34 だってあなたは(第2章:終)
……眩しい。
容赦のない陽光に叩き起こされ、ゆっくりとまぶたを上げる。
視界を埋めたのは、見覚えのない真っ白な天井だった。
……どこだ、ここ。
「……っ、痛ぇ……」
起き上がろうとした途端、全身の骨がきしむような激痛が走った。身体中が重くて痛い。
ふと、横を見る。
ベッドの縁に縋りつくような体勢で、寝息を立てている小さな背中があった。
「……小春?」
そこは病院の一室だった。
俺はおそるおそる、自分の左手で小春の頭に触れた。
指先に伝わる、確かな温もり。
その感触に、小春がピクッと肩を震わせ、パチリと目を見開いた。
「……え? ……お、お兄ちゃん?」
小春は信じられないものを見るように俺を見つめ、次の瞬間、ベッドに飛び込んできた。
「お兄ちゃぁぁぁぁぁぁん!!」
「ぐぇっ!? ……い、痛い痛い!」
「うわぁぁぁぁん! よかったよぉ~! やっと目を覚ましたぁ~!!」
俺の胸に顔を埋め、小春はおいおいと泣き出した。
痛みよりも、愛おしさが勝る。
俺は妹の頭を優しく撫でた。
「心配かけてごめんな。……俺、どれくらい寝てた?」
「……2日。もう2日間も、死んだみたいに起きなかったんだよ……っ」
「そんなに? たしかに物凄くお腹がすいてる気がする。いや、めっちゃすいてる」
小春は涙を拭うと、パッと花が咲いたような笑顔になった。
「すぐに何か食べるものお願いしてくるね! あと、ママにも知らせなきゃ!」
言うが早いか、小春はトタトタと病室を飛び出していった。
一人残された部屋。
俺はふらつく足で立ち上がり、窓のカーテンを開けた。
「……ははっ」
そこには、雲一つない、透き通るような蒼穹が広がっていた。
本当にあれは現実だったのか。
初めての箱舟の冒険で、S級モンスターどころか魔王と呼ばれる存在と戦った。
そして、――俺は半身を失った。
気づけば俺は、自分の左胸――心臓の辺りに、そっと手を当てていた。
トクン……。
シエルの魂を感じる――。
タッタッタ、ドタァ! 突如、病院の廊下からやかましい足音が響き、感傷を吹き飛ばした。
バンッ! ノックもなしに、勢いよく扉が開く。
「――あゆむ!」
息を切らした母さんが、病室に駆け込んできた。
その腕の中には、ちびシエルが抱きかかえられている。
「あゆむ!! ようやく目を覚ましよって! この馬鹿たれが!」
母さんの腕からピョンとベッドに飛び乗ったシエルが、満面の笑みで、がなった。
「……俺たち、やったんだな」
「何をぬかす。ここからが始まりじゃ」
俺たちは顔を見合わせ、笑いあった。
言葉にしなくても分かる。
あの地獄を、俺たちは生き残ったんだ。
――そして。
ふと視線を向けると、母さんが肩を震わせて立ち尽くしていた。
雷を落とす前のように険しい目つき。
「……母さん。心配かけてごめん」
俺が気まずく口を開くと、母さんは、ズカズカと近寄ってきて、有無を言わさず俺の頬を思いきりひっぱたいた。
パァァンッ! と小気味いい音が病室に響く。
「母さん!?」
そして、ぎゅうっと抱きしめてきた。
「……よかった、本当によかった」
その体は小刻みに震えていた。
「あゆむ……ちゃんと約束守ったね」
……そうか、俺はこれからもずっと、母さんにこういう思いをさせてしまうのか。
心臓がぎゅっと締め付けられる。だけど……それでも俺は――
「……当たり前だろ。俺が母さんとの約束を破ったことなんてないだろ?」
「しょっちゅう……むしろ守ってくれた方が少ない」
「そうだっけ」
俺がとぼけて笑うと、母さんも泣き笑いのような顔をして、俺の左胸にそっと手を当てた。
「……こんなに酷い傷跡を作って」
服越しでも伝わる新しい心臓の鼓動を確かめるように、母さんの手はわずかに震えていた。
その温もりを感じながら、俺は不意に『前世』のことを思い出していた。
前の人生では、俺は母さんに何一つ恩返しできなかった。
心配ばかりかけて、ろくに自立もできないまま、突然の事故で永遠に別れることになってしまった。
だから今、こうして生きて母さんに抱きしめられていることが、どうしようもなく奇跡みたいに思えた。
「……ごめんな、母さん」
俺は母さんの背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめ返した。
「心配かけるし、無茶もするかもしれない。でも、俺は絶対に死なない。全てを失ったとしても、誰かを犠牲にしたとしても、這いつくばってでも生きて帰ってくる」
前世で果たせなかった想い。
今度こそ、俺がこの手で家族を守り抜き、幸せにしてみせる。
母さんは何度も何度も小さく頷いた。
そして、顔を上げて俺の目を真っ直ぐに見つめ、優しく微笑んだ。
「……ええ。信じてるわ。だってあなたは、『やるときはやる子』だもの」
――ハッとした。
それは、前の人生で、母さんが俺に残してくれた『最期の言葉』と全く同じだった。
視界がふいに滲む。
ああ、そうか。母さんはどんなときでもずっと、俺のことを信じてくれていたんだ。
溢れそうになる涙を必死に堪え、俺は力強く頷き返した。
「……ああ。任せとけって」
窓の外では、夏の太陽がどこまでも続く青空をまぶしく照らしている。
俺の左胸で、シエルと分け合った命が力強く脈打っている。
気が付くと、戻ってきた小春と、ベッドのシエルが笑っていた。
俺の、何よりも大切な居場所。
ゼロから始まった新しい人生。
どんな絶望のキャンバスが立ちはだかろうと、俺とシエルなら、最高の未来を描き出せるはずだ。
◇
――だが、このときの俺は、『深度決壊』が示す本当の意味を、まだ分かっていなかった。
静かに、けれど確実に。
『地球の死の未来』という名の本当の絶望は、俺たちのすぐ背後まで迫っていたんだ――。
◆◆◆
不夜城東京。そのとある高層ビルの屋上。
巨漢の老人が、沈む摩天楼を見下ろしている。
老人は、茶色のボロ布を纏い、深々とフードを被っている。その隙間から覗く、白く乾いた蓬髪。
そして、暗闇の中で「金色」の瞳だけが、怪しく輝いていた。
いや、違う。もう片方の瞳は――赤く脈打つ、複眼のような『蟲の目』。
「――まさかこういう形で『神格義体』が顕現しようとは」
その黄金の瞳が、天を突く世界樹に視線を移す。
「六条麦 歩よ。貴様の『神象魔法』が目覚めるのが先か、それとも――』
老人の悲しげな声は、ビル風の隙間に飲み込まれていった。
【3章以降の更新について】
2章34話まで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます!
皆様の足跡のひとつひとつが、執筆の原動力になりました。mm
3章以降の更新についてですが、「1章ごとに書き溜めてから連続更新」という形式をとってゆこうと考えております。
定期更新も考えたのですが、それですと(私の力不足で)満足ゆく内容に仕上げられないと判断したしました。
またいずれお目にかかった際は、お暇なときにお読みいただけますと、心からの励みになります! 今後ともよろしくお願いいたします。mm




