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手をつなぐ理由  作者: リンダ


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その本、先に読んでたのに



第1期


手をつなぐ理由


舞台設定


山形県酒田市立・港北こうほく中学校

酒田港から少し内陸に入った住宅地にある、ごく普通の公立中学校。

全校生徒は約360人。大きすぎず小さすぎず、地域との結びつきも強い。


冬は風が強く、登下校ではコートの襟を立てる生徒が多い。

校舎は三階建てで、古いが手入れは行き届いている。

一見すると、どこにでもある穏やかな学校に見える。


だがこの学校には、表立って大きな荒れはない代わりに、

**「空気で人を排除する」**文化が静かに根を張っていた。



登場人物一覧(約30人)


2年2組(物語の中心クラス)


被害側・中心人物


1. 三浦みうら 恒一こういち

 2年2組。読書好きで成績は中の上。目立たないが優しい。

 空気を読むのが苦手ではないが、言葉をまっすぐ受け取りすぎるところがある。

2. 三浦みうら 由紀ゆき

 恒一の母。市内のスーパー勤務。息子の変化に最初に気づく。

3. 三浦 恒一(みうら こういち・父)

 恒一の父。物流関係の仕事。無口だが息子思い。


最初の“すれ違い”の相手


4. 黒川くろかわ 大河たいが

 2年2組。運動部。クラスで発言力がある。

 露骨な不良ではなく、軽口とノリで周囲を引っ張るタイプ。

5. 相原あいはら 圭吾けいご

 2年2組。黒川の友人。面白半分で話を大きくする。

6. 永瀬ながせ 悠真ゆうま

 2年2組。空気に敏感。自分が標的にならないよう強い側につく。


傍観・同調・揺れる生徒たち


7. 宮原みやはら 彩乃あやの

 2年2組。女子グループの中心格。

 直接手を出さないが、空気の流れを決める一言を落とす。

8. 坂本さかもと 紗良さら

 2年2組。明るいが流されやすい。

9. 香月かづき 結衣ゆい

 2年2組。SNS好き。スクショや噂の拡散役になりやすい。

10. 白石 ひなた(しらいし ひなた)

 2年2組。観察眼がある。心の中では違和感を覚える。

11. 成瀬 さくら(なるせ さくら)

 2年2組。誰とでも話せるが、深くは踏み込まない。

12. 下田しもだ りん

 2年2組。小声で本音を言うタイプ。空気の悪化に怯える。

13. 原口はらぐち 悠真ゆうま

 2年2組。お調子者。悪意なく笑いに乗る。

14. 河野こうの 直人なおと

 2年2組。サッカー部。自分では何もしないが止めもしない。

15. 柴田しばた 蓮斗れんと

 2年2組。口数は少ない。見ているだけに見えて、内心では葛藤がある。

16. 徳永とくなが 海斗かいと

 2年2組。場の空気を読んで笑う側に回る。

17. 立石たていし 美月みづき

 2年2組。女子の中では比較的良心的だが、孤立を恐れて黙る。

18. 浅井あさい 結菜ゆいな

 2年2組。保健委員。異変に早めに気づく。

19. 松本まつもと 結仁ゆいと

 2年2組。図書委員。事件の発端に近い位置にいる。

20. 古賀こが 日和ひより

 2年2組。おとなしい。ひそかに恒一を心配している。


恒一に関わる“少数の味方”


21. 真田さなだ 美優みゆ

 2年1組。図書室で恒一と言葉を交わすことが多い。

 別クラスだからこそ、変化を冷静に見ている。

22. 小柳こやなぎ 美春みはる

 2年3組。生徒会役員。表面上の学校の平穏に疑問を持つ。

23. 小柳こやなぎ 美南みなみ

 2年3組。美春の双子の妹。姉より感情的で、理不尽を嫌う。



教職員・大人たち


24. 高石たかいし 正美まさみ

 2年2組担任。英語教師。若く熱心だが、クラスの“微妙な空気”を読み切れない。

25. 佐伯さえき 美帆みほ

 学年主任。厳しさと現実感を持つ教師。

 「証拠がないと動けない」という学校的感覚を象徴する。

26. 内田うちだ 悠真ゆうま

 体育教師。黒川たち運動部男子に信頼されている。

 悪い先生ではないが、「男子同士のじゃれ合い」と受け取りがち。

27. 相沢あいざわ 直子なおこ

 養護教諭。生徒の表情の変化に敏感。早い段階で違和感を持つ。

28. 藤森ふじもり 恒一こういち

 校長。対外的な学校評価を気にする。

29. 宮田 しの(みやた しの)

 スクールカウンセラー。週1回来校。後に重要な役割を持つ。

30. 佐々木 ひより(ささき ひより)

 酒田市出身の若手お笑い芸人。天庄屋の一人。

 この第1話ではまだ本筋には入らないが、のちに地域講演や番組を通じて学校問題に関わる存在になる。



物語全体の流れ(この設定での展開)


第1クール「始まり」


* 恒一は図書室で借りた本をめぐり、黒川と小さなすれ違いを起こす

* それが「感じ悪い」「空気読めない」という形でクラスに広がる

* からかいは冗談として消費される

* SNSに切り取られた言葉や写真が流れ始める

* 担任は違和感を持つが、まだ“いじめ”とは認識しきれない


第2クール「エスカレート」


* 物がなくなる、席を避けられる、班決めで余る

* 家庭での会話が減り、睡眠や食欲に影響が出る

* 黒川たちは「大したことはしていない」と思っている

* クラス全体が“誰も止めない空気”になる


第3クール「崩壊」


* 恒一の心身が限界に近づく

* 大きな出来事が起き、学校は初めて事態の深刻さを外部から突きつけられる

* 保護者、学校、地域社会、メディアが動き始める

* “被害”だけでなく、“なぜ誰も止めなかったのか”が問われる


第4クール「その後」


* 恒一の回復のプロセス

* 家族の後悔と再生

* 加害側もまた「その後の人生」を生きなければならない

* 学校は形だけではない変化を試みる

* それでも、新しい形の排除は生まれ続ける



第1話


「その本、先に読んでたのに」


三月の終わりが見え始めた酒田は、まだ風が冷たかった。


港北中学校の朝は早い。

グラウンドの端では野球部が声を張り上げ、昇降口では濡れた上履き袋を持った生徒たちが、友達を見つけては小さく笑っていた。


二年二組の三浦恒一は、そんな喧騒の中を、少し肩をすぼめるようにして歩く子だった。


別に目立たないわけじゃない。

成績は悪くないし、先生に嫌われてもいない。

運動神経が極端に悪いわけでも、友達が一人もいないわけでもない。


ただ、教室の真ん中より、少し窓際が似合う。

そういう子だった。


恒一は、その朝も鞄から文庫本を取り出していた。


表紙は少し擦れていて、図書室の貸出カードには何人もの名前が並んでいる。

タイトルは『海辺の灯台』。地元出身の作家が書いた、少し古い小説だった。


前の日、図書室で見つけた時、恒一は少し嬉しくなった。

酒田の海や風の匂いが、そのまま文章になったような本だと、司書の先生が言っていたからだ。


「また読書かよ」


声をかけてきたのは、黒川大河だった。


背が高く、髪もほどよく整っていて、教師の前では礼儀も悪くない。

いわゆる“問題児”ではない。

むしろ、クラスの中心にいる側の生徒だった。


「うん。ちょっとだけ」


恒一が答えると、黒川は本を覗き込んだ。


「あ、それ、俺も読もうと思ってたやつだ」


「そうなんだ」


「昨日、図書室で探したけどなかった」


黒川はそう言って笑った。責める口調ではなかった。

けれど恒一は、なんとなく言わなくていいことまで言ってしまう。


「先に見つけたから、借りた」


その場では、本当にただそれだけの意味だった。


だが黒川の眉が、ほんの少しだけ動いた。


「いや、そりゃそうだけどさ」


横から相原圭吾が入ってくる。


「なんか言い方、冷たくね?」


「え?」


恒一は顔を上げた。


黒川はすぐに笑って見せた。


「まあいいけど。読み終わったら貸して」


「う、うん」


そこで会話は終わった。

終わったはずだった。


だが一時間目の休み時間には、もう少し形を変えていた。


「三浦って、意外と感じ悪いらしいよ」


誰が最初に言ったのかは分からない。

たぶん相原だ。

いや、もしかしたらその前に、黒川が冗談っぽく誰かに言ったのかもしれない。


「本のことで、めっちゃ先取りアピールしたらしい」


「うわ、めんど」


「なんかプライド高そう」


冗談の延長みたいな声が、机と机の間をすべっていく。


恒一は聞こえないふりをした。

こういう時、聞こえていると示した方が負ける気がしたからだ。


でも、耳には入る。


“感じ悪い”

“空気読めない”

“ああいうの一番だるい”


一つ一つは軽い。

たぶん、言っている側も深く考えていない。

それがかえって厄介だった。


二時間目の国語が終わる頃には、女子の何人かまで知っていた。


「ねえ、三浦くんって本好きなんだね」


宮原彩乃が、昼休みにそう言った。


笑っているようにも見えるし、試すようにも見える。


「うん、まあ」


「でもさ、貸してって言われて“先に見つけたから”って、ちょっと怖くない?」


周りの女子がくすっと笑う。


坂本紗良が「彩乃、言い方」と笑いながらたしなめる。

けれど、その笑いは止める笑いではなく、乗せる笑いだった。


恒一は何か言い返そうとして、やめた。


言い返せば、たぶん“ムキになってる”と言われる。

黙れば黙ったで、図星だと思われる。


その曖昧な袋小路に、まだ彼は慣れていなかった。


午後、英語の授業で担任の高石正美は、教室の空気が少し変なことに気づいた。


いつもなら発言する時に軽くざわつく男子たちが、今日は妙な一体感で笑いをこらえている。

誰か一人を見ているようで、でも露骨ではない。


「三浦、ここの英文、読んでみて」


恒一は立ち上がり、教科書を読んだ。


つかえることもなく、普通に読めた。

だが、後ろの方で小さく吹き出す声がした。


高石はそちらを見た。


「今、何かおかしかった?」


「別にー」


相原が言う。

黒川も肩をすくめる。


それ以上、追及できる材料はなかった。


授業後、高石は少し迷ってから恒一を呼び止めた。


「三浦、何かあった?」


「え?」


「いや、なんとなく今日、クラスの雰囲気が変だったから」


恒一は一瞬、胸の奥が揺れた。

ここで言えばよかったのかもしれない。

でも、“本の言い方で空気が悪くなった”なんて、あまりにも小さい気がした。


先生に相談するほどのことだろうか。

そんなことで大げさだと思われないだろうか。


「……何もないです」


高石は少しだけ眉を寄せたが、無理に聞き出すことはしなかった。


「そう。何かあったら言ってね」


「はい」


その“何か”が、まだ言葉にならないうちは、たぶん誰にも届かない。


放課後、恒一は図書室へ向かった。


本を返すつもりではなかった。

ただ、少し静かな場所に行きたかった。


図書室には、二年一組の真田美優がいた。

カウンターの前で返却本を整理している。


「三浦くん、その本おもしろい?」


「まだ途中」


「ふーん。顔、疲れてる」


恒一は思わず笑いそうになった。

そんなふうに言われるとは思わなかったからだ。


「そんなことない」


「ある。図書室来るとき、だいたい疲れてる顔してる」


美優は本を一冊棚に戻しながら言った。


「でも、今日のはいつもと違う疲れ方」


恒一は答えなかった。


答えなかったけれど、その言葉だけは、なぜか胸に残った。


帰り道、校門を出たところで、スマホが震えた。


クラスのグループトークだった。


誰かが、ノートの端に描いたらしい落書きの写真を上げている。

そこには本を抱えた細い人影と、吹き出しでこう書かれていた。


「先に見つけたから」


その下に、笑いのスタンプがいくつも並んでいた。


恒一は立ち止まった。


春が近いはずなのに、海からの風は妙に冷たかった。


たった一言だった。

朝、自分が何気なく言っただけの言葉だ。


それがもう、自分のものじゃないみたいに、

誰かの手で面白く加工されて、

クラスの中を歩き回っている。


画面を閉じても、頭の中でその文字が消えなかった。


先に見つけたから。

先に見つけたから。

先に見つけたから。


家に帰ると、母の由紀が台所から顔を出した。


「おかえり。今日、早かったね」


「うん」


「どうしたの、寒かった?」


「別に」


恒一は靴を揃えながら答えた。

声が少しだけ硬くなって、自分でもそれが分かった。


由紀は何か言いかけて、やめた。


夕飯の時間になっても、恒一は本を開かなかった。


机の端に置かれた『海辺の灯台』は、朝より少しだけ重たく見えた。


夜、布団の中でスマホを見ると、また通知が増えていた。

直接悪口が書かれているわけではない。

ただ、スタンプ。

笑い。

短い一言。

“草”

“うける”

“名言出た”


それだけなのに、胸の奥に小さな針が刺さる。


まだ、この時の恒一は思っていた。


明日になれば、きっともう終わる。

本当に、ちょっとした行き違いだったのだから、と。


けれど、その“ちょっとしたこと”は、

翌日にはもう少しだけ形を変え、

さらにその次の日には、別の誰かの笑いの材料になっていく。


誰もまだ、これを“いじめ”とは呼ばない。


呼ばないまま、少しずつ、

一人の子どもが教室の真ん中から外れていく。


その始まりは、

ほんの一冊の本と、

たった一言のすれ違いだった。





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