のじゃロリ魔神、オムライスを食す。
金色の髪に赤い瞳、ボロボロのローブをまとった幼女——いや、のじゃロリ魔神。
だが、俺の目の前にいるのはどう見ても「異世界に迷い込んだ貧しい孤児」にしか見えない。
「……お前、本当に魔神なのか?」
「うむ! 妾はこの世界に恐れられる存在……! しかし今はちと力を失っておるのじゃ……」
「ほう……」
「……?」
俺はしばし彼女の顔を見つめた。
「な、なんじゃ? その目は?」
「いや……腹減ってるだけじゃないか、お前」
「ぬ、ぬぬ……! 確かに空腹で力が出ぬが、それがどうしたというのじゃ!?」
「どうしたもこうしたも、飯食わないと始まらないだろ」
「……はっ!」
ヴァルフェナスの顔が驚愕に歪む。
「ぬ、ぬし……さてはただの凡人ではないな!? 魔神たる妾の悩みを一瞬で見抜くとは……!?」
「いや、見りゃ分かるだろ……」
「……むぅ、そうか……そうじゃな……」
「よし、なら俺の転生特典の出番だな!」
「なに?」
俺は手を前にかざし、意識を集中する。
「《生活物資》!!」
俺が能力名を叫ぶと、目の前に新品の鉄鍋が**バシュッ!!**と出現した。
それを見て、ヴァルフェナスの目がキラキラと輝く。
「ぬおお!? なんじゃこれは!? ぬし、また、いきなり変な物を生み出したのじゃ!?」
「おう。どうやら俺のスキルは、日常生活に必要な道具を出せるみたいだな」
俺は手を前にかざし、再び意識を集中する。
「《生活物資》!」
次の瞬間、今度はまな板と包丁が目の前に現れた。
「ぬぅ!? 今度は武器まで!? すごいのじゃ!」
キャッキャと目を光らせながら喜ぶヴァルフェナス。
「いや、これはただの調理器具だ」
「ほほう? ……では、この鋭い刃で魔獣を一刀両断するのじゃな?」
「そんなことしねぇよ!! 料理するんだよ!!」
「むう……つまらぬのじゃ」
ヴァルフェナスは少し頬を膨らませ、腕を組む。
「しかし、ぬしの能力はなかなか面白いのじゃ! 他には何が出せるのじゃ?」
「試してみるか……」
俺は次々と《生活物資》を発動する。
「《生活物資》!」
——バシュッ!
今度は、新品のフライパンが出現した。
「《生活物資》!」
——バシュッ!
次に現れたのは、塩・胡椒・バター・米・卵。
「……おおお!? これは、まさか!!」
「そうだな……これだけ揃えば、オムライスでも作れるな」
「ぬぬぬ!? オムライスとな!? そんな高級料理をぬしは作れるのか!?」
「お前の世界の料理レベル、どんなもんなんだよ……」
「妾が知る限り、魔族の食事は“焼く”か“煮る”しかないのじゃ! あとは生肉をかじるくらいか」
「おい、魔族の食文化、未発達すぎねぇか……?」
「むむ……そんなことはないのじゃ! ぬしの世界が異常なだけなのじゃ!!」
「いやいや、そっちのほうが異常だろ……」
「と、とにかく!! 妾はオムライスとやらを食べてみたいのじゃ!! さっさと作るのじゃ!!」
「へいへい……っと」
俺は手際よくフライパンを火にかけ、バターを溶かす。
ジュワァァァ……!!
「むおおおお!? な、なんじゃこの良い匂いは!!」
ヴァルフェナスは、よだれをダラダラと流していた。
「ふっふっふ……まずはケチャップライスを作る」
米を投入し、ジュウジュウと炒めながら、ケチャップと塩胡椒で味を調える。
森中に広がる、甘酸っぱい香り。うん。いい匂いだ。
「ぬ、ぬぬぅ……! なんだこの神々しい香りは……」
「よし、次は卵だな」
溶いた卵にバターを絡め、フライパンの上でふわふわに焼き上げる。
そして、ライスの上にそっとかぶせるように乗せると——
「完成だ」
「ぬおおおおお!!??」
ヴァルフェナスはガタッと立ち上がり、食い入るようにオムライスを見つめた。
「お、おじさん……これが……オムライス……黄金に輝いておりのじゃ! 美味そうすぎるのじゃ! 食って良いのか? 良いのかえ?」
「ああ、冷める前に食え」
それを聞いたヴァルフェナスは、激しく首を縦にふる。
「い、いただくのじゃ!!!」
ヴァルフェナスはスプーンを手に取り、一口すくう。
ふわふわの卵と、しっとりとしたケチャップライスがスプーンの上で踊るように揺れる。
そして——
「……!!」
「……どうだ?」
ヴァルフェナスはブルブルと震え——
「ほほほほほほほぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!! う、うますぎるのじゃぁぁぁああああああああああ!!!!」
目に涙を浮かべつつ、スプーンを次々と口に運ぶ。
「な、なんじゃこれは……!? こんなに美味い食べ物が存在していたとは……!! 今までの飯は何じゃったのじゃ!!」
口にケチャップを付けながら感激の言葉を送ってくれる。
(ここまで喜んでもらえると作った甲斐があるってもんだな)
「そりゃよかった」
「……ぬし……」
神妙な眼差しでコチラを見てくる。
「ん?」
「ぬし、まさか神ではないのか!?」
「いや、ただの無職おじさんだって」
「ぬぬぬぬ……妾の知る限り、ここまでの美食を作れる者はこの世界にいないのじゃ!! 食べ物を司る神以外じゃ作れない美味さじゃ」
「そんな大げさな……」
「いや、本当におらぬのじゃ!!!」
ヴァルフェナスは息を荒くしながら、さらにオムライスを頬張る。
「……ふぅ……満腹なのじゃ……」
地べたに寝転がりながら腹を抑えている。
「そりゃよかった」
「むぅ……おじさん、ぬしの能力はすごいのじゃ……! 妾のために、これからも作るのじゃ!!」
「まぁ、飯作るのは別にいいけど……食材の確保が大変だな」
「ふっふっふ……それなら妾に任せるがよい!!」
ヴァルフェナスは自信満々に胸を張る。
「ぬしが料理をするなら、妾は食材を調達するのじゃ!!」
「お、頼もしいじゃねぇか」
「では、狩りに行くのじゃ!!」
ヴァルフェナスは森の奥へと駆け出していった。
「……本当に大丈夫か、あいつ」
そんな俺の不安をよそに——
ヴァルフェナスの狩猟が、すぐに異世界を騒がせる大事件になることを、この時の俺はまだ知らなかった。