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捕虜にされた令嬢と、限界オタクな尋問官の素敵な牢獄生活〜さぁご褒美の時間です〜  作者: 九葉(くずは)


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第13話 「ゴミ」と渡された木箱の中には、重すぎる愛の説明書が入っていました

 ガタゴト、と車輪が回る音がする。

 けれど、その音は驚くほど静かで、振動もほとんど感じない。


 私が乗っているのは、敵国ガリアが誇る王族専用の特別馬車だ。

 シートは最高級のベルベット張りで、クッション性は抜群。

 窓には防音と防犯の魔法がかけられ、外の砂埃すらシャットアウトされている。


 快適だ。

 捕虜の護送車とは到底思えないほど、快適すぎる空間だ。


 けれど。


「……美味しくない」


 私は膝の上に広げたマドレーヌを齧り、小さく呟いた。

 それは、私が大好きだったパティスリー『アンジュ』の焼き菓子だ。

 ギデオンが「ゴミだ」と言って持たせてくれた木箱に入っていたものの一つ。

 バターの香りは芳醇だし、焼き加減も完璧だ。味は変わっていないはずなのに。


 砂を噛んでいるような味がした。


「一人で食べると、こんなに味気ないものだったかしら」


 私は食べかけのマドレーヌを箱に戻し、大きなため息をついた。

 地下牢リゾート・ヴァルハラでの日々が、走馬灯のように蘇る。


 向かいの席で、いつも涼しい顔をして紅茶を飲んでいたギデオン。

 私が「美味しい!」と笑うと、眼鏡の位置を直しながら耳を赤くしていた彼。

 深夜の厨房で、こっそり分け合ったクッキーの味。


 あの狭くて、窓のない地下室の方が、この広い馬車よりもずっと輝いて見えた。


「……バカみたい。私、本当に飼い慣らされちゃったんだわ」


 私は自嘲気味に笑い、視線を足元に向けた。

 そこには、馬車の床を埋め尽くさんばかりに積まれた木箱の山がある。


 ギデオンは言った。

 『一度囚人が使ったものを再利用するわけにはいかない』『ゴミだ』と。


「ゴミなわけないじゃない……」


 私は一番手近にあった木箱の蓋を開けた。

 そこには、私の肌に合うように調合された特注の美容液や、お気に入りの香りのバスソルトが、緩衝材と共に丁寧に詰められていた。

 瓶が割れないよう、一つ一つ布で包まれている。

 こんな丁寧な仕事をする「ゴミ捨て」がどこにあるというの。


「ん? 何これ」


 箱の隙間に、分厚い羊皮紙の束が挟まっているのを見つけた。

 封筒に入っており、表書きには『取扱説明書』と書かれている。

 ギデオンの字だ。几帳面で、少し角ばった筆跡。


 私は封を切り、中身を取り出した。


「……何よこれ」


 一ページ目を見て、私は絶句した。


 『品目:最高級茶葉ダージリン・ファーストフラッシュ

 『淹れ方:湯の温度は95度。蒸らし時間は3分ジャスト。1秒でも過ぎると渋みが出るので注意すること。ティーカップはあらかじめ温めておくのが望ましい』


 細かい。

 次のページをめくる。


 『品目:シルクのパジャマ』

 『洗濯方法:手洗い推奨。洗剤は中性のものを使用し、決して強く擦らないこと。干す際は直射日光を避け、陰干しにすること。アイロンは低温で』


 さらに次のページ。


 『品目:魔法の抱き枕(ポヨン代用品)』

 『使用法:寂しい夜に抱きしめること。人肌程度の温度に自動調整される機能付き。涙で濡れた場合は、自動乾燥機能が作動する』


 ページをめくる手が止まらない。

 そこには、今回持たされた全てのアイテムに対する、詳細かつ執拗なまでの「説明」と「注意書き」が記されていた。

 私の生活スタイル、好み、癖を知り尽くしていなければ書けない内容ばかりだ。


 そして、最後のページ。


 『追記:

 帝国の冬は寒い。寝る時は肩を冷やさないように。

 公務が忙しくても、食事は抜かないように。

 ……無理をして笑わないように。

 貴様が、どこにいても健やかであることを願う』


「…………ッ」


 視界が歪んだ。

 羊皮紙の上に、ぽつりと雫が落ちて、インクを滲ませた。


 これは説明書なんかじゃない。

 これは、彼からのラブレターだ。

 「愛してる」という言葉を一言も使わずに綴られた、世界で一番不器用で、重たくて、温かい愛の証明だ。


「バカな人……。こんなの読んだら、余計に忘れられないじゃない」


 私は羊皮紙を胸に抱きしめた。

 インクの匂いに混じって、彼がいつも纏っていたシトラスの香りがした気がした。


 ◆


 一方その頃。

 馬車の遥か後方、街道沿いの森の中を、二騎の馬が疾走していた。


「隊長、スピード出しすぎです! 馬車に追いついちゃいますよ!」

「うるさいロイド! この距離(500メートル)が限界だ! これ以上離れると、彼女の気配を感じ取れない!」


 手綱を握るのは、黒いマントで全身を覆い、目元以外を隠した怪しい男――ギデオンである。

 彼は泣き腫らした目をサングラスで隠し、ストーカーも真っ青な執念で馬車を追跡していた。


「ああっ、見ろ! 今、馬車の車輪が小石に乗り上げたぞ!

 衝撃は!? 中のセラフィナは無事か!?

 クッションが衝撃を吸収したか!? お尻は痛くないか!?」


「大丈夫ですよ。あの馬車、最新のサスペンション付いてますから」


 ロイドは呆れ顔で並走している。


「それより隊長、そろそろ『アレ』が出る地点ですよ」

「……ああ、分かっている」


 ギデオンの声色が、瞬時に鋭いものに変わった。

 ここは国境に近い街道。治安が悪く、盗賊が出没することで有名なエリアだ。

 王族仕様の豪奢な馬車など、彼らにとっては格好の獲物だろう。


「俺のセラフィナの旅路を邪魔する害虫どもめ。……一匹残らず駆除する」


 ギデオンが腰の剣に手をかけた、その時だった。


 ヒヒーン!

 前方の馬車がいななきを上げて急停止した。

 街道の茂みから、粗野な男たちが十数人、武器を持って飛び出してきたのだ。


「へっへっへ! 上等な馬車じゃねえか!」

「金目の物を置いていきな! 中の女もな!」


 盗賊たちの下卑た笑い声が響く。

 御者が慌てて鞭を振るおうとするが、進路を塞がれている。


「来たな……!」


 ギデオンの眼鏡が、サングラスの下で冷たく光った。

 彼は馬上で印を結び、詠唱を開始した。


「ロイド、援護はいい。俺一人でやる」

「はいはい。目立ちすぎないでくださいよ」


 ◆


 馬車の中で、私は衝撃に身構えた。


「何事!?」


 窓の外を見ると、武器を持った男たちが馬車を取り囲んでいる。盗賊だ。

 私は反射的に立ち上がり、腰に手を伸ばした。

 ――剣がない。

 そうだ、私は捕虜として解放された身。武器は持たされていない。


「くっ……素手でやるしかないか」


 私は拳を握りしめ、ドアを開けようとした。

 最強の女騎士を舐めるな。剣がなくとも、この程度のゴロツキ、拳骨で沈めてやる。


 しかし。

 私がドアノブに手をかけた瞬間だった。


 ヒュンッ!

 風を切る音がしたかと思うと、外で「うわぁっ!?」という悲鳴が上がった。


「な、なんだ!? どこから撃ってきやがった!」

「氷だ! 氷のつぶてが飛んでくるぞ!」


 窓から外を覗くと、信じられない光景が広がっていた。

 晴天の空から、鋭利な氷の刃が雨のように降り注いでいるのだ。

 それは正確無比に盗賊たちの武器だけを弾き飛ばし、あるいは彼らの足を地面に縫い付けていく。


「ひ、ひえぇぇぇ! 魔法使いだ!」

「逃げろ! 殺されるぞ!」


 盗賊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 わずか十数秒の出来事だった。

 馬車には傷一つついていない。


「……これって」


 私は呆然と、氷の礫が消えていく様を見つめた。

 こんな芸当ができる魔法使いを、私は一人しか知らない。

 『氷の尋問官』の二つ名を持つ、あの男だけだ。


「……来てるのね」


 私は窓を開け、後方の森に向かって叫んだ。


「出てきなさいよ! 隠れてるつもりでしょうけど、バレバレよ!」


 返事はない。

 ただ、風が木々を揺らす音だけが聞こえる。


「……バカ」


 私は窓枠に頬杖をつき、小さく笑った。

 出てくるわけがない。彼は「冷徹に私を追い出した」ことになっているのだから。

 ここで姿を見せたら、かっこがつかないと思っているのだろう。


「ありがとう、ギデオン」


 風に乗せて、お礼を呟く。

 姿は見えなくても、彼が守ってくれている。

 その事実だけで、不安だった心が嘘のように強くなれた。


 馬車は再び走り出した。

 車輪の音が、先ほどよりも軽やかに聞こえた。


 ◆


 「……危なかった」


 茂みの中で、ギデオンは肩で息をしていた。

 彼女が窓から叫んだ時、心臓が口から出るかと思った。


「隊長、完全にバレてましたね」

「いや、気のせいだ。俺の隠密スキルは完璧だ」

「どの口が言いますか。あの派手な氷魔法、署名入りのラブレターみたいなもんですよ」


 ギデオンはサングラスを外し、遠ざかる馬車を見つめた。


「……もうすぐ、国境だ」

「ええ。あと一時間ほどで到着します」


 そこは、引き渡しの場所。

 そして、永遠の別れの場所。


 ギデオンの表情から、甘さが消えた。


「行くぞ。最後まで見届ける。

 彼女が父親の元へ帰り、笑顔になるその瞬間まで」


 彼は馬の腹を蹴った。

 その背中は、どこまでも寂しく、そして誇り高かった。


 ◆


 一時間後。

 景色が変わった。

 豊かな緑が消え、荒涼とした大地が見えてくる。

 そしてその先に、巨大な石造りの橋が現れた。


 『嘆きの橋』。

 ガリア王国と、私の祖国ヴァルハラ帝国を分かつ国境線。


 橋の向こう側には、見慣れた深紅の旗がはためいている。

 帝国の騎士団だ。

 先頭に立っているのは、白髭を蓄えた厳格な老人――私の父、将軍ゼノ・フォン・ヴァルハラだろう。


 馬車が速度を落とす。


「到着しました、セラフィナ様」


 御者の声がかかる。

 私は『取扱説明書』をポケットにしまい、深呼吸をして、馬車の扉を開けた。


 乾いた風が吹き抜ける。

 橋の中央で、馬車は止まった。


 向こう側から、父が数名の部下を連れて歩いてくるのが見える。

 厳しい顔だ。

 捕虜になった娘を、彼はどう迎えるだろうか。


 そして、橋のこちら側。

 振り返れば、ガリアの領土。

 遠くの森の陰に、きっと彼がいる。


 私は橋の上に降り立った。

 一歩、また一歩と、帝国側へ歩き出す。


 これで終わり。

 これで私は、元の「最強の女騎士」に戻る。

 快適なソファも、甘いお菓子も、不器用な看守さんもいない世界へ。


(……本当に? 本当にそれでいいの?)


 心の中の私が問いかける。

 足が重い。

 ブーツの底に鉛が入っているみたいだ。


 私は父の姿を見た。

 そして、ポケットの中の『説明書』と、赤いリボンを握りしめた。


 ――違う。

 私が帰るべき場所は、もう「あっち」じゃない。


 国境の橋の上で、風が強く吹いた。

 私の銀髪が舞い上がる。

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