66話 恋の行方
バスティアンとクロエの雰囲気は日に日に良くなって、今ではすっかり恋人同士の様に見えます。
相変わらずクロエは無表情なのですが、バスティアンの行動がすっかり恋人をエスコートする時の彼氏の振る舞いなので十分にそう見えるのです。
・・・それは特訓の時にわたしがこうして欲しいという要求をバスティアンが取り入れてくれた結果なので当然と言えば当然なのですが・・・
ちょっとだけクロエが羨ましいと思ってしまうのです。
「クロエが羨ましいとか思ってんだろ?」
そんな事を考えていたらヴァーミリオンにそのままズバリ言い当てられてしまいました。
「そっ!そんな事ありません!」
「とぼけんなよ?思いっきり顔に出てるぜ?」
「えっ?そんなはずは・・・」
わたしは慌てて自分の顔をペタペタ触りました。
「あはは、その反応で認めてる様なもんだぜ?」
・・・だまされました。
「なあ、いいのか?あんたはそれで?」
「何がですか?」
「あいつとクロエが恋人同士になって、お嬢様が復活して、あんたはあいつの事は諦めるのか?」
「・・・わたしは・・・お嬢様が生き返ってくれるのなら、それが何より一番嬉しいんです。そのためだったら・・・なんだってします」
「そっか・・・だがそれで、生き返ったお嬢様は喜んでくれるのか?」
「えっ?」
「あんたの話を聞いたところじゃ、そのお嬢様ってのはあんたの事をえらく大事に思っている気がするんだが、そんなあんたが自分の気持ちを押し殺してお嬢様を復活させたと知ったら、お嬢様はどう思うんだろうな?」
・・・そうです、お嬢様はわたしに幸せになって欲しいといつも言っていました。
わたしが自分の気持ちを殺してお嬢様を助けたと知ったらどんな気持ちになるのでしょうか?
お嬢様にわたしの気持ちを悟られる訳には・・・いえ、お嬢様は既にわたしの気持ちを知っているのではないでしょうか?
夢の中のお嬢様はわたしの作り上げた妄想なのかもしれませんが、実際にお嬢様なら気がついてしまいそうな気がします。
「いったいどうすれば・・・」
このままでは意識が戻ったお嬢様はひどく傷ついてしまうかも知れません。
「だからよ、あんたが俺と付き合っちまえばいいんじゃねえの?」
「こんな時に何を言ってるんですか?」
「いや、いい方法だと思うぜ?あんたが俺と恋人同士になっていれば、お嬢様も遠慮なくあいつと付き合えるんじゃねえの?そうでなきゃ、泥沼の愛憎劇が始まっちまうかもしれねえぜ?」
「そんな事あるわけが・・・」
泥沼にはならないまでも、お嬢様との関係が気まずくなってしまうかもしれません。
それでは折角お嬢様が生き返っても、以前のあの幸せな時間は戻らないかもしれないのです。
わたしはふとヴァーミリオンの顔を見ました。
ヴァーミリオンはいつも通り、自信に満ちた笑顔でわたしを見つめています。
口には出しませんが最近はヴァーミリオンと一緒にいる事がなんだか自然に思えて、全然不快ではないのです。
それどころか、傍にいてくれるとなんだか安心できるのです。
これがまだ、恋と呼べるかどうかわかりませんが、その選択肢は・・・もしかしたらありえるのかもしれません。
「・・・もし・・・お嬢様が無事に目覚めてバスティアンと恋人同士になったら・・・お願いするかもしれません・・・」
「やったぜ!ほんとか?」
「もちろん、付き合っているふりをするだけですよ?そこは勘違いしないで下さい」
「ああ、それでもかまわねえぜ」
「本当にふりをするだけですからね、本当に勘違いしないで下さい」
「ああ、わかってるよ。そういう事にしといてやる」
・・・本当にわかってるのでしょうか?
「だが、肝心のクロエの感情に変化がねえみたいだな?」
そうなのです。
この計画は、クロエがバスティアンに恋する事によってお嬢様の生前の意識とシンクロし、クロエをお嬢様として目覚めさせる事が目的なのです。
そのためにはクロエがバスティアンに恋をしなければ、事は進展しないのです。
「やっぱり強引にキスしちまうしかねえんじゃねえの?」
「強引にはいけません。女の子は無理にそういう事をされると気持ちが離れていくものです」
「そうか?あんたは結果的に俺に好意を抱いてるじゃねえの?」
「抱いてません!」
「でもよ、上手く雰囲気を作って盛り上げれば大丈夫なんじゃねえの?お嬢様はあいつに好意を持ってるのはま違い無いんだしよ?好きな相手からのキスなら案外待ち望んでるかもしれねえぜ?」
確かに・・・最高のシチュエーションで好きな人からキスされるのだったら、素直に受け入れてしまうかもしれません。
今まで何度かバスティアンとキスした事は有りましたが、いつも事務的な物で、あまりいい雰囲気ではありませんでした。
デートの最後に素敵な場所で愛を囁かれながらキスを迫られたら・・・そのまま受け入れてしまう気がします。
「なあ、これって、このままあんたにキスしてもいいって事なのか?」
「えっ?」
わたしはバスティアンとのキスを想像しながらいつの間にか目をつぶって唇を突き出していたのです。
それもヴァーミリオンの目の前で!
「違います!そういう事ではありません!」
・・・わたしは一体何をやっているのでしょう?




