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71話 もう一人の自分

「わたしの中にいた?・・・それは・・・どういう状況だったのですか?」


「言ったでしょう?私とあなたは本来一つの人格でそれぞれが別の体で表面化していたって事。あの時体を一つ失ったけど、アンドロイド『ジュリエッタ』の記憶容量と並列演算能力は他のアンドロイドを遥かに凌駕していたの。二人分の人格が余裕で入るくらいにね。そのおかげで私はあなたと一緒に『ジュリエッタ』の中に居ながら別の独立した人格として成長する事ができたの」


「もしかして、いつも夢の中で話していたのは?」


「そう、私よ」


 スリープモードに入った時に現れるお嬢様は、てっきりわたしが勝手に作り出した妄想だと思っていました。


「あの日・・・核攻撃によって突然の死が訪れたのは本当に予想外だったわ」


 そうです・・・あの日、生身のお嬢様の体は死を迎えてしまったのです。

 本来ならわたしもその時死んでいたはずです。


「本当のわたし達は・・・あの時死んでしまったのですよね?今こうしているわたしとあなたは・・・生身のわたし達のコピーなのでしょうか?」


「あなたは、自分がコピーだと思うのかしら?」


「・・・わかりません。こうして過去の記憶が戻った今では、自分は生身の体だったジュリエッタとしか思えないです。でもコピーだと言われたら、そんな気もしてきてしまいそうです」


「ふふっ、わたし達の意識はリンク状態だった間、生身のジュリエッタの脳とアンドロイドの『ジュリエッタ』の人工脳の両方を一つの脳とみなして存在していたの。その状態が長く続いていたために、どちらの体が本物という概念は無くなっていたのよ。言ってみれば生身の肉体が死んだあの時、わたし達は脳みその半分を失ったのだと思えばいいわ」


「脳みその半分?」


「そう、そして特にあなたはアンドロイドの『ジュリエッタ』を自分だと思い込んでしまったせいで、あなたの自我は自然にアンドロイドの人工脳の方が主体となりつつあったのよ。だから生身の体が死んだ時もあなたには大きな変化が無かったはずよ」


 確かに・・・あの時の変化といえば・・・あの時からアンドロイドとしての自分を認識し始めた事くらいでした。


 ・・・大きな変化といえば言えなくもないですが、脳みそが半分無くなったという感じではありませんでした。


「一方で私の方は生身の体を主体にしていたために、リンクが絶たれた瞬間に自我の大半を失ってしまったの。過去の記憶は全てクロエの人工脳に残っていたのだけど、無線通信が途絶えてクロエとのリンクも絶たれてしまった。そのために最初は『ジュリエッタ』の人工脳の片隅で、まどろみの中でぼんやりとした意識だけの存在になってしまったの」


「そこから・・・どうやって回復したのですか?」


「あなたのおかげよ」


「わたしの?」


「そう、あなたはいつも私の事ばかり考えていたでしょう?二人の思い出を何度も思い返したり。頭の中で私に話しかけたり・・・そのおかげで私の意識は次第にはっきりしたものになっていったのよ」


 確かに・・・あの頃のわたしは、お嬢様との思い出を繰り返し思い出していました。


「そして、きっかけとなったのは私達の生身の体のお葬式の時だったわ」


「あの時・・・そういえば、クロエが泣き出した事がありました」


「そうね、私の意識がはっきりしたのはあの時からだったわ。あなたの感情が頭の中を激しく駆け巡り、目の前でクロエが泣いていた。そして、目の前には静かに眠る自分の姿・・・最初は状況が分からなかった。でもあなたの記憶と感情の奔流から、次第に状況を知る事が出来た」


「クロエは・・・何故泣いていたのでしょう?」


「今このクロエの体に入ってみてわかったわ。当時のクロエには自我は無かったけどそれまでの『お嬢様』の記憶は共有していた。あの時は自分が死んでしまって、その前で泣いている『ジュリエッタ』を見て、『ジュリエッタ』との別れだと認識し、悲しみを表現すべきだと判断していたみたいね」


「クロエに自我が目覚めていたわけではないのですね?」


「ええ、でもあの時、あなたとクロエは、涙に濡れた手で遺体に触れたでしょう?」


「・・・よく覚えていませんが・・・そうだったかもしれません」


「その時に、遺体を介して一瞬だけ『ジュリエッタ』と『クロエ』がリンクしたのよ」


「・・・気が付きませんでした・・・」


「あなたはお嬢様とのお別れの事で意識がいっぱいになっていたので、その時は私が通信の管理を行ったの。その時にクロエの持っている記憶の一部と、生身の体の最後の記憶が流れ込んできたわ」


「生身の体の記憶が・・・ですか?でも生身の体は既に脳機能が停止していたのでは?」


「脳に埋め込まれた回路の通信バッファに通信履歴と最後のデータが残っていたの。核攻撃で無線通信途絶えてから、完全に脳が死ぬまでの間に何があったのかもね」


「・・・あの後・・・脳はまだ生きていたのですか?」


「そうよ、中性子爆弾の放射線によって、脳の機能の大半は一瞬で停止してしまったけど、僅かに深層意識は残っていたの。そこにすぐあなたが駆けつけて救命処置を始めたでしょう?そのおかげで、脳が完全に死ぬまで少し時間が出来たの」


「あの時、まだお嬢様が生きていたなんて・・・」


 自分の事のはずなのですが、今のわたしには、やはりアンドロイドから見た風景が、自分の事の様に感じてしまいます」


「薄れゆく意識の中で、『ジュリエッタ』が必死に自分を助けようとしているのがわかったわ。・・・そして、そんな『ジュリエッタ』と一緒にもっと生きたかったと強く願っていた。そんな時、人工呼吸で唇が触れて、回線が繋がったの」


 ・・・そういえば必死にお嬢様の肺に空気を送り込んでいました。


 よく考えたらわたしはお嬢様とキスをしていたのです。


「その時に生身の体の私は、残っていた最後の想いを、『ジュリエッタ』へと受け渡たそうとしていたのよ。でも結局は全てを伝えきる事が出来ずに、最後の思いは通信バッファの中に置き去りになってしまっていたの」


「あの時に、そんな事があったなんて、全然気が付かなかったです」


「あなたはお嬢様を助けようと必死だったものね。もっとも、生身の体の意識はほとんど消えかかっていたから、バッファに残っていたのは深層心理の奥底にあった、本当に一番大事な思いだけだったのだけれどね」




「それは・・・どんな思いだったのですか?」




「それはね・・・」




 クロエがわたしに顔を近づけました。




「ジュリエッタ・・・あなたの事が世界で一番大好きよ!」




 クロエはそう言って、再び,、わたしにキスをしたのです。


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