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捕虜にされた令嬢と、限界オタクな尋問官の素敵な牢獄生活〜さぁご褒美の時間です〜  作者: 九葉(くずは)


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5/20

第5話 拾ったスライムがモチモチすぎるので、ペットにしました

 

 私の部屋(牢屋)は、先日ギデオンと共に描き上げた壁画のおかげで、常夏のリゾート地のような開放感に包まれていた。

 壁には青い海、天井には輝く太陽。

 これで波の音でも聞こえれば完璧なのだが、あいにく聞こえてくるのは廊下を巡回する兵士の足音だけだ。


「……暇ね」


 私はソファの上で寝転がりながら呟いた。

 人間、衣食住が満たされ、自己実現(DIY)も達成すると、次に求めるのは「癒し」である。

 ふかふかのクッションもいいけれど、もっとこう、温かみのある、命の鼓動を感じる何かが欲しい。


「散歩に行こう」


 私はスリッパを履き、当たり前のように開いている鉄扉を押した。

 廊下に出ると、見張り台にいるロイドさんと目が合う。


「あ、セラフィナさん。今日はどちらへ?」

「ちょっとそこの中庭まで。空気を吸いたくて」

「了解です。夕食までには戻ってくださいね。今日のメインは仔羊の香草焼きだそうですよ」

「わぁ、楽しみ! 遅れないようにするわ」


 完全に近所のコンビニへ行く感覚だ。

 私は兵士たちに「お疲れ様です~」と挨拶をしながら、階段を上がり、裏庭へと続く通用口を抜けた。


 ◆


 ガリア王城の裏庭は、鬱蒼とした森に面しており、湿気が多いせいか苔やキノコがよく生えている。

 私は木漏れ日の中を歩きながら、深呼吸をした。


「やっぱり外の空気は美味しいわね」


 しばらく森の中を散策していると、古びた井戸の近くで、何かが動く気配がした。

 カサッ、カサッ。

 草むらが揺れている。


「ん? 小動物かな?」


 野生のウサギなら捕まえて……いや、今の私は満腹だ。愛でるだけにしよう。

 私はそっと草むらをかき分けた。


「……あら?」


 そこにいたのは、ウサギでもリスでもなかった。

 透き通るような水色をした、半透明のプルプルした塊。

 大きさはバスケットボールくらいだろうか。

 つぶらな瞳(らしき黒い点)が二つ、私を見上げている。


「スライム……?」


 魔物の一種だが、ここのスライムはずいぶんと色が綺麗だ。

 普通のスライムはもっと濁った緑色をしていて、酸を吐きかけてくるのだが、この子は攻撃してくる様子がない。

 むしろ、私のブーツに身体を擦り付けてきている。


「ぷるっ、ぷるるっ」


 可愛い音がした。

 私はしゃがみこみ、恐る恐る指で突いてみた。


 ポヨン。

 驚異的な弾力。そして、ひんやりとした冷たさが心地いい。


「わぁ……何これ、すごい触り心地!」


 低反発枕と水枕を足して二で割ったような、極上の感触。

 私は両手でその塊を持ち上げた。

 ずっしりとした重みがあるが、不快ではない。


「ぷきゅ~」

「可愛い~! あなた、迷子なの?」


 スライムは私の腕の中で、甘えるように形を変えた。

 私の母性本能が、カッ、と音を立てて点火した。


「決めた。あなた、私の部屋に来なさい」


 私はスライムを胸に抱き、急いで地下牢へと戻ることにした。

 ギデオンに見つかったら没収されるかもしれない。

 ここは隠密行動ステルススキルを発動させる時だ。


 ◆


 数分後。

 私は上着の中にスライムを隠し、何食わぬ顔で地下牢に戻ってきた。

 ロイドさんは新聞を読んでいて気づいていない。よし、セーフ。


 部屋に入り、扉を閉める(鍵はかけない)。

 私はベッドの上にスライムを降ろした。


「ここが今日からあなたのお家よ。名前は何がいいかな……触り心地がいいから『ポヨン』にしましょう」

「ぷるっ!」


 ポヨンは気に入ったのか、ベッドの上で跳ね回った。

 最高級羽毛布団の上でスライムが跳ねる光景はシュールだが、可愛いから許す。


「よしよし、いい子ね~」


 私はポヨンを抱きしめ、そのひんやりとした感触を楽しんでいた。

 ああ、癒される。これぞ私が求めていた「命の温もり(冷たいけど)」だ。


 ガチャリ。


 その時、突然扉が開いた。


「セラフィナ、夕食の時間だ。今日は特別に私が運んで……」


 入ってきたのは、満面の笑み(彼基準では口角が1ミリ上がっている状態)のギデオンだった。

 しかし、彼の言葉は途中で途切れた。


 彼の視線の先には、ベッドの上でスライムを抱きしめ、頬擦りをしている私の姿があった。


「……」

「……あ」


 沈黙が流れる。

 ギデオンの眼鏡が、キラリと光った。

 そして、彼の視線が、私の胸元(に抱かれたスライム)に釘付けになった。


「……セラフィナ。その、胸に抱いている……不定形の物体はなんだ」

「えっと……ポヨンです」

「ポヨン?」

「はい。中庭で拾いました。私の新しいルームメイトです」


 私はポヨンを持ち上げて見せた。

 ポヨンは「ぷきゅっ」と鳴いて、プルプルと震えた。


 ギデオンの表情が、見る見るうちに険しくなっていく。

 彼はワゴンをロイドに押し付け、大股で私に近づいてきた。


「魔物だぞ! 危険だ! 今すぐ捨ててこい!」

「えーっ! 嫌よ! この子は無害だもの。見て、こんなに可愛いのに!」

「可愛くなどない! 粘液質の塊ではないか! もし貴様の肌がかぶれたり、服を溶かされたりしたらどうする!」


 ギデオンは必死だった。

 だが、その必死さの理由は、私が思っている「安全面への配慮」とは少し違っていた。


(――な、なんだその物体は!?

 俺のセラフィナの腕の中に!?

 しかも、あろうことか彼女の豊かな胸に、そのプルプルした身体を押し付けているだと!?

 許さん。絶対に許さんぞ。

 俺だってまだ指一本触れていないのに(ハプニング除く)、その得体の知れないゲル状生物が、特等席を陣取っているなんて!)


 ギデオンの内心では、嫉妬の炎が燃え盛っていた。

 相手がスライムだろうと容赦はない。いや、スライムだからこそ、その形状変化による密着度が許せないのだ。


「いいかセラフィナ、ここは監獄だ。ペットの飼育など規則で禁止されている!」

「規則? 今まで散々リフォームさせておいて?」

「うぐっ……! そ、それはそれ、これはこれだ! 衛生上の問題がある!」


 ギデオンは手を伸ばし、ポヨンを取り上げようとした。

 ポヨンは危険を察知したのか、私の背中に隠れるように回り込んだ。

 その動きがまた可愛い。


「お願い、ギデオン」


 私は最後の手段に出ることにした。

 両手を合わせ、少し潤ませた瞳で彼を見上げる。

 いわゆる「上目遣い」というやつだ。


「一人ぼっちで寂しいの。この子がいると、夜もよく眠れる気がするの。……ダメ?」


 私が小首を傾げると、ギデオンの動きが石化した。

 彼の眼鏡の奥の瞳が激しく揺れている。


「っ……!!」


 ギデオンは口元を片手で覆い、視線を宙に彷徨わせた。

 ロイドが後ろで「あーあ、落ちた」と呟くのが聞こえる。


「……さ、寂しい……だと?」

「うん。ギデオンはずっと一緒にいてくれるわけじゃないし……」

「(くっ……! なんて健気なんだ! 俺の職務怠慢だ、彼女に寂しい思いをさせていたなんて!)」


 ギデオンは葛藤した。

 嫉妬心と、彼女の願いを叶えてあげたいという溺愛心の間で。

 数秒の沈黙の後、彼は深いため息をついた。


「……分かった。許可する」

「本当!?」

「ただし! 条件がある!」


 ギデオンは人差し指を立てた。


「一、定期的な洗浄と消毒を欠かさないこと。

 二、寝る時はベッドから降ろすこと(俺の選んだ布団が汚れるから)。

 三、……俺の前であまりイチャイチャしないこと」


「最後のはよく分からないけど、分かったわ! ありがとうギデオン!」


 私は嬉しさのあまり、思わずギデオンの手を取って握りしめた。

 ポヨンも嬉しそうに「ぷるるっ」と跳ねて、あろうことかギデオンのブーツの上に着地した。


「うわっ、冷たい!」

「あはは、ポヨンも懐いてるみたいよ!」


 こうして、地下牢に新しい住人が増えることになった。


 ◆


 それからの日々、ポヨンは私の良き相棒となった。

 夏場の暑い日(地下は涼しいが)にはひんやりクッションになり、暇な時にはキャッチボールのボール代わりになり(頑丈なのだ)、時にはテーブルの汚れを吸着して掃除までしてくれた。


 しかし、問題が一つだけあった。

 ポヨンは、なぜかギデオンには懐かないのだ。


 ある日の午後。

 ギデオンが仕事の合間に様子を見に来た時のことだ。


「セラフィナ、差し入れのシュークリームだ」

「わぁ、ありがとう! ポヨン、ギデオンさんが来たわよ」


 私が呼ぶと、ポヨンはベッドの下から出てきた。

 そして、ギデオンを見るなり、身体を尖らせて威嚇のポーズ(?)をとったのだ。


「……なんだその態度は。家賃も払わず居候している分際で」

「ぷぎゅー!」


 ポヨンはギデオンに対してだけ、なぜか敵対心を燃やしている。

 そして、ロイドさんが入ってくると、途端にデレデレになって足元に擦り寄っていくのだ。


「あらら、ロイドさんのことは好きなのね」

「なんでだ……俺が飼育許可を出した張本人だぞ……?」


 ギデオンは本気で凹んでいた。

 ロイドさんはポヨンを撫でながら、苦笑いしている。


「隊長、殺気が漏れてるんですよ。『その場所(セラフィナの膝の上)を代われ』っていう殺気が」

「ば、馬鹿な! 魔物に嫉妬などするわけがないだろう!」


 ギデオンは否定するが、その目は明らかにポヨンをライバル視していた。


「ねえギデオン、ポヨンも触ってみる? すっごくモチモチしてて気持ちいいのよ」


 私はポヨンを抱き上げ、ギデオンに差し出した。

 ポヨンは嫌がって身をよじっているが、ギデオンはおずおずと手を伸ばした。


「……そんなに良い感触なのか?」

「ええ。もう、一度触ったら病みつきよ。ほら」


 私がポヨンを押し付けると、ギデオンの手がポヨンの表面に沈み込んだ。


 ムニッ。


「……!」


 ギデオンの目が丸くなった。

 予想以上の弾力と、吸い付くような手触り。


「ど、どう?」

「……悪くない。……悔しいが、確かにこれは……癒されるな」


 ギデオンは不本意そうに認めざるを得なかった。

 ポヨンも、触られているうちに気持ちよくなったのか、抵抗をやめて「ぷるーん」と脱力した。


「ふふ、仲良くなれたみたいね!」

「……勘違いするな。俺はただ、貴様の安全のために危険がないか確認しているだけだ」


 そう言いながらも、ギデオンの手つきは優しく、そして執拗にポヨンを揉み続けていた。

 その顔が少し緩んでいるのを、私は見逃さなかった。


(素直じゃないんだから)


 私は微笑ましくその光景を眺めていた。

 美形の尋問官と、プルプルのスライム。

 なんともシュールで、平和な光景だ。


 この『第零監獄』は、日に日に賑やかになっていく。

 最初は私一人だったのに、今はギデオンがいて、ロイドさんがいて、ポヨンがいる。

 まるで、一つの家族みたいだ。


 ……家族?

 ふと浮かんだ言葉に、私は少しだけ胸が温かくなるのを感じた。

 捕虜としての生活がこんなに楽しいなんて、私はどうかしているのかもしれない。

 でも、もう少しだけ。

 この温かい「監獄」に甘えていても、バチは当たらないわよね?


「ぷきゅっ!」


 ポヨンが鳴いて、私に飛びついてきた。

 ギデオンが「あっ、俺の番だぞ!」と大人げない声を上げる。


「はいはい、喧嘩しないの。シュークリーム半分こしましょうね」


 私は幸せな溜息をつきながら、二人の「男の子(?)」たちをあやすのだった。


---


 一方その頃、ロイドのメモ帳。

『業務日報:

 隊長がスライムに対抗して、肌の保湿ケアを始めました。

 「モチモチ感なら俺も負けん!」とのことです。

 誰かこの人を止めてください』

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