本当の私は、いないって」

「そうです」


「…でも、まだ理解できないところがあって」

「……し~。また今度お話ししましょう」

 天使のSPは、すっと姿を消した。


 その時、廊下から声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。あ、兄だ。

「お兄さん」

 私は花瓶に花をさし、それを持って廊下に出た。廊下には兄と義理姉が、並んで歩いて来ていた。


「楓。佐助君のお見舞いに来たよ」

 兄がそう言うと、義理姉は、

「楓ちゃんは大丈夫なの?」

と心配して近寄ってきた。


「はい。私は…」

「佐助君の容態は?」

「もう目を覚ましました。回復に向かっています」


「そう、よかったわね」

 義理姉は、ホッとした顔を見せた。でも兄は、まだ顔を曇らせていた。


「楓…。佐助君が命の恩人だと言うのはわかっている。だが、だからといって、結婚を無理にしないでもいいんだよ」

「え?」


 いったい何を言いだすの?

 あ…。そうだった。私は時々兄に、相談をしていたんだった。佐助とのことも、正志さんとこのことも。


「あ。あの、そのことだけど」

 私はどう説明していいか、悩んでしまった。


 兄は、困った顔をしている私を見て、話を続けた。

「父さんにさっき会ったんだ。もう佐助君と楓は、婚約破棄になるんだよねと聞いたら、父さんはとんでもない。命の恩人なんだから、楓のそばにこれからもずっと、佐助君にはいてもらうと、そう言っていたんだよ」


 父が?

「秘書からははずれてもらうことになるかもしれないが、今後、佐助君の仕事や、楓との生活は全力を持ってサポートしたいとも言っていたんだ」


「それ、本当に?」

 信じられない。佐助のお父さんがあんなことになってしまったのに!


「あ…。じゃあ、佐助は退院してからなんの心配もないってこと?」

「そうだ。でも、楓、君は今こそはっきりと、正志さんとのことを父さんに言った方が…」


「本当にお父さんはそう言っていたのね?」

「…え?」

 私は喜びが隠せなかった。


「よかった。佐助のこと、本当に…」

 ああ、安堵したからか、涙が出てきた。


「楓ちゃん?」

「あ、お見舞いに来てくれたんでしょう?長居はできないと思うけど、佐助に会って行って」


 私はそう言って、2人を病室に案内した。兄と義理姉は、不思議そうな顔をして私の後ろをついてきた。

 それもそうだろう。私は本当に、佐助との結婚を嫌がっていたのだ。義理姉にはあまり、はっきりとは言えなかったが、兄にだけはそんな私の胸の内を話していたのだから。


「佐助。お兄さんとお義理姉さんが来てくれたわ」

 そう言ってドアを開けた。佐助は少し顔をあげ、

「あ、すみません。わざわざ、来ていただいて」

と恐縮そうにそう言った。


「いいの。そのまま寝ていて。傷、まだ痛むでしょう?」

 義理姉がそう言うと、佐助はすみませんと言って、頭の位置を枕に戻した。


「どうだい?調子は」

 兄が聞いた。佐助は、ちょっと目を細め、

「大丈夫です」

と答えた。


 佐助と兄は、あまり仲がいい方ではなかった。兄は佐助のお父さんを慕ってはいたが、佐助に対してはどこか、対抗意識みたいなものを持っていて、自分から進んで声をかけることも今まではなかったと思う。


 多分、父が兄を後継者にすることをあきらめ、佐助を選んだ時からだろう。父に認めてもらえなかったことを、兄はいまだに引きずっていると思う。


 でも、兄は内心ほっとしていたのだ。父が自分ではなく佐助を選んだことを。とても自分が政治家になれるとは思っていなかっただろうし、後継者という重い鎧を脱げたことを、本当は心の底で喜んでいたのだ。


 そして、それは同時に罪悪感にもなっていたようだ。喜んでしまったことも、それに、父の期待に応えられなかったことは、兄にとって惨めなことでもあった。


 そんないろんな思いが、佐助に対する思いへと変わっていって、兄は佐助を拒否していたのだ。佐助もそれを感じていて、兄の話は私や父の前で、いっさいしなかった。実際、今日兄と義理姉が、お見舞いに来てくれたことは、ものすごく驚くべきことなのだ。


 それは佐助にとっても、かなり驚くことだったようだ。

「体、大丈夫なんですか?」

 兄は、佐助のお父さんが亡くなった時、かなり体調を崩してしまった。葬儀に顔を出すこともできないくらいに。そのことを佐助は、気にかけているようだ。


「…僕は平気だよ。それよりも、妹を命をかけて守ってくれて、本当に感謝する」

 兄はそう言って、頭を下げた。驚いた。

 でも、頭をあげた時に見せた兄の表情で、わかってしまった。まるで、心がこもっていないのだ。


「本当よ。佐助君がいなかったらと思うと、ぞっとするわ。でも、犯人は見つかっていないんでしょう?これから、楓ちゃん、気を付けないと」

 それに対して義理姉は、心底心配している様子でそう言った。


「はい。でも、当分の間、SPがついていてくれるので、安心なんです」

「…そうね。でも、いったいなんで、楓ちゃんをねらったりしたの?知った顔の人だったの?」


「え?いいえ」

「お父さんに恨みでもあるやつかな」

 兄がそうぽつりと言った。


「政治がらみ?嫌だわ。それじゃ、私やあなたまで、狙われるかもしれないってこと?」

「そうだな。これからは僕らも気を付けないと」


 そうか。兄たちにまで、そういった心配をさせないとならないわけか。申し訳ないな。犯人なんていないっていうのに。


「ところで、実はお願いもあって今日来たんだよ。佐助君」

 いきなり兄は佐助の真ん前に椅子を持って、そこに腰を下ろして話し出した。

 あ、まさか、婚約のこと?


「さっき、父に会った。そこで、君たちの婚約のことを聞いて」

「そうなの。佐助、聞いて!父は婚約を破棄にしたりしないって。それにね、佐助のこれからの仕事も、私たちの生活もしっかりとサポートしてくれるって、そう言っていたんだって」


「え?」

 佐助がびっくりしている。兄は兄で、私になんでそんなことを喜びながら、佐助に話しているんだって言う顔をして私を見ている。


「本当に?楓」

「ええ」

「…そ、そうか。先生は父のことがあっても、僕と楓のことは無しにしないでくれたんだね」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。佐助君には婚約者がいたね。それなのに、無理やり父が楓と君を婚約させてしまった」

「…いえ、彼女とのことはもう、終わったことなので」


「いや、佐助君。いいのかい?本当にそれで。彼女とやりなおそうとは思わないのかい?楓にも付き合っていた人がいる。知ってるよね?」

「……」

 佐助は黙り込んだ。


「僕はずっと父のしていることに口をはさまなかった。後継者失格だからね。君を後継者として選んだのなら、それも受け入れようと思っていたし。だけど、悪いが君の政治家への道は閉ざされたと言ってもいい。だったら、楓との結婚も白紙に戻してもいいってことではないかい?」


「いいえ。楓さんとは結婚します」

「しかし…」

「お兄さん。私も正志さんとやり直す気はないの」


「え?」

 兄が私を見た。

「なかなか信じてもらえないかもしれないけど、私、佐助と結婚したいの」


「なんで?」

「……それを一番に望んでいるってわかったからよ」


「父さんのためにか?」

「いいえ」

「じゃあ、なんで?」


 兄は真剣な顔で私に聞いてきた。

「幸せになります」

 いきなり、佐助が兄に向ってそう言った。


「え?」

 兄は驚いて佐助の顔を見た。義理姉も驚いた顔をして、佐助の顔を兄の後ろから覗き込んで見た。


「僕は楓さんと幸せになります。そのために、結婚もします」

「…なんでだ?なんの義理があって君は…」

「義理?いいえ、そんなものはないです」


「じゃあ、なぜ?」

「…そう決めたんです」


 佐助は兄をまっすぐに見つめ、とても澄んだ声でそう言った。

 兄はその声と、佐助の目を見て、何も言えなくなってしまったようだ。


「楓ちゃんのことを、本当に幸せにしてくれる?」

 義理姉がそう佐助に聞いた。佐助は義理姉を見て、こくりとうなづいた。


「あなた、もう行きましょう。もう、安心したでしょう?」

「…」

 義理姉の言葉に、兄は何も答えなかった。でも、静かに病室を2人で出て行った。


「佐助…」

 私は佐助のそばに行き、佐助の手を握りしめた。


「うん。楓。言いたいことは分かっているよ」

 兄は、納得しなかったかもしれない。でもいいんだ、それでも。

 父は私と佐助の結婚を認めている。


 そうして、私と佐助は、2人で幸せになることを選んだらいいだけなんだ。


「兄はあなたに対して、いろんな思いがあると思うの」

「うん。そうだろうね。前から感じていたよ」


「でも、そんな思いも、消えてなくなるかしら」

「さあ。それはわからないけど、少なくとも僕にはもう、君のお兄さんに対しての思いはなくなったかな」


「何か佐助の中でもあったの?」

「ああ…。ライバル意識みたいなのはつねにあったよ。いつ、先生が僕よりも彼をまた選ぶんじゃないかって言う不安もね」


「…あなたは、父の後継者になりたかったの?」

「なりたかったさ。そんな野望を抱いていたよ。それが僕の父の願いでもあったしね」


「…だから、私との結婚も受け入れたの?」

「楓は?なんで僕との結婚を受け入れたのかい?」


「だって、父には逆らえないってわかっていたし」

「…それで?それだけの理由で?」


「そうね。不思議よね」

「楓…」


 佐助は私のことを引き寄せた。そして優しくキスをしてくれた。

「僕にはもう、野望もないよ。純粋に楓と一緒に幸せになる。そのためだけに結婚する」

「…」


「それ、わかってくれてる?」

「え?」

 私はそんなことを聞く佐助に、驚いてしまった。


「くす。いやあね。わかってるに決まってるじゃない」

 私はそう言って、佐助に抱きついた。


「私だって、佐助との結婚をどこかで嫌がっていたわ。どうにか、この結婚をないものにできないかって。でも、今は、佐助と離れろって言われたって、絶対に離れたくないわ」

「う、うん」


「佐助?」

「うん。でも、今はちょっと離れて」


「え?!」

「抱きつかれると、まだ痛むんだ。ごめん」

「ああ…」


 私は慌てて佐助から、離れた。そしてベッドの横の椅子に腰かけた。


「佐助…。さっき天使に会ったの。そして言われたわ」

「何を?」

「幸せになることだけを望み、それを味わってって」


「…そう」

「私はきっと、過去生でもそれを望んできたのよね」


「ああ、僕もだ」

「それだけで、いいのよね。なのにきっと、いろんな他の思いに、翻弄されちゃったんだわ。罪悪感とか…、いろいろとね」


「うん。そうだね、きっと」

「佐助。でもね、私、もうすごく幸せなの」


「……うん」

「いまっていう、この時が、本当に幸せで嬉しくって…」


「僕もだよ」

 佐助の目は、すごく穏やかだった。きっとそれは私もだ。


 私たちには、いろんな問題が残っているのかもしれない。でも、それを解決するために私たちは生きているのではないんだ。

 私たちは、ただ、幸せを望む。それは、つねに天使たちがサポートしてくれている。


 問題は、きっと天使が解決してくれる。いや、もしかすると、問題なんて最初からないものなのかもしれない。


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