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捕虜にされた令嬢と、限界オタクな尋問官の素敵な牢獄生活〜さぁご褒美の時間です〜  作者: 九葉(くずは)


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第4話 牢屋をリゾート地に改装します

 

 私は、ふかふかのムートンラグの上で大の字になり、天井を見上げていた。


「……飽きた」


 ぽつりと呟いた言葉が、広い部屋(牢屋)に吸い込まれていく。

 誤解しないでほしい。ここでの生活は快適だ。

 朝は焼きたてのパン、昼は専属シェフのフルコース、夜はデザート付き。お風呂は猫足バスタブでアロマの香り。

 ベッドは雲のように柔らかく、看守長ギデオンは私のワガママを何でも聞いてくれる。


 しかし。

 人間というのは贅沢な生き物で、衣食住が満たされると、次に「自己実現」を求めたくなるものなのだ。


「この壁紙、最初は可愛いと思ったけど、ちょっと子供っぽいのよね」


 私はピンク色の花柄の壁紙を指でなぞった。

 初日にギデオンが急いで貼らせたものだ。悪くはないが、二十歳のレディ(騎士だけど)の部屋としては、少々甘すぎる。

 それに、ここは地下だ。窓がない。

 魔法で描かれた偽物の窓はあるけれど、やっぱり開放感が足りない。


「よし、決めた」


 私はガバッと起き上がった。

 不満があるなら、自分で変えればいい。

 私はDIY(Do It Yourself)精神に溢れる帝国の騎士なのだから!


 ガチャリ。

 タイミング良く、鉄扉が開いた。


「おはよう、セラフィナ。今日の調子は……」


 入ってきたのは、いつものように黒い軍服を隙なく着こなしたギデオンだ。

 手には朝食のトレイを持っている。今日のメニューはエッグベネディクトらしい。素晴らしい。


 私は彼が言葉を言い終わる前に、ビシッと指を突きつけた。


「ギデオン! 相談があるの!」

「ッ……!?(朝一番の名前呼び……だと……?)」


 ギデオンは一瞬ビクリと震え、トレイ上のオレンジジュースをこぼしそうになった。

 彼はコホンと咳払いをし、努めて冷徹な表情を作った。


「……なんだ、藪から棒に。不満があるなら言ってみろ。食事が口に合わないか? それとも枕の高さが1ミリずれているか?」

「ううん、食事も枕も最高よ。不満なのは――この部屋の『センス』よ」


 私は部屋をぐるりと指差した。


「殺風景とは言わないけど、個性が足りないわ。もっとこう、リゾート感というか、開放感が欲しいの。私好みに改装リフォームしたいんだけど、いいかしら?」


 私の提案に、ギデオンは目を見開いた。

 そして、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。


(改装……? 彼女が、自分からこの部屋に手を加えたいと言っているのか?

 それはつまり、ここを『自分の居場所』として認識し始めている証拠!

 長期滞在の意思表示!

 あるいは、新婚生活に向けた巣作り本能の目覚めか!?)


 ギデオンの脳内で、訳のわからない論理が展開されているとは知らず、私は彼を見つめた。


「ダメ……かな? 囚人が勝手に部屋をいじるなんて」

「……許可する」


 ギデオンは重々しく頷いた。

 その声は、なぜか少し震えていた。


「貴様の精神状態を良好に保つのも、尋問官の務めだ。必要なものがあれば言え。王城の資材庫を開放しよう」

「やった! 話が早くて助かるわ!」


 私は満面の笑みでガッツポーズをした。

 本当に、敵国とは思えないほどの福利厚生だ。


 ◆


 一時間後。

 私の目の前には、分厚いカタログと、大量のペンキ缶、そして職人が使うような本格的な工具セットが並べられていた。


「これらは、王室御用達のインテリア商会から取り寄せた最新カタログだ。家具、カーテン、照明、何でも選べ」


 ギデオンは私の隣に座り、まるで商談のようにカタログを広げた。

 その距離が、心なしかいつもより近い気がする。


「すごい! このソファ、座り心地良さそう」

「注文しよう」

「あ、このラグも素敵! 色使いがシックで」

「買おう」

「待って、まだ値段も見てないのに!?」


 私が指差すもの全てを即決で購入しようとする彼を、慌てて止める。

 彼は不思議そうに首を傾げた。


「予算など気にするな。貴様のためなら、城のシャンデリアを売り払ってでも捻出する」

「いや、そこまでされると逆に寝覚めが悪いから! 適度にお願い!」


 金銭感覚がバグっている看守長に呆れつつ、私はページをめくった。

 そして、あるページで手が止まる。


「……これだわ」


 それは、壁画用の特殊塗料のページだった。

 魔力を混ぜることで、描いた絵が微かに動いたり、発光したりするという高級画材だ。


「私、壁に絵を描きたいの。この狭い地下牢を、南国のビーチに変えてみせるわ!」

「壁画か。……悪くない」


 ギデオンは腕を組み、真剣な眼差しで私を見た。


「だが、一人でやるつもりか? 天井付近の作業は危険だ。脚立から落ちて、その美しい顔に傷がついたら、俺が国を焼き払わねばならなくなる」

「物騒ね!? 大丈夫よ、私これでも運動神経には自信が……」

「ダメだ。許可できん」


 ギデオンは頑として首を横に振った。

 そして、眼鏡をクイッと押し上げ、意を決したように言った。


「……俺も手伝う」

「えっ?」

「監視だ。貴様が変な絵を描いて、精神撹乱の魔術を仕込まないように見張る必要がある」

「失礼ね! 私の絵心は帝国でも評判だったんだから!(幼稚園の頃の話だけど)」


 こうして、最強の女騎士と冷徹な尋問官による、初めての共同作業が始まった。


 ◆


 作業開始から数時間。

 第零監獄は、アトリエと化していた。


 私たちは軍服と騎士服の上から、汚れてもいいように作業用のつなぎ(ギデオンが用意したお揃いのもの)を着込み、刷毛を振るっていた。


「そこ、色が薄いわよギデオン。もっと大胆に青を乗せて!」

「注文が多いな……。こうか?」

「そうそう! 上手じゃない!」


 私が褒めると、ギデオンの背中がピクリと跳ねた。

 彼は脚立の上で黙々と空を描いているが、その耳は真っ赤だ。


(くっ……褒められた。セラフィナに褒められた。

 しかも『上手じゃない!』という、この距離感の近い称賛。

 俺は今、彼女と同じキャンバスに向かい、一つの作品を作り上げている。

 これはもう、共同親権を持つのと同じくらい尊いことではないか?)


 ギデオンは内心の興奮を筆先に込め、異常なほどの集中力で雲を描き込んでいた。

 その雲の描写がリアルすぎて、もはや写真レベルである。


「すごい……ギデオンって、意外と器用なのね」

「たしなみ程度だ(貴様を描くためにデッサンを極めたとは言えない)」


 私たちは夢中で筆を走らせた。

 壁一面が、徐々に鮮やかな青空とエメラルドグリーンの海へと変わっていく。

 地下の湿っぽい空気が、視覚効果で爽やかに感じられるほどだ。


「よし、次はあの高いところね」


 私は脚立に登り、天井近くの壁に太陽を描こうと背伸びをした。

 だが、あと数センチ届かない。


「んっ……と、届かない……」


 無理に体勢を崩した、その時だった。

 グラリと脚立が揺れた。


「きゃっ!?」

「危ない!!」


 落下する感覚。

 しかし、硬い床に叩きつけられる痛みは来なかった。

 代わりに、暖かく力強い腕が、私を受け止めていた。


「……ッ、無事か!?」


 目を開けると、すぐ目の前にギデオンの顔があった。

 眼鏡が少しずれ、焦燥に満ちた瞳が私を覗き込んでいる。

 彼は私をお姫様抱っこする形で、しっかりと支えてくれていたのだ。


「あ……ご、ごめんなさい。助かったわ」


 至近距離。

 彼の整った顔立ちと、ふわりと香るシトラス系の香水(とペンキの匂い)に、私は思わずドキッとした。

 普段は冷たい彼が、こんなに必死な顔をするなんて。


「怪我はないか? どこか痛むところは?」

「だ、大丈夫。ギデオンのおかげよ」

「そうか……よかった……」


 ギデオンは深く安堵の息を吐き、しかし私を降ろそうとはしなかった。

 むしろ、抱きしめる腕に少し力がこもる。


(……やばい。離したくない。

 柔らかい。軽い。いい匂いがする。

 このまま時が止まればいい。

 いっそ、このまま部屋を出て教会へ直行してしまいたい)


 ギデオンの理性が崩壊寸前で綱渡りをしている時、私はふと彼の顔を見て笑ってしまった。


「ふふっ」

「な、なんだ?」

「顔、ペンキが付いてるわよ」


 彼の頬に、私がさっき跳ねさせてしまった青いペンキが一筋付いていたのだ。

 私は自然な動作で手を伸ばし、親指でその汚れを拭った。


「はい、取れた」

「――――ッ!!!」


 ギデオンが彫像のように固まった。

 彼の顔が一瞬にして沸騰し、湯気が出そうなほど赤くなる。


「え、どうしたの? まだ付いてる?」

「ち、ちが……っ、き、貴様……!」


 彼は私をそっと(それはもう壊れ物を扱うように丁寧に)下ろすと、後ずさりをして壁に背中を打ち付けた。

 そして片手で顔を覆い、荒い息を吐いた。


「(触れた……俺の頬に……彼女の指が……直接……!

 この顔はもう洗えない。いや洗うが、この感覚は魂に刻み込んだ!

 神よ、感謝します。俺を尋問官という職に就かせてくれてありがとう!!)」


「ギデオン? 大丈夫? やっぱりペンキの毒性が……?」

「も、問題ない! ただの……動悸だ!」

「それ病気じゃない?」


 私が心配して近づこうとすると、ガチャリと扉が開いた。

 副官のロイドが入ってくる。


「隊長ー、執務室に戻ってください。決済書類が山積みに……うわっ」


 ロイドは部屋の惨状(芸術的完成度)を見て、足を止めた。

 壁一面に描かれたリアルすぎるビーチ。

 ペンキまみれのつなぎを着た、顔を赤くして悶える上司と、キョトンとする囚人。


「……何やってるんですか、あなた達」

「あ、ロイドさん! 見て、リフォーム完了よ!」


 私は誇らしげに壁画を指差した。


「ここが私の新しいお部屋、『リゾート・ヴァルハラ』よ!」

「ネーミングセンスはともかく、クオリティが無駄に高いですね……。隊長の本気が見えます」


 ロイドは呆れ顔で、壁にへばりついているギデオンに声をかけた。


「隊長、遊びは終わりです。戻りますよ」

「ロイド……俺は今日、伝説になった……」

「はいはい、顔洗って出直してください」


 ロイドに引きずられるようにして、ギデオンは部屋を出て行った。

 去り際、彼は何度も振り返り、熱っぽい視線を私(と壁画)に向けていた。


「また明日な、セラフィナ! 何か足りないものがあればすぐに言え! 星でも月でも買ってやる!」

「ありがとう! じゃあ次は冷蔵庫が欲しいな!」


 バタン、と扉が閉まる。

 部屋には、南国の海風を感じさせる壁画と、私一人が残された。


 私は新しく搬入されたソファに身を沈め、満足げに周囲を見渡した。


「うん、いい感じ」


 殺風景だった地下牢は、今や高級リゾートホテルのような雰囲気を醸し出している。

 壁の絵を見ていると、本当に外にいるような気分になれる。


「ギデオンったら、あんなに必死に手伝ってくれて……。本当に面倒見がいいわね」


 私は自分の指先を見つめた。

 彼の頬についたペンキを拭った時の、少し熱を持った肌の感触が残っている。


「……意外と、肌綺麗だったな」


 胸の奥が少しだけトクンと鳴った気がしたけれど、私はそれを空腹の合図だと解釈することにした。

 だって、あれだけ働いたんだもの。

 今日の夕食は何かしら。

 冷蔵庫が来たら、プリンを冷やしておけるわね。


 私の地下牢ライフは、ますます快適に、そして賑やかになっていく。

 帰国? 脱走?

 今のところ、その予定はカタログの最終ページより後ろに追いやられていた。


---


 一方その頃、執務室に戻ったギデオン。

「ロイド、鏡を持ってこい。この頬のペンキ跡を永久保存する方法を考える」

「拭いてください。会議に出られません」

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