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捕虜にされた令嬢と、限界オタクな尋問官の素敵な牢獄生活〜さぁご褒美の時間です〜  作者: 九葉(くずは)


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10/20

第10話 最強の令嬢も風邪には勝てず、冷徹な拷問官に看病されています

 

 その日の朝、世界はグラグラと回っていた。


「……うぅ」


 私は重たい瞼を持ち上げようとして、失敗した。

 頭が割れるように痛い。喉が焼けるように熱い。

 そして何より、身体が鉛のように重くて、指一本動かすのも億劫だった。


(な、なによこれ……敵襲? 毒ガス攻撃……?)


 私は朦朧とする意識の中で、必死に状況を分析しようとした。

 昨日までは元気だったはずだ。

 ハーブの手入れをして、ポヨンとキャッチボールをして、ギデオンが持ってきた新作のケーキを食べて……。


 ……あ。

 そういえば昨日、お風呂上がりに調子に乗って、薄着のままポヨンと「どちらが長く冷たい床に寝転がっていられるか選手権」を開催した気がする。


「自業自得……ってこと?」


 私は情けなさで天井(リゾート風の壁画)を仰いだ。

 帝国最強の女騎士ともあろう者が、ただの風邪でダウンするなんて。

 これは恥だ。末代までの恥だ。


「ぷきゅ?」


 枕元で、ポヨンが心配そうに私を覗き込んでいる。

 いつもなら「おはよう」と抱きしめるところだが、今日は腕が上がらない。


「ごめんね、ポヨン……。お母さん、今日はちょっと……魔力切れみたい……」

「ぷるるっ!」


 ポヨンが慌てて飛び跳ねる気配がする。

 ごめん、目が回るから揺れないで。


 その時だった。

 カツン、カツン、という規則正しい足音が近づいてきた。

 ギデオンだ。朝食を持ってきてくれたのだろう。


(いけない! バレたら大変!)


 私は焦った。

 もし私が病気だと知れたら、彼はきっと「捕虜の健康管理もできないとは!」と自分を責めるに違いない。

 あるいは、弱った私を見て幻滅するかもしれない。

 ここは気合で乗り切らねば。私は布団を頭まで被り、平常心を装った。


 ガチャリ。


「おはよう、セラフィナ。今日の朝食は、リクエスト通り厚焼きパンケーキだ」


 いつもの落ち着いたバリトンボイス。

 パンケーキの甘い香りが漂ってくる。

 普段なら飛び起きるところだが、今はその匂いですら少し胸焼けがした。


「……おはよう、ギデオン。そこに置いといて……あとで食べるから……」


 私は布団の中から、精一杯の明るい声を出したつもりだった。

 しかし、私の声は掠れていて、まるで老婆のようだった。


 沈黙。

 部屋の空気が、ピキリと凍りついたのが分かった。


 ダッ!

 足音が猛スピードでベッドに近づいてくる。


「セラフィナ!?」


 布団がバッと剥ぎ取られた。

 眩しい光と共に、蒼白になったギデオンの顔が現れる。


「な、なんだその顔色は! 呼吸が荒いぞ! どうした!?」

「だ、大丈夫よ……ちょっと寝起きが悪いだけで……」

「嘘をつくな! 目が虚ろだ!」


 ギデオンは手袋を脱ぎ捨てると、私の額に素手を当てた。

 ひんやりとした彼の手のひらが、熱を持った私の肌に触れる。

 気持ちいい……。


「ッ……! 熱い! 煮えたぎるようではないか!」


 ギデオンが悲鳴のような声を上げた。

 彼はガタガタと震えだし、後ろに控えていたロイドに向かって絶叫した。


「ロイドおおおおっ!! 緊急事態だ!! コード・レッドを発令しろ!!」

「は? 何言ってるんですか隊長」

「セラフィナが! 彼女が死にかけている!! 高熱だ! 未知のウイルスかもしれん!

 直ちに国中の医師を招集しろ! いや、教会の大司教を叩き起こして回復魔法をかけさせろ!

 国境を封鎖して特効薬を探せ! 急げ!!」


 ギデオンは錯乱していた。

 まるで世界の終わりが来たかのような狼狽ぶりだ。

 ロイドは呆れたように溜息をつき、私の顔を覗き込んだ。


「……ただの風邪ですね。昨夜、お腹出して寝てませんでした?」

「うぐっ……図星……」

「ほら、言わんこっちゃない。隊長、大袈裟です。風邪薬と氷枕があれば治りますよ」


 ロイドの冷静な診断に、ギデオンはようやく少しだけ正気を取り戻した。

 だが、その瞳には涙が溜まっている。


「か、風邪……? 本当に死なないのか? 彼女は帝国の宝だぞ? 俺の生きる意味だぞ?」

「死にません。静かに寝かせておくのが一番の薬です」


 ギデオンは「そうか……」と呟くと、キリッとした顔つきに変わった。

 彼は腕まくりをし、私に向かって宣言した。


「分かった。ロイド、お前は薬と消化の良い食事を手配しろ。

 私は――彼女の看病をする」

「へ? 隊長が?」

「当然だ! 他の誰かに、弱った彼女の姿を見せるわけにはいかん!

 それに、彼女の命を預かるのは尋問官(俺)の責務だ!」


 こうして、第零監獄は一時的に『王立特別集中治療室』へと変貌を遂げた。


 ◆


 それから数時間。

 私はギデオンによる、過剰なほどの手厚い看病(介護)を受けていた。


 まず、部屋の環境整備だ。

 湿度は加湿の魔道具で完璧に管理され、照明は目に優しい薄暗さに調整された。

 枕元には氷嚢と、大量のタオル、そしてなぜか花束まで飾られている。


「……セラフィナ、水だ。飲めるか?」


 椅子に座ったギデオンが、ストローを挿したグラスを差し出してくる。

 私はわずかに頭を動かし、一口だけ水を飲んだ。


「ありがとう……」

「礼などいい。……辛いか? どこか痛むか?」


 ギデオンの声は、震えるほど優しかった。

 彼の手が、私の額に乗せられた氷嚢を丁寧に位置調整する。

 その表情は真剣そのもので、まるで爆弾処理を行っているかのような緊張感だ。


「大丈夫……。ちょっと、ふわふわするだけ……」

「(くっ……! 熱のせいで目が潤んでいる……! 頬が桜色に染まって……儚げで……!

 可愛い! いや不謹慎だ! でも可愛い!

 普段はあんなに強くて凛々しい彼女が、今はこんなに無防備に俺に身を委ねている……!

 守りたい。この命に変えても!)」


 ギデオンの内なる叫びは聞こえないが、彼が私の手を握りしめる力が少し強くなったのは感じた。


「ロイドが薬湯ポーションと、特製のお粥を持ってきた。……少しでも腹に入れたほうがいい」


 ギデオンはワゴンから湯気の立つ器を取り出した。

 鶏ガラと生姜の優しい香りがする。


「自分で……食べる……」

「ダメだ。手が震えている」


 ギデオンは有無を言わさず、スプーンにお粥をすくった。

 そして、フーフーと息を吹きかけて冷ます。


(えっ、まさか)


 私の予感は的中した。

 彼はスプーンを私の口元に差し出したのだ。


「……あーん、だ」

「っ!?」


 私は熱のせいだけじゃなく、カッと顔が熱くなるのを感じた。

 あーん? 敵国の尋問官に?

 いや、それ以前に、大の大人があーんって!


「は、恥ずかしいから……いい……」

「我儘を言うな。これは『栄養摂取の刑』だ。拒否権はない」


 ギデオンは真顔で(でも耳は真っ赤で)言い放った。

 彼の眼鏡が少し曇っている。

 その必死な様子がおかしくて、そしてなんだか嬉しくて。

 私は抵抗する気力を失った。


「……ん」


 私が小さく口を開けると、ギデオンは緊張した面持ちで、慎重にスプーンを滑り込ませた。

 とろとろに煮込まれたお米と、鶏肉の旨味。

 温かさが、弱った身体に染み渡っていく。


「……美味しい」

「そうか……。よかった……」


 ギデオンは、まるで世界を救った勇者のように、深く安堵の息を吐いた。

 それから彼は、私が満腹になるまで、甲斐甲斐しくスプーンを運び続けた。

 一口食べるごとに、口元の汚れをハンカチで拭ってくれるオマケ付きだ。


 食後、薬を飲んで落ち着くと、強烈な眠気が襲ってきた。

 でも、眠るのが少し怖かった。

 熱のせいだろうか。目を閉じると、自分が一人ぼっちの暗い牢屋にいるような錯覚に陥るのだ。

 ここに来る前の、戦場での孤独な夜を思い出してしまう。


「……行かないで」


 無意識のうちに、私の口からそんな言葉が漏れていた。

 私は、片付けをして立ち上がろうとしたギデオンの袖を、弱々しく掴んでいた。


「一人にしないで……ギデオン……」


 その瞬間、ギデオンの動きが完全に停止した。

 彼はスローモーションのように振り返り、私の顔を見た。


「…………ッ」


 彼は何も言わず、ただ目を見開いていた。

 私の手は、熱くて湿っていて、きっと気持ち悪いだろう。

 そう思って離そうとした瞬間、彼の手が私の手を包み込んだ。


 大きくて、少しゴツゴツしていて、でもひんやりと心地よい手。


「行かない」


 ギデオンは、掠れた声で言った。

 彼は再び椅子の背もたれにコートをかけ、腰を下ろした。


「どこにも行かない。貴様が眠るまで……いや、朝が来るまで、ずっとここにいる」

「……仕事は?」

「知ったことか。ロイドに全部押し付ける(後で土下座する)」


 彼の力強い言葉に、胸の奥の冷たい塊が溶けていくような気がした。


「ありがとう……看守さん……」

「……おやすみ、セラフィナ」


 彼の手の感触と、規則正しい呼吸音を聞きながら、私は深い眠りの底へと落ちていった。

 悪夢は見なかった。

 代わりに、不器用な男の人が、一晩中私の手を握り続けてくれる夢を見た。


 ◆


 翌朝。

 目を覚ますと、身体の重さはすっかり消えていた。

 熱も下がったようで、頭もすっきりしている。


「……あれ?」


 私は自分が誰かの手を握っていることに気づいた。

 視線を横に向けると、ベッドの縁に突っ伏して眠っているギデオンの姿があった。


 眼鏡がずれて、黒髪が乱れている。

 いつも完璧な彼が、こんなに無防備な姿を見せるなんて。

 彼の手は、私の手をしっかりと包み込んだままだ。


(本当に……ずっといてくれたんだ)


 胸がキュン、と音を立てた。

 これは「吊り橋効果」とかいうやつだろうか?

 それとも、風邪の熱でまだ頭がおかしいのだろうか?


 私は空いている方の手で、そっと彼の髪に触れてみた。

 サラサラしていて、柔らかい。


「……んっ」


 ギデオンが身じろぎをし、ゆっくりと目を覚ました。

 彼は私と目が合うと、バネ仕掛けのように飛び起きた。


「セ、セラフィナ! 気づいたか!?」

「おはよう、ギデオン。……すごい顔よ」

「身体はどうだ!? 熱は!? 痛みは!?」


 彼は慌てて眼鏡を直し、再び私の額に手を当てた。


「……下がっている。平熱だ」

「うん。おかげさまで全快よ」

「よかった……本当によかった……」


 ギデオンはその場に崩れ落ち、長い長い溜息をついた。

 その目にはうっすらと涙が浮かんでいるように見えた。

 大袈裟だなぁ。でも、その大袈裟さが、今はどうしようもなく愛おしい。


「ギデオン、ありがとう。看病してくれて」

「……当然のことをしたまでだ。貴様は我が国の……大切な(俺の)捕虜だからな」

「ふふ。じゃあ、お礼に何かしてあげようか?」


 私はイタズラっぽく笑った。

 ギデオンは首を横に振った。


「いや、何もいらな……」

「じゃあ、私が『あーん』してあげるわ」

「へ?」


 私はサイドテーブルに残っていた、看病用カットフルーツ(リンゴ)を一つ手に取った。

 そして、彼の口元に差し出す。


「お疲れ様。はい、あーん」

「ッ……!?」


 ギデオンの顔が、一瞬にしてリンゴよりも赤くなった。

 彼はパクパクと口を開閉させ、助けを求めるように周囲を見回したが、ロイドは気を利かせて席を外しているようだ。


「拒否権はないわよ? これは『看病のお返し』の刑なんだから」

「くっ……(心臓が……止まる……!)」


 ギデオンは覚悟を決めたように目を閉じ、震える口を開けた。

 シャクッ。

 彼がリンゴを齧る。


「……どう?」

「……甘い。致死量に甘い」

「ふふ、よかった」


 こうして、私の風邪騒動は幕を閉じた。

 この一件で、私たちの距離はまた少し縮まった気がする。

 少なくとも、彼の手の温もりを、私はもう忘れることはできないだろう。


---


 後日談。

 執務室にて、ロイドが請求書を片手に頭を抱えていた。


「隊長……。『最高級ポーション10本』『王都名医の出張費(深夜料金)』『高級フルーツ盛り合わせ』……これ、全部一晩で使ったんですか?」

「ああ。安いもんだろう? 彼女の笑顔が守られたんだから」

「……はいはい。じゃあ、今月の隊長のランチはパンの耳決定ですね」


 ギデオンの悲鳴が、平和な監獄に響き渡った。

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