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この血は、私にしか見えない

(――あたし、何してるの? 何で、こうなっちゃったの?)


 ……誰かが、何度も止めてくれた気がした。

 あかねのために、何度も泣きながら怒って、止めてくれた気がした。


 それは、高校時代の友達だったり、大学でできた友達だったり、両親だったり、あかねに想いを寄せてくれているその時付き合っている彼氏だったりした。


 でも、誰の言葉も、あかねは聞かないで、箕輪の声だけ、聞いていた。自分の意思で。

 

 やっと、やっとやっとやっと――あかねは、自分が自分の意思で箕輪を選んでいたのだと気がついた。


 あかねをこの地獄へ追い込んだのは、そして、そのまま地獄に閉じ込めているのは、本当はあかね自身だったのだ。


 あかねの大事な人は、皆皆、一生懸命声を枯らして教えてくれていたのに。


 ようやくそう悟ってトイレで呆けていると――、切ってしばらく経ったはずのリストカットの痕から、じんわりと血が滲んできた気がした。


 いや……、あかねは泣いていたから、ただ目が霞んでいただけだったかもしれない。



 トイレで泣いて、もう寝ようとどこかの部屋に入ると――先客がいた。


 部屋の隅で丸まって寝転んでいるのは、……()だった。

 この男と寝たら――箕輪を傷つけることができるだろうか。


 確か彼は、箕輪と同じポジションで、あのゴミより評価されて、スタメンに選ばれている。

 なら――……。


 ……彼じゃなくてもよかった。


 ただ、誰かとセックスしたかった。

 セックスしている時だけは、男は優しくなるから……箕輪以外は。


 彼を介抱するような顔をして、あかねはそっと、彼に近づいていった。

 今夜だけでいい。

 一時間だけでいい。

 素敵な男の子に、優しくされたかった。


 それだけだった……。



 ♢ 〇 ♢



 彼が酷く苦しんでいたのが……、瞼の裏から消えてくれなかった。

 

 最低なことをしたと、あかねはあらためて思った。

 自分は、箕輪と同じか、それ以上に最悪なことをした。


 何も関係ない、ただそこにいただけの男の子に――男なんてヤレれば何でもいいと思っていたのに、あんなにも嫌がっていた、何の恨みもなかった人に対して……。



 自分を責めて、あかねは自暴自棄になって、親に黙って大学を辞めた。

 そして、一人暮らしのアパートに引きこもって――また自殺を図った。

 今度は本気だったから、救急車を呼ばれて入院することになった。


 入院からしばらく経った頃に、枕元に顔をパンパンに腫らした箕輪が現れて――後で聞いたら、自分の父親と兄にボコボコになるまで殴られたらしい。

 箕輪は泣きながら大学を辞めたと告げて、ベッドサイドであかねにプロポーズをした。




「頼むよ、俺と結婚してくれ! 俺、もう本当に反省したんだ。あかね以外と結婚しないって親父にも約束した。絶対あかねを幸せにする。だから、だからさ! 今度こそ変わるから、信じて――……」



 何度も耳を、箕輪の声が空回りしている。


 父親に、堕胎と傷害の責任を取ってあかねと結婚しないのであれば勘当だと言われているらしい。


 入れるはずだった父親のコネがある優良企業にもあかねなしでは入社が叶わなくなって、実家の名誉に傷をつけた箕輪は大学も辞めさせられて、就職活動なんてちっともしていなかったために焦りに焦っていた。


 あかねは、あかねの返事は――……。



 ――死ね。

 ……では、なかった。



「……わかった。あんたと結婚する。だって、あたし、あんたのこと――……」



 ――一生許さない。

 ――絶対後悔させてやる。

 ――苦しめ抜いてやる。

 ――あたしのいないところで幸せになるなんて、許さない。

 ――手離すくらいなら、あたしがこの手で地獄に落としてやる――‼



 もう……、何もかもが遅かった。

 あかねの世界には、あかねの苦しみしかなかった。

 世界には、『自分』しかいなかった。

 自分地獄。無限地獄。自分の苦しみ。自分の悲しみ。自分の憎しみ。自分の傷。自分の損失。自分の渇望。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分。自分――……。


 自分が傷つけ、蔑ろにしてきた人間の苦しみなど……、考えもせずに。




 ♢ 〇 ♢




「……これで、お終い」


 あかねがすべてを語り終えると、同時に砂時計から落ちる輝く砂も尽きる。


 店内の照明がゆっくりと戻った後も――、しばらく、女達は黙りこくっていた。


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