69話 始まりの日
物心ついた時から、わたしはずっとベッドの上でした。
わたしの体は少し動かすだけでも激しい疲労を感じ、すぐに動けなくなってしまいます。
一日中寝たきりで、身の回りの事は全てメイド達に世話をされ、数日に1回、お医者様が体を診察していきます。
両親と医者の会話から、自分が普通の子と違って生まれつき病気を持っている事を知りました。
そして、おそらく大人になるまで生きなれないという事を悟っていたのです。
両親からその事を直接聞いた事は無かったですが、その態度からそれは間違いないと確信していました。
自分の将来に何の希望も持てなくなったわたしは、何の感情も芽生えず無気力に過ごしていました。
ある日、父親である公王がわたしに尋ねました。
「今一番欲しいものを言ってごらん」
「何もいりません。一番欲しいものはおそらく手に入らないですから」
「それは言ってみないと分からないだろう?とにかく教えてくれ」
「わたしが一番欲しいものは・・・自由に動き回る事が出来る誰よりも丈夫な体と、永遠の命です」
わたしは、父親を困らせようと思って、わざと一番実現性の無い望みを言いました。
「・・・わかった、何とかしよう」
父親は少し困った顔をしながらも、そう言って部屋を出ていこうとしました。
しかし、途中で振り返ってもう一度わたしに問いかけました。
「二番目に欲しいものも聞かせてもらえるかな?」
質問の意図は分かりませんでしたが、少し考えて答えました。
「友達です」
「・・・そうか、手配しよう」
それから数年が過ぎ、わたしの目の前に、かわいらしいアンドロイドが連れてこられました。
「今日から君の専属メイドとなるアンドロイドだ。そして、単なるメイドではなく、君の友人となれるように、最高の性能を持ったAIを搭載している」
そのアンドロイドを見た時は、一目で目を奪われました。
病弱で顔色が悪く、不健康そうなわたしと違い、明るく健康そうで、幸せに満ちた表情のアンドロイドは、わたしがこう成りたかった理想の姿そのものでした。
「この子の名前は君が付けるといい」
父親からそう言われた時、自然とその名前が口から出ました。
「『ジュリエッタ』」
「えっ、それは?」
「この子の名前は『ジュリエッタ』がいいです」
「それは君の・・・まあいい、同じ名前というのも親近感が持てていいのかもしれないな」
父親は少し困惑してからそう答えました。
「さあ、それではこのアンドロイドに名前を与えて、命令するといい」
「はい、お父さま」
わたしはアンドロイドに向かって話しかけました」
「初めまして、あなたの名前は『ジュリエッタ』です。これからよろしくおねがいします」
「初めまして、お嬢様。了解しました。私の名前は『ジュリエッタ』ですね」
アンドロイドはきれいな声で元気にそう答えました。
「お嬢様の事は何とお呼びすれば宜しいでしょうか?」
「『お嬢様』でいいです」
「かしこまりました。お嬢様」
アンドロイドの『ジュリエッタ』はにっこりと微笑んでそう答えました。
「これで2番目の望みは叶ったかな?1番の望みも準備している。楽しみにしていてくれ」
父親は少しだけ安心した表情になっていました。
その日からわたしの身の回りの世話は『ジュリエッタ』が行う様になりました。
このお屋敷には他にもアンドロイドはいましたが、ジュリエッタはこれまでのアンドロイドと違い、まるで人間の様な表情をします。
時々、本当は人間なのかと思ってしまう程です。
むしろお屋敷の他の人間のメイド達の方が、表情を表に出さないように訓練されているのかジュリエッタよりも無表情でした。
ジュリエッタはわたしの友人となれる様に、表情を豊かに表現する様に設定されていたのかもしれません。
そして、その言動はとてもポジティブで、わたしが落ち込んでいるといつも上手に励ましてくれるのです。
いつしか私はジュリエッタと共にいる時間を心地よく感じる様になっていました。
・・・でも、それと同時に、元気でかわいくていつも前向きなジュリエッタを次第に羨ましく思う様になっていたのです。
それからしばらくした頃、わたしに手術を施す事になりました。
脳にサポート回路を埋め込んで、外部の人工脳とリンクするための装置だそうです。
理由は詳しく教えてもらえませんでしたが、わたしの望みをかなえるために必要だという事でした。
手術自体は全身麻酔で行うので、何の苦痛も無く眠っている間に全て終わっているという事でした。
手術台の上で、わたしは麻酔によって深い眠りにつきました。
しかし・・・次に目が覚めた時、わたしはアンドロイドの体の『ジュリエッタ』だったのです。
でも、その時には、過去の人間の体の時の記憶を失っていました。
わたしが持っていた記憶は、アンドロイドの『ジュリエッタ』としての記憶でした。
わたしはアンドロイドの『ジュリエッタ』として、手術後の『お嬢様』のお世話をしました。
「お加減はいかがですか?お嬢様」
「少しだけ傷跡が痛むけど、大丈夫よ、ジュリエッタ」
『お嬢様』は屈託のない笑顔でそう答えました。
・・・そう、記憶が戻った今ならわかります。
お嬢様はこの日から、とてもポジティブな性格に変わったのです。
・・・いえ、このお嬢様の性格は・・・本来のアンドロイド『ジュリエッタ』の性格だったのです。