表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捕虜にされた令嬢と、限界オタクな尋問官の素敵な牢獄生活〜さぁご褒美の時間です〜  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/20

第17話 激怒した父が乗り込んできた!?

 その日の第零監獄は、開闢以来の危機に直面していた。


 ズズズズズ……。

 地響きのような音が近づいてくる。

 それは多数の軍靴の音であり、同時に、一人の男が放つ圧倒的な覇気の音でもあった。


 私は、何もない石造りの牢屋の中で、ギデオンと共に直立不動の姿勢をとっていた。


「……来るぞ、セラフィナ」

「ええ。気配だけで胃が痛くなるわ」


 ギデオンはいつになく緊張していた。

 軍服の襟を何度も正し、眼鏡の曇りを気にし、髪型をチェックしている。

 まるで、初めて彼女の実家に挨拶に行く青年のようだ。

 まあ、状況としては当たらずとも遠からずなのだが、相手が悪すぎる。


「いいか、俺は決して退かない。

 たとえ相手が『大陸の鬼神』と呼ばれるゼノ将軍であろうと、貴様を渡すわけにはいかん」

「頼もしいけど、無理はしないでね。父上、素手でワイバーンを絞め殺したことがあるから」

「……情報の訂正を感謝する。遺書を書いておけばよかった」


 ギデオンの顔色が青ざめるのと同時だった。


 ドォォォォン!!


 鉄扉が、爆発したかのような音を立てて蹴破られた。

 蝶番が悲鳴を上げ、ひしゃげた鉄の塊となって床に転がる。


「――おるかぁぁぁ!!」


 雷鳴の如き怒号。

 濛々と立ち込める土煙の中から現れたのは、身の丈2メートルはあろうかという巨漢――私の父、ゼノ・フォン・ヴァルハラ将軍だった。

 その全身から噴き出すオーラは赤く燃え上がり、背後の部下たちが怯えて縮こまっているのが見える。


「ち、父上……」

「セラフィナ!!」


 父上は私を見つけると、ツカツカと大股で歩み寄ってきた。

 そして、私の両肩をガシリと掴む。


「無事か! 怪我はないか!

 洗脳魔法をかけられてはおらんか!?

 『あ~れ~』と叫びながら回転させられたりしておらんか!?」


「してません。回転って何ですか」


 父上は私の無事を確認すると、ホッと息を吐いたが、すぐに鬼の形相に戻った。

 そして、私の隣に立つギデオンへと視線を移した。


「……貴様か」


 気温が氷点下まで下がった気がした。

 父上の目が、ギデオンを物理的に押し潰そうとしている。


「貴様だな。我が娘をたぶらかし、あろうことか敵地へ舞い戻らせた、卑劣な拷問官というのは!」

「……お初にお目にかかります、閣下」


 ギデオンは一歩も引かなかった。

 蒼白な顔色のまま、しかし背筋を伸ばし、完璧な敬礼をした。


「ガリア王国特務部隊長、ギデオン・アークライトと申します。

 お嬢様とは、その……公私共にお付き合い(監禁)させていただいております」


「公私共にだとぉ!?」


 父上のこめかみに青筋が浮いた。


「ふざけるな! ワシは騙されんぞ!

 馬車に積まれていた大量の貢ぎ物……あれで娘を懐柔したつもりか!

 だがな、物は所詮物だ!

 娘の心までは買えんのだ!」


 父上は周囲を見渡した。

 そこにあるのは、がらんどうの石部屋だ。

 昨夜、家具を全て父上に送りつけてしまったせいで、ここには冷たい石床と、昨日私たちが寝た薄いマットレスと毛布が一枚あるだけだ。


「見ろ! この惨状を!」


 父上は床を指差して叫んだ。


「娘を連れ戻しておきながら、こんな吹きっさらしの石部屋に押し込めているのか!

 家具の一つもない! ベッドすらない!

 昨夜はこんな硬い床で寝かせたのか!?

 これが貴様の言う『愛』か!?」


 ギデオンが「うぐっ」と言葉に詰まる。

 痛いところを突かれた。

 確かに、今のこの部屋の環境は、客観的に見れば「虐待」レベルに見えなくもない。


「ち、違います父上! 家具がないのは、私が全部持って帰っちゃったからで……」

「庇うなセラフィナ!

 この男は、口先だけで貴様を騙しているのだ!

 『大切にする』などと言いながら、実際にはこのような劣悪な環境に放置する……それが敵国のやり方か!」


 父上はギデオンの胸倉を掴み上げた。

 ギデオンの足が宙に浮く。


「答えろ若造!

 貴様に、ワシの娘を幸せにする覚悟があるのか!

 口先だけでなく、行動で示したことがあるのか!?」


 ギデオンは苦しげに顔を歪めたが、その目は死んでいなかった。

 彼は宙ぶらりんのまま、父上の目を真っ直ぐに見返した。


「……あります」

「ほう?」

「私は……不器用な男です。

 急な帰還に対応できず、彼女に不自由な思いをさせたことは認めます。

 ですが……彼女の命と健康を守ることにかけては、誰にも負けないつもりです」


 ギデオンは懐に手を入れようとした。

 父上の護衛たちが「武器か!?」と色めき立つ。

 だが、彼が取り出したのは、一冊の分厚い革表紙のノートだった。


「これは……?」

「『セラフィナ観察……いえ、看護日誌』です」


 ギデオンはそのノートを父上に差し出した。


「先日、彼女が原因不明の高熱(ただの風邪)を出した際の記録です。

 読んでいただければ、私の覚悟の一端は伝わるかと」


 父上は訝しげに私を離し、ノートを受け取った。

 パラリ、とページをめくる。


 一瞬の静寂。

 父上の目が、ノートの上を滑っていく。


 『○月×日 23:00

 体温38.5度。呼吸が浅い。

 氷嚢を交換。彼女が「寒い」と呟いたため、室温を0.5度上げる』


 『23:15

 汗をかいている。冷えないように、温かいタオルで首筋を拭く。

 彼女の髪が頬に張り付いているのが不快そうだったので、そっと耳にかける。

 ……可愛い。天使のようだ。いや、今は不謹慎だ』


 『23:30

 うわ言で「行かないで」と言われる。

 心臓が止まるかと思った。

 彼女の手を握る。小さくて、熱い手だ。

 俺はこの手を一生離さないと誓う。神に誓う。いや、彼女に誓う』


 『02:45

 水分補給のため、白湯をスプーンで飲ませる。

 一滴もこぼさないように慎重に。

 彼女が「美味しい」と笑った。

 俺の寿命が5年延びた気がする』


 ページをめくる手が止まらない。

 そこには、一晩中、10分刻みで私の容態と、彼自身の心の叫び(ポエム)がびっしりと書き込まれていた。

 狂気すら感じるほどの、緻密で重たい記録。


「……なんだこれは」


 父上の手が震えていた。


「ここまで……ここまで詳細に……?

 一睡もせず、娘の手を握り続けていたというのか……?」


「はい。彼女が目覚めるまで、片時も離れませんでした」


 ギデオンは静かに言った。


「彼女は、帝国の英雄です。強い女性です。

 ですが、弱い部分もある。寂しがり屋で、甘えたがりな一面もある。

 私は……その全てを守りたいのです」


 父上はノートを閉じた。

 その表情から、怒りの色が少しだけ引いていた。

 代わりに、困惑と、ほんの少しの呆れが見える。


「……気持ち悪いほど重いが、嘘ではないようだな」

「最高の褒め言葉です」

「だが!」


 父上は再び声を荒げた。


「愛があるのは分かった! だが、生活はどうする!

 愛だけでは飯は食えん!

 こんな石の床で、娘にひもじい思いをさせる男に、娘はやれん!」


 その時だった。

 副官のロイドさんが、ワゴンのようなものを押して入ってきた。

 タイミングを見計らっていたのだろう。


「お取り込み中失礼します。

 閣下、長旅でお疲れでしょう。粗茶ですが、どうぞ」


 ロイドさんが差し出したのは、湯気の立つティーカップと、お皿に乗った焼きたてのパンケーキだった。

 先ほど私が食べていたものと同じ、メイプルシロップたっぷりのやつだ。


「……ふん、毒見もしておらんものを」


 父上は警戒したが、漂ってくる甘い香りに鼻をピクつかせた。

 帝国の将軍とはいえ、彼は老人だ。夜通し馬を飛ばして腰も痛いし、お腹も空いているはずだ。


「毒など入っておりません。さあ、どうぞ」


 私が勧めると、父上は渋々カップを手に取った。

 一口すする。


「……む」


 父上の眉が動いた。

 それは、ギデオンが最高級の茶葉で、絶妙な温度管理のもと淹れた紅茶だ。

 帝国の泥水のような配給茶とは次元が違う。


 次に、パンケーキを口に運ぶ。

 フワッ、トロッ。


「…………」


 父上が黙り込んだ。

 咀嚼する速度がゆっくりになる。

 そして、ふぅ、と深いため息をついた。


「……柔らかい」


 ぽつりと漏れた感想。


「帝国の黒パンは……石のように硬い。

 歯が欠けるほど硬い。

 だが、これは……雲を食べているようだ……」


 父上の目尻が下がった。

 鬼将軍の仮面が剥がれ、ただの疲れたおじいちゃんの顔になっている。


「美味しいでしょう、父上?」

「う、うむ……。悔しいが、美味い」


 父上はパンケーキをあっという間に平らげた。

 そして、少し落ち着いた様子で周囲を見渡した。


「だが、やはり家具がないのはいかんな。

 ワシの娘が、地べたに座って食事など……」


「ぷきゅー!」


 その時。

 部屋の隅から、青い影が飛び出してきた。

 ポヨンだ。

 空気の読めるスライムは、今こそ自分の出番だと察知したらしい。


 ポヨンはプルプルと震えながら、父上の足元に擦り寄った。

 そして、父上が座ろうとしている場所に先回りし、平べったく変形した。

 まるで「座布団」のように。


「ん? なんだこの魔物は。踏み潰していいのか?」

「ダメです! 座ってください! クッション代わりになりますから!」


 私が止めるのも聞かず、父上はポヨンの上にどっかりと腰を下ろした。

 普通のスライムなら圧死するところだが、ポヨンは高反発素材並みの弾力で父上の巨体を受け止めた。


 ムニィィン……。


「……ッ!?」


 父上の体が跳ねた。


「な、なんだこの感触は……!

 硬すぎず、柔らかすぎず……。

 長時間の乗馬で痛めた腰に、優しくフィットする……!」


 ポヨンはさらに、微細振動(マッサージ機能)を開始した。

 ブブブブブ……。


「ほぅ……。ほぅぅ……」


 父上の口から、情けない声が漏れた。

 鬼の形相は完全に消え去り、温泉に浸かった猿のような恍惚の表情を浮かべている。


「気持ちいい……。これは、帝国の硬い椅子とは大違いだ……。

 これが、敵国の技術力テクノロジーか……!」


 いや、ただのスライムですけど。

 私はギデオンと顔を見合わせ、小さくガッツポーズをした。

 勝った。


 父上はしばらくポヨンのマッサージを堪能した後、気まずそうに咳払いをした。


「……コホン。

 まあ、なんだ。

 貴様の覚悟と、この環境の……一部の快適さは分かった」


 父上はチラリとギデオンを見た。


「ギデオンと言ったな」

「はっ」

「娘を任せるには、まだ不安が残る。

 家具もない、こんな殺風景な部屋ではな」


「すぐに揃えます! 明日には最高級のベッドを!」

「ならん!」


 父上はバシッと床を叩いた。


「信用できん!

 ワシが自分の目で確かめるまでは、娘を置いていくわけにはいかん!」


 空気が張り詰める。

 やはり、連れ戻されるのか?


 しかし、父上は驚くべき提案をした。


「よって、ワシもここに泊まる!」


「……はい?」

「……え?」


 全員の声がハモった。


「監視だ! 監視期間を設ける!

 貴様が本当に娘を幸せにできるか、このスライム……いや、この環境が本当に快適か、ワシが身を持って検証する!」


 父上はそう言うと、ポヨンの上であぐらをかき、ロイドさんにカップを差し出した。


「おい、茶の代わりだ。

 それと、あのマドレーヌという菓子もあるか?

 馬車で食べた味が忘れられんのだが」


 完全に居座る気満々だった。

 帝国の激務と粗食に疲れた老将軍にとって、ここは文字通り「地上の楽園リゾート」に見えたのだろう。


 ギデオンが絶望の表情で私を見た。

 『どうする、セラフィナ!? 義父上と同居!? 新婚生活が台無しだ!』

 『諦めて、ギデオン。父上、一度言い出したら聞かないから』


 私は肩をすくめ、苦笑した。


「分かりました、父上。

 どうぞ、気が済むまで監視してください。

 ……でも、ここでのルールは守ってくださいね?」


「ルールだと?」


「ええ。ここは『監獄』ですから。

 看守長であるギデオンの言うことは絶対です。

 あと、おやつは一人一日3個までですよ?」


 こうして。

 「第零監獄」に、新たな囚人(居候)が増えた。

 最強の女騎士、冷徹な拷問官、モチモチのスライム、そして頑固な将軍。

 奇妙な共同生活は、ますますカオスな方向へと転がり始めたのだった。


 ギデオンがこっそり胃薬を飲み始めたのは、言うまでもない。


---


 一方その頃、ロイドの業務日誌。

『緊急発注:

 ・将軍用の特大ベッド(耐荷重300kg)

 ・胃薬(業務用サイズ)

 ・お茶請けの煎餅(帝国の味が恋しいと言い出した時用)

 ……これ、私の仕事量だけ増えてません?』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ