第5話 拾ったスライムがモチモチすぎるので、ペットにしました
私の部屋(牢屋)は、先日ギデオンと共に描き上げた壁画のおかげで、常夏のリゾート地のような開放感に包まれていた。
壁には青い海、天井には輝く太陽。
これで波の音でも聞こえれば完璧なのだが、あいにく聞こえてくるのは廊下を巡回する兵士の足音だけだ。
「……暇ね」
私はソファの上で寝転がりながら呟いた。
人間、衣食住が満たされ、自己実現(DIY)も達成すると、次に求めるのは「癒し」である。
ふかふかのクッションもいいけれど、もっとこう、温かみのある、命の鼓動を感じる何かが欲しい。
「散歩に行こう」
私はスリッパを履き、当たり前のように開いている鉄扉を押した。
廊下に出ると、見張り台にいるロイドさんと目が合う。
「あ、セラフィナさん。今日はどちらへ?」
「ちょっとそこの中庭まで。空気を吸いたくて」
「了解です。夕食までには戻ってくださいね。今日のメインは仔羊の香草焼きだそうですよ」
「わぁ、楽しみ! 遅れないようにするわ」
完全に近所のコンビニへ行く感覚だ。
私は兵士たちに「お疲れ様です~」と挨拶をしながら、階段を上がり、裏庭へと続く通用口を抜けた。
◆
ガリア王城の裏庭は、鬱蒼とした森に面しており、湿気が多いせいか苔やキノコがよく生えている。
私は木漏れ日の中を歩きながら、深呼吸をした。
「やっぱり外の空気は美味しいわね」
しばらく森の中を散策していると、古びた井戸の近くで、何かが動く気配がした。
カサッ、カサッ。
草むらが揺れている。
「ん? 小動物かな?」
野生のウサギなら捕まえて……いや、今の私は満腹だ。愛でるだけにしよう。
私はそっと草むらをかき分けた。
「……あら?」
そこにいたのは、ウサギでもリスでもなかった。
透き通るような水色をした、半透明のプルプルした塊。
大きさはバスケットボールくらいだろうか。
つぶらな瞳(らしき黒い点)が二つ、私を見上げている。
「スライム……?」
魔物の一種だが、ここのスライムはずいぶんと色が綺麗だ。
普通のスライムはもっと濁った緑色をしていて、酸を吐きかけてくるのだが、この子は攻撃してくる様子がない。
むしろ、私のブーツに身体を擦り付けてきている。
「ぷるっ、ぷるるっ」
可愛い音がした。
私はしゃがみこみ、恐る恐る指で突いてみた。
ポヨン。
驚異的な弾力。そして、ひんやりとした冷たさが心地いい。
「わぁ……何これ、すごい触り心地!」
低反発枕と水枕を足して二で割ったような、極上の感触。
私は両手でその塊を持ち上げた。
ずっしりとした重みがあるが、不快ではない。
「ぷきゅ~」
「可愛い~! あなた、迷子なの?」
スライムは私の腕の中で、甘えるように形を変えた。
私の母性本能が、カッ、と音を立てて点火した。
「決めた。あなた、私の部屋に来なさい」
私はスライムを胸に抱き、急いで地下牢へと戻ることにした。
ギデオンに見つかったら没収されるかもしれない。
ここは隠密行動スキルを発動させる時だ。
◆
数分後。
私は上着の中にスライムを隠し、何食わぬ顔で地下牢に戻ってきた。
ロイドさんは新聞を読んでいて気づいていない。よし、セーフ。
部屋に入り、扉を閉める(鍵はかけない)。
私はベッドの上にスライムを降ろした。
「ここが今日からあなたのお家よ。名前は何がいいかな……触り心地がいいから『ポヨン』にしましょう」
「ぷるっ!」
ポヨンは気に入ったのか、ベッドの上で跳ね回った。
最高級羽毛布団の上でスライムが跳ねる光景はシュールだが、可愛いから許す。
「よしよし、いい子ね~」
私はポヨンを抱きしめ、そのひんやりとした感触を楽しんでいた。
ああ、癒される。これぞ私が求めていた「命の温もり(冷たいけど)」だ。
ガチャリ。
その時、突然扉が開いた。
「セラフィナ、夕食の時間だ。今日は特別に私が運んで……」
入ってきたのは、満面の笑み(彼基準では口角が1ミリ上がっている状態)のギデオンだった。
しかし、彼の言葉は途中で途切れた。
彼の視線の先には、ベッドの上でスライムを抱きしめ、頬擦りをしている私の姿があった。
「……」
「……あ」
沈黙が流れる。
ギデオンの眼鏡が、キラリと光った。
そして、彼の視線が、私の胸元(に抱かれたスライム)に釘付けになった。
「……セラフィナ。その、胸に抱いている……不定形の物体はなんだ」
「えっと……ポヨンです」
「ポヨン?」
「はい。中庭で拾いました。私の新しいルームメイトです」
私はポヨンを持ち上げて見せた。
ポヨンは「ぷきゅっ」と鳴いて、プルプルと震えた。
ギデオンの表情が、見る見るうちに険しくなっていく。
彼はワゴンをロイドに押し付け、大股で私に近づいてきた。
「魔物だぞ! 危険だ! 今すぐ捨ててこい!」
「えーっ! 嫌よ! この子は無害だもの。見て、こんなに可愛いのに!」
「可愛くなどない! 粘液質の塊ではないか! もし貴様の肌がかぶれたり、服を溶かされたりしたらどうする!」
ギデオンは必死だった。
だが、その必死さの理由は、私が思っている「安全面への配慮」とは少し違っていた。
(――な、なんだその物体は!?
俺のセラフィナの腕の中に!?
しかも、あろうことか彼女の豊かな胸に、そのプルプルした身体を押し付けているだと!?
許さん。絶対に許さんぞ。
俺だってまだ指一本触れていないのに(ハプニング除く)、その得体の知れないゲル状生物が、特等席を陣取っているなんて!)
ギデオンの内心では、嫉妬の炎が燃え盛っていた。
相手がスライムだろうと容赦はない。いや、スライムだからこそ、その形状変化による密着度が許せないのだ。
「いいかセラフィナ、ここは監獄だ。ペットの飼育など規則で禁止されている!」
「規則? 今まで散々リフォームさせておいて?」
「うぐっ……! そ、それはそれ、これはこれだ! 衛生上の問題がある!」
ギデオンは手を伸ばし、ポヨンを取り上げようとした。
ポヨンは危険を察知したのか、私の背中に隠れるように回り込んだ。
その動きがまた可愛い。
「お願い、ギデオン」
私は最後の手段に出ることにした。
両手を合わせ、少し潤ませた瞳で彼を見上げる。
いわゆる「上目遣い」というやつだ。
「一人ぼっちで寂しいの。この子がいると、夜もよく眠れる気がするの。……ダメ?」
私が小首を傾げると、ギデオンの動きが石化した。
彼の眼鏡の奥の瞳が激しく揺れている。
「っ……!!」
ギデオンは口元を片手で覆い、視線を宙に彷徨わせた。
ロイドが後ろで「あーあ、落ちた」と呟くのが聞こえる。
「……さ、寂しい……だと?」
「うん。ギデオンはずっと一緒にいてくれるわけじゃないし……」
「(くっ……! なんて健気なんだ! 俺の職務怠慢だ、彼女に寂しい思いをさせていたなんて!)」
ギデオンは葛藤した。
嫉妬心と、彼女の願いを叶えてあげたいという溺愛心の間で。
数秒の沈黙の後、彼は深いため息をついた。
「……分かった。許可する」
「本当!?」
「ただし! 条件がある!」
ギデオンは人差し指を立てた。
「一、定期的な洗浄と消毒を欠かさないこと。
二、寝る時はベッドから降ろすこと(俺の選んだ布団が汚れるから)。
三、……俺の前であまりイチャイチャしないこと」
「最後のはよく分からないけど、分かったわ! ありがとうギデオン!」
私は嬉しさのあまり、思わずギデオンの手を取って握りしめた。
ポヨンも嬉しそうに「ぷるるっ」と跳ねて、あろうことかギデオンのブーツの上に着地した。
「うわっ、冷たい!」
「あはは、ポヨンも懐いてるみたいよ!」
こうして、地下牢に新しい住人が増えることになった。
◆
それからの日々、ポヨンは私の良き相棒となった。
夏場の暑い日(地下は涼しいが)にはひんやりクッションになり、暇な時にはキャッチボールのボール代わりになり(頑丈なのだ)、時にはテーブルの汚れを吸着して掃除までしてくれた。
しかし、問題が一つだけあった。
ポヨンは、なぜかギデオンには懐かないのだ。
ある日の午後。
ギデオンが仕事の合間に様子を見に来た時のことだ。
「セラフィナ、差し入れのシュークリームだ」
「わぁ、ありがとう! ポヨン、ギデオンさんが来たわよ」
私が呼ぶと、ポヨンはベッドの下から出てきた。
そして、ギデオンを見るなり、身体を尖らせて威嚇のポーズ(?)をとったのだ。
「……なんだその態度は。家賃も払わず居候している分際で」
「ぷぎゅー!」
ポヨンはギデオンに対してだけ、なぜか敵対心を燃やしている。
そして、ロイドさんが入ってくると、途端にデレデレになって足元に擦り寄っていくのだ。
「あらら、ロイドさんのことは好きなのね」
「なんでだ……俺が飼育許可を出した張本人だぞ……?」
ギデオンは本気で凹んでいた。
ロイドさんはポヨンを撫でながら、苦笑いしている。
「隊長、殺気が漏れてるんですよ。『その場所(セラフィナの膝の上)を代われ』っていう殺気が」
「ば、馬鹿な! 魔物に嫉妬などするわけがないだろう!」
ギデオンは否定するが、その目は明らかにポヨンをライバル視していた。
「ねえギデオン、ポヨンも触ってみる? すっごくモチモチしてて気持ちいいのよ」
私はポヨンを抱き上げ、ギデオンに差し出した。
ポヨンは嫌がって身をよじっているが、ギデオンはおずおずと手を伸ばした。
「……そんなに良い感触なのか?」
「ええ。もう、一度触ったら病みつきよ。ほら」
私がポヨンを押し付けると、ギデオンの手がポヨンの表面に沈み込んだ。
ムニッ。
「……!」
ギデオンの目が丸くなった。
予想以上の弾力と、吸い付くような手触り。
「ど、どう?」
「……悪くない。……悔しいが、確かにこれは……癒されるな」
ギデオンは不本意そうに認めざるを得なかった。
ポヨンも、触られているうちに気持ちよくなったのか、抵抗をやめて「ぷるーん」と脱力した。
「ふふ、仲良くなれたみたいね!」
「……勘違いするな。俺はただ、貴様の安全のために危険がないか確認しているだけだ」
そう言いながらも、ギデオンの手つきは優しく、そして執拗にポヨンを揉み続けていた。
その顔が少し緩んでいるのを、私は見逃さなかった。
(素直じゃないんだから)
私は微笑ましくその光景を眺めていた。
美形の尋問官と、プルプルのスライム。
なんともシュールで、平和な光景だ。
この『第零監獄』は、日に日に賑やかになっていく。
最初は私一人だったのに、今はギデオンがいて、ロイドさんがいて、ポヨンがいる。
まるで、一つの家族みたいだ。
……家族?
ふと浮かんだ言葉に、私は少しだけ胸が温かくなるのを感じた。
捕虜としての生活がこんなに楽しいなんて、私はどうかしているのかもしれない。
でも、もう少しだけ。
この温かい「監獄」に甘えていても、バチは当たらないわよね?
「ぷきゅっ!」
ポヨンが鳴いて、私に飛びついてきた。
ギデオンが「あっ、俺の番だぞ!」と大人げない声を上げる。
「はいはい、喧嘩しないの。シュークリーム半分こしましょうね」
私は幸せな溜息をつきながら、二人の「男の子(?)」たちをあやすのだった。
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一方その頃、ロイドのメモ帳。
『業務日報:
隊長がスライムに対抗して、肌の保湿ケアを始めました。
「モチモチ感なら俺も負けん!」とのことです。
誰かこの人を止めてください』




