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捕虜にされた令嬢と、限界オタクな尋問官の素敵な牢獄生活〜さぁご褒美の時間です〜  作者: 九葉(くずは)


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第1話 敵国の捕虜になってしまいました

平和な世界観のラブコメディです!

のんびりゆるく読んでみてください!!

 ガタン、ゴトン。

 車輪が石畳を跳ねる音が、身体中に響いている。

 薄暗い馬車の中で、私は後ろ手に縛られたまま、天井を見上げて大きなため息をついた。


「はぁ……やってしまった」


 私、セラフィナ・フォン・ヴァルハラは、帝国最強と謳われる『紅の戦乙女』だ。

 剣を握れば一騎当千、戦場では鬼神の如き強さを誇る――はずだったのだが。


(まさか、昼食後のうたた寝中に落とし穴にハマるなんて……)


 猪鍋が美味しかったのだ。

 満腹になって、木漏れ日の下でウトウトしていたら、いきなり地面が抜けたのだ。

 目が覚めた時には、敵国ガリアの兵士たちに網で吊り上げられ、マグロのように捕獲されていた。


 一生の不覚である。

 父上、母上、申し訳ありません。セラフィナは武門の娘として、敵国の捕虜となっても決して屈することなく、名誉ある最期を遂げてみせます。


 たぶん。


「着いたぞ! 降りろ!」


 粗野な声と共に扉が開けられた。

 外の光が眩しい。どうやら敵国ガリアの王都にある、王城の裏口に連れてこられたらしい。


 引きずり出された私の前にそびえ立つのは、黒い石で造られた堅牢な城壁。

 そして、その地下へと続く、口を開けた巨大な獣のような階段だった。


「ひっ、ここが噂の……」

「ああ、『第零監獄』だ」


 兵士の一人が震え上がっている。

 第零監獄。一度入ったら二度と陽の光を拝むことはできず、夜な夜な囚人の悲鳴が響き渡るという、大陸最悪の収容所。


(へえ、ちょっと涼しそう)


 私は極めてポジティブに感想を抱いた。

 帝国の夏は暑いから、避暑地としては悪くないかもしれない。


「進め!」


 背中を押され、私は地下への階段を降りていく。

 湿った空気。カビと鉄錆の匂い。

 松明の炎が揺らめく長い廊下を抜けた先、最深部にある重厚な鉄扉の前で、足が止まった。


 そこには、一人の男が待っていた。


 闇に溶け込むような黒い軍服。

 銀縁眼鏡の奥で冷徹に光る、切れ長の瞳。

 整った顔立ちはまるで彫刻のように美しいが、その全身から放たれる威圧感は、周囲の空気を凍てつかせるほどだ。


 彼こそが、ガリア王国特務部隊長、ギデオン・アークライト。

 通称『氷の尋問官』。

 彼に睨まれただけで、屈強な男たちも震え上がり、秘密を全て吐露してしまうという。


「……連れてきたか」


 低く、よく通るバリトンボイスが響く。

 ギデオンはゆっくりと私に歩み寄ると、眼鏡の位置を中指でクイッと直した。


 その時だ。

 彼の動きが、ピクリと止まった。


「(……っ!?)」


 ん? 今、何か息を呑むような音が聞こえたような。

 ギデオンは私の顔を凝視している。

 ものすごい目力だ。まるで穴が開くほど見つめられている。


(うわぁ、怖い。これが噂の『威圧』ってやつね。私の胆力を試しているのかしら)


 私は負けじと睨み返した。

 だが、その時のギデオンの内面など、知る由もなかった。


 ――う、嘘だろ。本物だ。

 戦場の彼方で、銀髪をなびかせて剣を振るっていた、あの高潔で美しい『紅の戦乙女』が。

 今、俺の目の前にいる。

 しかも、あんなに近くに。

 待ってくれ、睫毛が長い。肌が白い。凛とした瞳が美しすぎる。

 心臓の音がうるさい。聞こえてないか? 大丈夫か俺!?

 落ち着け、俺は冷徹な尋問官だ。仕事だ。仕事しろ俺!


 ……と、彼が内心でパニックを起こしているとは露知らず、私は毅然と言い放った。


「ふん。殺せ。私は何も喋らんぞ」


 すると、ギデオンは口元を手で覆い、少しだけ視線を逸らした。

 耳が赤い気がするのは、地下の灯りのせいだろうか。


「……威勢がいいな。だが、いつまでその態度が持つか見ものだ」


 声が少し上擦っている。

 彼は咳払いをすると、部下に顎でしゃくった。


「中へ入れ」


 鉄扉が重々しい音を立てて開かれた。

 私は乱暴に部屋の中へと押し込まれる。

 後ろ手に縛られていた縄を解かれ、私はよろけながらも、クルリと回転して着地を決めた。


「おっと! ……さて、ここが私の新しいお部屋かな?」


 私は手首をさすりながら、周囲を見渡した。

 そして、腕組みをして眉をひそめる。


「……うーん。採点、30点」


 石造りの床は冷たく、湿気がひどい。

 壁には不気味な鎖がぶら下がっているし、隅には前の住人が残したと思われる藁が散らばっている。

 天井からは水滴がポタポタと落ちてきていた。


「暗いし、ジメジメしてるし、何よりベッドがないじゃない。これじゃあ安眠はおろか、お肌にも悪そう」


 私は独り言のように呟いた。

 どうせ死ぬか拷問される身だとしても、環境にはこだわりたいのが乙女心というものだ。


 その時だった。

 背後で、ガタッという物音がした。

 振り返ると、鉄格子の向こうにいるギデオンが、顔面蒼白になって震えていた。


「(な……なんだと……!?)」

「えっ、聞こえちゃいました? 文句言ってごめんなさい」


 私が謝ろうとすると、ギデオンは私の予想とは全く違う行動に出た。

 彼は血相を変えて、傍らに控えていた副官らしき青年の胸倉を掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ったのだ。


「おいロイド! どういうことだ!」

「はい? 何がでしょう、隊長」

「環境が悪すぎる! 床は石だし、湿気もある! こんなところに……こんなところに、あの方を閉じ込める気か!?」

「あの方って言っちゃってますよ。ここ地下牢なんで。そういう場所ですけど」


 副官ロイドと呼ばれた青年は、極めて冷静に、というより少し呆れたように答えた。

 だがギデオンは止まらない。

 彼は苦悶の表情で、鉄格子を握りしめた。


「見ろ! セラフィナが……彼女が寒そうに肩をさすっているではないか! もし風邪でも引いたらどうする! あの美しい白磁の肌が荒れたら、それは国家……いや、世界の損失だぞ!」

「敵国の将軍ですけどね」

「うるさい! 彼女は戦場に咲く一輪の花だ! こんな薄汚い場所は似合わん! 直ちに改装だ! 今すぐにだ!」


 ギデオンは叫ぶと、廊下に待機していた兵士たちに矢継ぎ早に指示を出し始めた。


「第一班、王都中の家具屋を叩き起こして最高級のベッドを持ってこさせろ! マットレスはスプリングが硬めのやつだ、彼女は剣士だ、腰への負担を考慮しろ!」

「第二班、カーペットだ! 羊毛100パーセントの、雲の上を歩くような感触のやつだ! 彼女の足に冷えは大敵だぞ!」

「第三班、照明係! この陰気な松明を捨てろ! 魔石ランプだ、彼女の瞳が一番美しく輝く暖色系の光を確保しろ!」

「第四班、アロマを焚け! ラベンダーとベルガモットだ! 彼女が戦場で疲れた心身を癒やせる空間を作るんだ!」


 怒号のような指示が飛び交う。

 兵士たちは「イ、イエッサー!(隊長どうした!?)」と叫び、脱兎のごとく走り去っていった。


 私はその光景を、ぽかんと口を開けて見ていた。


「……えっと、これは何の儀式?」


 敵国特有の、混乱させて精神を疲弊させる作戦だろうか?

 それにしても、あの隊長さん、すごく必死だ。


「(……隊長、落ち着いてください。ドン引きされてますよ)」


 ロイド副官が小声で言っているのが聞こえる。

 ギデオンはハッとして、慌てて咳払いをした。


「ご、誤解するな! これは……そう、待遇改善だ! 貴様のような重要人物には、それ相応の扱いが必要だという判断だ!」


 顔を背けて早口で捲し立てている。

 耳まで真っ赤だ。怒っているのだろうか。


 それからの一時間は、まさに嵐のようだった。

 次々と運び込まれる高級家具。

 石の床には見るからに高そうな純白のムートンラグが敷き詰められ、冷たい石壁には可愛らしい花柄のタペストリーが飾られた。

 部屋の中央には、天蓋付きのキングサイズベッドが鎮座し、サイドテーブルには季節の花が生けられている。


 カビ臭かった空気は一変し、高級サロンのような優雅な香りが充満していた。


「……よし、とりあえずはこんなものか」


 ギデオンは額の汗をハンカチで拭い、満足げに頷いた。

 そして、私の方を見て、またしても固まった。


「(……っ!)」


 今の彼の視線の先には、新しくなった部屋に驚く私の姿がある。

 ギデオンの内心の声が、ロイドには聞こえていたかもしれない。


 ――やばい。部屋が明るくなったせいで、彼女の可愛さが際立っている。

 どうしよう、俺が選んだカーテンの前に彼女が立っている。

 実質、同棲では?

 いや、落ち着け。鼻血は出てないか? よし、出てない。


 彼はコホンと一つ咳払いをすると、再びあの冷徹な表情(を作ろうと努力して)私に向き直った。


「どうだ、セラフィナ。これが我が国が誇る『特別独房』だ」

「特別……独房……?」


 私は瞬きをした。

 改めて部屋を見渡す。

 どう見ても、私の実家の部屋より豪華だ。

 というか、王族のゲストルームと言われても信じるレベルである。


「なるほど……これが敵国の罠か」

「……なに?」


 私は真剣な表情でギデオンを見据えた。

 彼は一瞬、ビクリと肩を震わせた。


「肉体的な苦痛を与えるのではなく、あえて快適な環境を与えて精神を弛緩させ、警戒心を解いたところで情報を引き出す……いわゆる『飴と鞭』作戦の、飴特化型ね!」

「……そ、そうだ。その通りだ(よかった、好意がバレてない)」


 ギデオンは眼鏡を光らせて頷いた。

 ホッとしたような顔をしているのは気のせいだろうか。


 さすがは氷の尋問官。恐ろしいほどに巧妙な手口だ。

 普通の騎士なら、この待遇に戸惑い、彼の優しさにほだされてしまうかもしれない。


 だが、私は違う。

 私は最強の女騎士、セラフィナ・フォン・ヴァルハラ。

 この程度の誘惑、逆に利用してやるまでよ!


「ふふん、いいでしょう。その挑戦、受けて立つわ!」


 私はブーツを脱ぎ捨てると、ふかふかのムートンラグの上を歩き、キングサイズベッドへダイブした。


 ボフンッ!


 素晴らしい弾力。包み込まれるような柔らかさ。

 戦場の硬い地面とは大違いだ。


「あ~、極楽ぅ……」

「ッ……!!」


 私がベッドの上でゴロゴロと転がっていると、鉄格子の向こうから「ぐふっ」という変な声が聞こえた。

 見ると、ギデオンが鉄格子を両手で掴み、額を押し付けていた。


「(か、可愛い……! 無防備すぎる……! あの凛とした戦乙女が、俺が用意したベッドで転がっている……! もう死んでもいい、いや死なん! この光景を守るまでは!)」

「隊長、心の声が漏れてます。不審者すぎます」


 ロイド副官が冷ややかにツッコミを入れている。

 ギデオンはハッとして体勢を立て直すと、キリッとした顔を作った。


「さて、環境は整った。ここからが本番だ、セラフィナ」

「望むところよ。何をされようと、私は絶対に口を割らないから」


 私はベッドの上に胡座をかき、腕を組んで彼を睨み返した。

 さあ、来るなら来い。

 水責めか? 火責めか? それともくすぐりの刑か?


 ギデオンは部下に目配せをした。

 すると、銀色のワゴンがガラガラと運ばれてきた。

 甘い、とろけるような香りが漂ってくる。


「まずは……『糖分過剰摂取の刑』に処す」


 ギデオンが恭しくワゴンの蓋を開けた。

 そこに並んでいたのは、宝石のように輝くフルーツタルト、濃厚なチョコレートケーキ、そして焼きたてのマドレーヌの山だった。


「なっ……!?」


 私の目が釘付けになる。


「こ、これは……王都で一日30個しか焼かれないと噂の、パティスリー『アンジュ』の限定タルト!?」

「ほう、よく知っているな」

「嘘でしょ……私、これ死ぬまでに一度食べてみたいって、ずっと憧れてて……」


 武人としてあるまじきことだが、私はスイーツ情報誌の愛読者なのだ。

 ギデオンは、得意げに眼鏡を指で押し上げた。


「知っているとも。貴様が以前、戦場の町外れで、ショーウィンドウのケーキを物欲しそうに眺めていたことは調査済みだ」

「えっ、いつの間に!?」

「(……双眼鏡で三時間くらい見ていたからな)」


 何かボソッと言った気がするが、タルトの輝きで聞こえなかった。


「貴様には、情報を吐くまでこれを食べ続けてもらう。食べきれなければ、明日は違う種類のケーキを用意するつもりだ」

「な……なんて恐ろしい拷問なの……!」


 私は震えた。

 カロリーという名の悪魔。しかし、その誘惑に勝てる人類など存在するのだろうか?


「さあ、どうする? 拒否するなら、私が口移しで……いや、無理やり口にねじ込むことになるが(そんな恐れ多いことできるか! でもちょっとしたい!)」

「た、食べます! 食べさせてください! 責任を持って証拠隠滅します!」


 私はベッドから飛び降り、鉄格子の隙間から差し入れられたトレイを受け取った。

 フォークを手に取り、タルトを一口。


 サクッ。トロッ。


「ん~っ!! 美味しいぃぃぃ!!」


 口いっぱいに広がるカスタードの甘さと、フルーツの酸味。

 私は頬に手を当てて、満面の笑みを浮かべた。


「幸せ……ここ、天国かな? ありがとうございます、看守さん!」


 私がニカっと笑いかけると、ギデオンの反応は劇的だった。

 彼はまるで雷に打たれたように硬直し、次の瞬間、鼻を押さえてその場に崩れ落ちたのだ。


「ぐふっ……(破壊力が……すごい……)」

「た、隊長!? しっかりしてください!」


 ロイド副官が慌てて駆け寄る。

 ギデオンは朦朧とした意識の中で、ロイドの腕を掴み、うわ言のように呟いた。


「ロイド……見たか……俺に向けられた、あの笑顔……」

「はいはい見ましたよ」

「俺は……俺は前世で国でも救ったのか……?」

「いいえ、今から国を滅ぼしかねない勢いで貢いでますよ」


 ギデオンはヨロヨロと立ち上がると、ハンカチで鼻元を拭い、私に向かって叫んだ。


「ま、まだだ! まだ尋問は終わっていない! 次は……次は貴様の好みのタイプを聞き出すまでは帰さんぞ!」

「えっ、好みのタイプですか? うーん……」


 私はフォークを咥えたまま、首を傾げた。


「ご飯を美味しく食べる人と、あと……私より強い人かな?」

「(メモしろロイド! 俺は食べるぞ! 強さは……今すぐ筋トレだ!)」

「隊長、心の声がダダ漏れです」


 二人のやり取りをBGMに、私は二個目のケーキに手を伸ばした。


 なんだかよく分からないけれど。

 この『第零監獄』、意外と悪くないかもしれない。

 この隊長さん、怖い顔してるけど、もしかしてすごく面白い人なんじゃないかしら?


「ねえ、看守さん。明日の朝食はパンケーキがいいな。メープルシロップたっぷりのやつ」

「……任せておけ(ロイド、国中のメープルを買い占めろ)」

「了解です(経費じゃ落としませんからね)」


 こうして。

 最強の女騎士と恐れられた私と、限界オタクな尋問官との、奇妙な監禁生活が幕を開けたのだった。

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