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捕虜にされた令嬢と、限界オタクな尋問官の素敵な牢獄生活〜さぁご褒美の時間です〜  作者: 九葉(くずは)


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18/20

第18話 お義父さんが邪魔なので、隣の牢屋の壁をぶち抜いて2LDKに増築しました

 ズゴーッ……ガゴォォォ……。


 地響きのような轟音が、地下牢に反響している。

 魔物の咆哮ではない。

 私の父、ゼノ・フォン・ヴァルハラ将軍のいびきである。


 第零監獄に朝が来た。

 しかし、今日の朝はいつもと違って、酸素が薄い気がする。


「……狭い」


 私は、石の床に敷いたマットレスの上で目を覚ました。

 隣を見ると、ギデオンが死んだ魚のような目で天井を見つめている。

 目の下には立派なクマ。どうやら一睡もできなかったらしい。


 そして、その足元付近。

 本来ならスライムのポヨンが寝ている場所に、巨大な肉の塊――もとい、父上が大の字になって寝ていた。

 父上の巨体は、狭い牢屋の床面積の半分を占有し、さらに寝返りを打つたびにギデオンの足を圧迫していた。


「……おはよう、ギデオン」

「おはよう、セラフィナ。……腰が砕けそうだ」


 ギデオンは掠れた声で返事をした。

 無理もない。彼は昨夜、父上のいびき攻撃と、寝返りによる物理攻撃(蹴り)を一晩中受け続けていたのだから。

 しかも、父上はポヨンを抱き枕にして寝ているため、ポヨンも助けを求めるように私を見つめている。


「これは……限界ね」


 私は身を起こし、部屋を見渡した。

 元々、この部屋は独房だ。

 そこに私とギデオン、さらに巨漢の将軍とスライムが一匹。

 人口密度が限界を超えている。これでは甘い新婚生活どころか、ただの難民キャンプだ。


「んごっ……むにゃ。……おかわりだ、パンケーキをもう一枚……」


 父上が幸せそうな寝言を漏らす。

 起きる気配はない。むしろ、ここに根を下ろす気満々だ。


 ギデオンがふらりと立ち上がり、眼鏡の位置を直した。

 その瞳に、決死の光が宿る。


「セラフィナ。……決断の時だ」

「決断?」

「ああ。このままでは、俺たちの愛の巣が、義父上の老人ホームになってしまう」


 ギデオンは壁の一点を指差した。

 それは、隣の牢屋(現在は空室)との境界にある、厚さ五十センチの石壁だ。


拡張リノベーションするぞ」


 ◆


 一時間後。

 呼び出された副官のロイドさんが、眠そうな目を擦りながら図面を広げていた。


「……つまり、隣の『第一監獄』と、その隣の『第二監獄』の壁をぶち抜いて、三つの部屋を繋げるんですか?」

「そうだ。間取りは2LDK(二つの牢屋+リビング・ダイニング・キッチン)だ」


 ギデオンは鼻息荒く説明した。


「現在の部屋をリビングにする。隣の部屋を寝室、その奥をキッチン兼倉庫にする。

 そうすれば、義父上に個室を与えつつ、俺たちのプライバシーも確保できる!」


「プライバシーって……ここ、監獄ですよ?」

「うるさい! 予算なら俺が出す! 工期は今日中だ!」


 ロイドさんは深い溜息をついた。


「今日中って……壁を壊すだけでも大工事ですよ? 業者は捕まりませんよ」

「業者などいらん。俺たちがやる」


 ギデオンは軍服を脱ぎ捨て、シャツの袖をまくり上げた。

 やる気だ。この男、愛のためなら土木工事すら厭わない覚悟だ。


「私も手伝うわ!」


 私も立ち上がった。

 父上のいびきから解放されるためなら、壁の一枚や二枚、喜んで破壊しよう。


「よし。ロイド、お前は家具の手配だ。

 今度こそ、最高級のダブルベッドと、義父上用の頑丈なベッドを確保してこい」

「はいはい……。もう経理になんて説明すればいいのやら」


 ロイドさんが去った後、私たちは壁の前に立った。

 数百年の歴史を持つ、堅牢な石造りの壁。

 普通なら、ハンマーで叩いても傷一つつかない代物だ。


「まずは俺が、土魔法で石の結合を弱める。その後、物理的に衝撃を与えて崩す」


 ギデオンが杖を取り出し、詠唱を始めた。

 空間がビリビリと震える。

 さすが特務部隊長、魔法の腕も一流だ。


「……よし、脆くなったはずだ。セラフィナ、何かハンマーのようなものは……」


「いらないわ」


 私はニッと笑い、右足に力を込めた。

 体内の魔力を循環させ、身体能力を強化する。

 私の得意技は、繊細な剣術よりも、こういう力技なのだ。


「どきなさい、ギデオン! 危ないわよ!」


 私は大きく振りかぶり、回し蹴りを放った。


 ドゴォォォォンッ!!


 爆音と共に、壁の中央が粉砕された。

 土煙が舞い上がり、パラパラと石礫が落ちる。

 煙が晴れると、そこには綺麗な風穴が開いていた。


「……」


 ギデオンが口をあんぐりと開けて固まっている。


「ど、どう? 綺麗に開いたでしょ?」

「……ああ。すごいな(魔法で弱める前だったら、俺ごと粉砕されていたかもしれん)」


 ギデオンは顔を引きつらせながらも、拍手をしてくれた。


「な、何事だぁっ!?」


 その時、騒ぎを聞きつけた父上が飛び起きた。

 寝癖だらけの髪で、ポヨンを抱えたまま呆然としている。


「敵襲か!? 砲撃か!?」

「いいえ、父上。リフォームです」


 私は瓦礫を払いながら爽やかに答えた。


「今日からここは、広々としたスイートルームになりますからね!」


 ◆


 それからは、まさに戦場のような忙しさだった。


 ギデオンが魔法で瓦礫を片付け、私が残りの壁を微調整(拳で削る)し、父上が「ワシも手伝うぞ!」と言って余計な場所を壊そうとするのを止める。


 昼過ぎには、三つの独房が繋がり、広大な一つの空間が誕生した。

 換気のための魔導ファンが設置され、空気も循環している。

 ロイドさんが手配してくれた家具も、続々と搬入された。


「すごい……! 本当に家みたいになったわ!」


 私は完成した部屋を見渡して感嘆した。


 中央の部屋はリビング。

 以前のようなソファセットと、父上が座れる大きな木製の椅子が置かれている。

 壁画も描き足して、ビーチが拡張された。


 右の部屋は寝室。

 ここには天蓋付きのダブルベッド(私とギデオン用)と、少し離れた場所にパーテーションで区切られた父上用のベッドスペースがある。

 ……完全な個室ではないけれど、まあ、これくらいなら許容範囲だろう。


 そして、左の部屋。

 ここが今回の目玉だ。


「キッチン……!」


 私は目を輝かせた。

 最新式の魔導コンロに、大型の保冷庫(冷蔵庫)、広々としたシンク。

 調理器具も一通り揃っている。

 これなら、本格的な料理ができる。


「どうだ、セラフィナ。これなら不自由はしないだろう」


 ギデオンが埃まみれの顔を拭いながら、得意げに言った。

 私は嬉しさのあまり、彼に抱きついた。


「ありがとうギデオン! 最高よ!」

「ぐふっ……(あ、当たってる……柔らかい……幸せだ……)」


 ギデオンが昇天しかけていると、背後から咳払いが聞こえた。


「ゴホン! ……まあ、悪くないな」


 父上が腕組みをして立っていた。

 その目は、キッチンにある保冷庫に釘付けだ。


「その箱……冷たいのか?」

「はい。中にはプリンとビールが入っていますよ」

「でかした!」


 父上は早速ビールを取り出し、上機嫌でソファに座り込んだ。

 どうやら、この「監獄」を別荘として認定したようだ。


「よし、今日のお夕飯は私が作るわ!」


 私はエプロンをつけた。

 今まではギデオンが運んでくる食事ばかりだったけれど、これからは私も「生活」に参加できる。

 それが何より嬉しかった。


 ◆


 夜。

 拡張された「第零監獄」には、温かな湯気と美味しそうな香りが充満していた。


「できたわよー! 今夜は『特製ビーフシチュー』と『山盛りサラダ』!」


 私が大鍋をテーブルに運ぶと、男二人の歓声が上がった。


「おお……! 肉がゴロゴロ入っておる!」

「素晴らしい香りだ……。これが、セラフィナの手料理……(尊い)」


 父上とギデオンが、子供のように目を輝かせている。

 ポヨンもテーブルの端で、自分用のお皿(スライム用ゼリー)を待ってプルプルしている。


「さあ、冷めないうちに召し上がれ」

「いただく!」


 父上は豪快に、ギデオンは上品に、シチューを口に運んだ。


「!!」

「……ッ!」


 二人の動きが止まる。


「う、美味い!!」

「なんというコクだ……! 赤ワインの風味が効いている……!」


 父上はパンをシチューに浸して貪り食い、ギデオンは一口ごとに噛み締めるように味わっている。


「帝国では、野営の飯といえば塩辛いスープと相場が決まっておったが……。

 娘よ、いつの間にこんな料理を覚えたのだ?」

「ここに来てからよ。ギデオンが美味しいものをたくさん食べさせてくれたから、舌が肥えちゃったの」


 私が笑うと、ギデオンは顔を赤くしてスプーンを止めた。


「……俺は、ただ……貴様に喜んでほしかっただけで……」

「結果として、私の花嫁修業になったわね」

「は、花嫁……ッ!?」


 ギデオンがむせ返る。

 父上はその様子を見て、ニヤリと笑った。


「ふん。まあ、胃袋を掴むというのは重要な戦術だ。

 若造、感謝して食えよ。ワシの娘の手料理は、国宝級の価値があるのだからな」

「はいっ! 心して味わいます! 皿まで舐めます!」


 ギデオンは姿勢を正し、敬礼せんばかりの勢いでシチューをかき込んだ。


 賑やかな食卓。

 美味しい料理。

 そして、大切な人たちの笑顔。


 ここは地下の底、日の当たらない監獄だ。

 けれど、今の私にとっては、地上のどんな王宮よりも温かくて、輝いている場所に思えた。


 食後。

 父上はビールの酔いも回って、早々にいびきをかき始めた。

 私とギデオンは、キッチンの片付けをしていた。


 二人並んで皿を洗う。

 水音が心地よいリズムを刻む。


「……騒がしい一日だったな」


 ギデオンが、泡だらけの手で皿を渡しながら言った。


「ええ。でも、楽しかったわ」

「そうか」


 彼は少し躊躇ってから、小声で続けた。


「……本当は、二人きりで新婚生活を始めたかったのだがな」

「ふふ、そうね」


 私は濡れた手を拭き、彼の袖を少し引っ張った。

 彼がこちらを向く。


「でも、焦らなくていいじゃない。

 私たちは『無期懲役』なんだもの。時間はたっぷりあるわ」


 私が背伸びをして、彼の頬にキスをすると、ギデオンは泡のついた皿を取り落としそうになった。


「ッ……!!」


 顔が沸騰している。

 ああ、本当にこの人は可愛い。


「さ、早く片付けて寝ましょう。

 明日はもっと、部屋を可愛く飾り付けなきゃ」


---


 一方その頃、地上の王城にて。

 国王が報告書を読んで首を傾げていた。


「……第零監獄から、『キッチン増設工事』と『高級食材搬入』の申請が来ているのだが」

「はい。特務部隊長曰く、『囚人の更生プログラムの一環』だそうです」

「そうか……。まあ、ギデオンが言うなら間違いないだろう」


 国のトップ公認(誤解)で、地下牢はますます無法地帯と化していくのだった。

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