68話 復活の兆し
目の前でキスをしようとしているバスティアンとクロエを目の当たりにして、わたしは気が付いたのです。
わたしはバスティアンにクロエとキスをしてほしくないし、クロエもバスティアンとキスをしてほしくなかったのです。
クロエがバスティアンとキスをする事によってお嬢様が目覚めるかもしれない。
その可能性に賭けると割り切っていたつもりだったのですが・・・理屈では分かっていても、感情が受け入れられていなかったのです。
その瞬間を見る勇気が無かったわたしは、咄嗟に目をつぶってしまいました。
しかしその時、わたしは後ろから何かに突き飛ばされたのです!
「わわわっ!」
そのままよたよたと前に進んで、目を開けたその目前には・・・
びっくりしてキスを中断してしまったバスティアンとクロエがわたしの方を見ていたのでした。
・・・この状況は・・・?
「どうした?ジュリエッタ?」
バスティアンが心配そうにわたしの顔を覗き込みます。
「いえ・・・何でもありません」
「何でもなくはないだろう?顔色が悪いぞ?」
「わたしには構わず、そのまま続けてください」
「そうもいかないだろう?お前の具合が心配だ。どこか調子が悪いのか?」
「そっ、そんな事ありません!」
「体も細かく震えているし、正常なわけがない。システムのチェックをさせてもらうぞ」
バスティアンはそう言って、わたしに顔を近づけてきました。
これはっ!・・・キスをしてわたしのシステムのチェックを行うつもりです!
ダメです!
今頭の中を覗かれたら、わたしのバスティアンへの気持ちが全部知られてしまいます。
・・・それに、クロエの目の前でわたしとバスティアンがキスをしたら・・・クロエの中のお嬢様の意識は・・・失恋のショックで目覚めなくなってしまうかもしれません!
「や、やめてください!」
わたしは両手でバスティアンの胸を押して顔を遠ざけました。
お嬢様のために、わたしの想いがバスティアンに知られてしまう訳にはいかないのです。
「わたしは・・・本当に大丈夫ですから・・・お嬢様とのキスを続けてください・・・」
「・・・そんな状況じゃないだろう?泣いているじゃないか?」
「えっ?」
・・・言われるまで気が付きませんでした。
わたしの目から涙がこぼれ落ちていたのです。
「どう見てもシステムが正常に作動していない。やはりチェックするぞ」
バスティアンが力強くわたしを腕に抱いて顔を近づけてきました。
今のわたしの力では逃れる事が出来ません。
・・・このままではクロエの目の前でバスティアンにキスをされてしまいます。
どうしてこんな事になってしまったのでしょう?
わたしの気持ちはぐちゃぐちゃになって、更に涙が溢れてきました。
すると・・・バスティアンとわたしの顔の間にすっと手が入ってきました。
それはクロエの手です。
そしてクロエは反対の手をわたしの頭の後ろに添えて、バスティアンからわたしを受け取ったのです。
「・・・クロエ?」
クロエは・・・一体何をしようとしているのでしょう?
状況がわからず戸惑っていると・・・
クロエが、わたしにキスをしたのです。
その瞬間、わたしの周りの風景が切り替わりました。
・・・これは・・・
そこは同じ中庭の庭園なのですが、周りには誰もいません。
いるのはわたしともう一人・・・お嬢様だけです。
「ふふふっ、ようやく自分の気持ちに素直になったのね」
「お嬢様・・・わたしはお嬢様の目覚めを邪魔してしまいました・・・」
「心配はいらないわ・・・だって・・・とっくに目覚めていたのですもの」
「えっ?・・・どういう事ですか?」
「ふふっ、あなたには記憶が無かったのだから仕方ないわね」
「・・・記憶?・・・わたしにはあの日、自我が目覚めてからの記憶がしっかりと残っています。それにその前のお嬢様と過ごした記憶も鮮明に覚えています」
「そうね・・・でもそれが全てでは無いのよ?」
「他にも記憶が?・・・それは、わたしがこの屋敷に来る前の記憶ですか?」
「説明するよりも思い出してもらった方が早いわね。これからあなたの記憶をその体に返します」
「記憶を・・・返す?」
「そう、あなたが忘れてしまったあなたの記憶を・・・全て返します」
お嬢様がそう言うと・・・わたしの頭の中に次から次へと過去の想いでがなだれ込んできたのです!
最初はお嬢様が亡くなる直前の記憶です。
それから次第に過去の思い出にさかのぼっていきます。
これは、わたしも覚えている内容です。
どれもお嬢様との大切な思い出です。
やがて記憶はお嬢様と初めて出会った時になりました。
お嬢様はわたしの事をとても気に入ってくれて、喜んでいたのを覚えています。
そして・・・記憶は更に過去へと遡っていきます。
・・・でもこれは・・・わたしと出会う前のお嬢様の記憶ではないでしょうか?
なぜわたしが、お嬢様の過去を知る必要があるのでしょうか?
不思議に思いながら、お嬢様の過去の記憶を受け入れていきました。
そして・・・全ての記憶を受け入れた時に、ようやく気が付いたのです。
わたし自身が・・・・・不治の病に侵された公王の娘、『ジュリエッタ』である事に・・・