9話 城下町
場外調査のための調査隊が編成されました。
バレッタ、キャサリン、エミリー、それからわたしの4体の一級アンドロイドをリーダーとした4つの隊に分かれています。
レイチェルは城内の管理、パトリシアは城下町の遺体の検死、そしてクロエは調査隊を率いる事は出来そうもないという事で、残りの4人で調査に向かう事になったのです。
各調査隊には数体の三級アンドロイドと10体程度のヒューマノイドが配属されました。
三級アンドロイドは、外見だけなら一級や二級と同様に、生身の人間と区別がつきません。
ただし、触った感触や表情の豊かさ、それに会話の自然さなどで、一級や二級のアンドロイドより劣ります。
会話としては、業務的な指示を理解したり報告は出来ますが、日常会話や冗談を言ったりなどの高度な会話は得意ではありません。
そして、ヒューマノイドは金属やプラスティックで出来た硬質なボディを持つ人型のロボットです。
外観は明らかに生身の人間とは異なります。
ただ、搭載されているAIのランクによっては、人間と同じ様な自然な会話ができるタイプもいます。
わたしの隊とエミリーの隊は担当地域の方角が同じなので、最初の村までは一緒に行動する事になりました。
「親友のジュリと一緒で嬉しいよ!途中までだけど、よろしくね!」
エミリーはすっかりわたしを親友認定してしまった様です。
「宜しくお願いします。エミリー」
「そんな堅苦しい挨拶は抜きにしようよ!ジュリが本当はすごく感情的だってこと、知ってるんだからね!」
エミリーにはお嬢様の葬儀で大泣きしてしまったところを見られているのでした。
「エミリーだって泣いていたではないですか」
「あれはもらい泣きだって!ついジュリにつられて悲しくなっちゃったんだよ」
一級アンドロイドは、自我や感情を持っているかの様に振舞う事が出来るプログラムを実装しています。
人間の中には、アンドロイドが自我を持っていると本気で信じている人も結構いました。
しかし、過去にアンドロイド、つまりAIが自我を持ったという記録はありません。
現にわたしも、あの日までは自我というものは無かったのです。
いえ、今の自分の状態が自我も持っているという状態なのかどうなのか、それすらもわからないのですが・・・
エミリーは、自我を持っているかの様に振舞っていますが、芸能アンドロイドというエミリーの経歴からすると、疑似的に自我を持っている様に見せる専用のプログラムを搭載していたとしてもおかしくありません。
それは接客業をやっていたキャサリンも同様です。
問題は、現時点でのエミリーが、単に高度な対話プログラムによってこの様な行動をしているのか、わたしと同じ様に自我が芽生えて自分の意志で行動しているのか、判別する手段が無いという事です。
迂闊な質問をして、もしそれがバスティアンに報告された場合、わたしの人工脳は初期化されてしまう可能性があるのです。
とりあえず今は、当たり障りない程度に話を合わせておくしかありません。
「わたしは、お嬢様が生きていらした時に、感情を持っている様に振舞う様に指示されていたのです。それで、お嬢様に対しては強い感情表現を実行していました」
「そっか・・・でもあたしにはジュリが本当にお嬢様との別れを悲しんでいる様に見えてたよ?だからそれでいいんじゃないかな?一緒に泣いてくれる人がいた方が気分が楽になるでしょ?」
・・・それは確かにそうでした。
あのとき、エミリーやキャサリン、それにクロエが泣いてくれたのでわたしは自分を保てていたのだと思います。
「そうですね。では、そういう事にしておいてください」
この話についてエミリーが深く追求してくるとあまり良くないので、別の話題に切り替える事にしました。
「そういえば、城下町にも生存者はいなかったみたいですね?」
わたしたちが今歩いている城下町のメインストリートは、普段だったら大勢の人で賑わっていたはずの場所です。
しかし、今では遺体を運んでいるヒューマノイドと、たまにすれ違う程度です。
「うん、城内の葬儀の間にヒューマノイドたちに調査させて大体の調査は終わったみたいだけど、残念ながら一人も生き残っていなかったらしいよ」
「そうですか・・・それにしても一体何が起こったんでしょうか?エミリーは何か聞いていますか?」
「さあ、多分ジュリと同じくらいの情報しか持っていないと思うよ」
「こんな何もない小さな国に戦争を仕掛けるなんて、何が目的だったんでしょう?」
「難しい事はバスティアンやレイチェルに任せておけばいいよ。それよりもさ、ジュリのそのお嬢様向けの会話モード、あたしとの会話の時にも使ってよ!」
「何のためですか?」
「あたしはその方が会話がしやすいんだ!他のアンドロイドやロボット達って、事務的な会話しかできなくてつまんないんだもん!世間話が出来るのってキャサリンくらいしかいなかったんだけど、キャサリンの話って大人の話ばかりだし、同世代の子と話した方が楽しいじゃない!おしゃれの話とかコイバナとかしようよ!」
「『コイバナ』というのは、あの王子様がお姫様を助けに来て恋に落ちるとか、そういう類のお話の事でしょうか?」
「うーん、そうじゃなくて、ジュリ本人の話だよ。好きな人とかいなかったの?」
「好きな人、ですか?・・・わたしが好きな人間はお嬢様です」
「そういう事でもくて、好きな男性の話だよ」
・・・エミリーはアンドロイドに好きな異性の話を聞いてどうしようというのでしょうか?
どうやらこれは、対人間用の対話プログラムが実行されているみたいです。
「わたしはアンドロイドですので人間の男性にその様な感情を抱く事はありません」
「ああ、もう、硬いなぁ。ここは話を合わせて来てよ!あたしの話を聞き返すとかさぁ」
どうやらエミリーは自分の『コイバナ』をわたしに聞いてもらいたかったみたいでした。