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53話 自我の継承

 お嬢様の自我をクロエの中に目覚めさせるためにわたしが必要だった?


 どういう事でしょう?


「アンドロイドのAIに自我を持たせるためには、人工脳がアンドロイドボディと共に時間をかけて成長する事が必須条件だという事がわかった。だから、クロエの人工脳に自我を目覚めさせるにはクロエのボディと共に成長させる必要がある。でもそれではクロエのAIはお嬢様と別の人格になってしまう。そこで、お嬢様の脳とクロエの人工脳をリンクし、記憶や経験を共有して一緒に成長させる事になったの」


「お嬢様とクロエはリンクしていたのですか?一体いつから?」


「ジュリエッタがお嬢様付きになった時からよ」


「そんな時から・・・」


「この部屋はお嬢様の部屋の真下にあるの。あなたがお嬢様と過ごしている間、クロエのAIはここでお嬢様の脳に埋め込まれたチップを介してお嬢様の脳とリンクして同じ経験をしていたのよ」


「そうだったんですね・・・でもどうして私が必要だったんですか?」


「お嬢さまの命が尽きるまでの時間、クロエのAIにはお嬢様として出来るだけ多くの経験を積ませる必要があったの。でも殆どベッドで寝たきりのお嬢様に今から人格形成に必要な印象に残る経験を積ませる事は難しい。そこで常に一緒に過ごし、共に成長する話し相手がいた方がいいという事になったのよ」


「それが・・・わたしがお嬢様付きになった理由だったのですね」


「そう、あなたは単なるお世話係ではなくて、お嬢様と共に数多くの経験を積み、思い出を作るために必要だったの」


「お嬢様は・・・その事を知っていたのでしょうか?」


「本人にその事を話してしまうと人格形成に歪が出る可能性があるから知らせてはいなかったわ。ただ、もしかしたら気が付いていたかもしれないわね。クロエとのリンクがお嬢様自身に何か影響していたかもしれないし・・・でもそれは本人にしかわからないわね」


「・・・お嬢様は・・・わたしの事をどう思っていたのでしょう?」


「それは安心して。診察の時などお嬢様はジュリエッタの事をそれは嬉しそうに話していたから」


「わたしの事を・・・ですか?」


「そうだよ!お嬢様はジュリ事が大好きだったって事はみんなが知ってるよ!」


 エミリーもわたしを励ましてくれました。




「すべては順調だった・・・あの日が来るまでは・・・」




 ・・・そうです。


 あの日、核攻撃によってお嬢様はお亡くなりになってしまった。


 ・・・このプロジェクトはどうなってしまったのでしょう?




「お嬢様は・・・クロエはどうなったのですか?」


「お嬢様に残された寿命があと僅かだという事は分かっていました。その前にクロエのAIも十分に成長し、お嬢様の意識を受け入れる準備が整うはずだったのですが・・・」


「・・・その前にお嬢様が亡くなってしまった・・・」


「そう、最後のステップが完了する前に、お嬢様はお亡くなりになり、クロエとのリンクも絶たれてしまった」


「それでは・・・クロエは今どういう状態なのですか?」


「クロエは、お嬢様の記憶を持っているだけの、自我に目覚めていないただのAIのままなのです」


「でも!・・・クロエはお嬢様のお葬式の時に泣いていました・・・あれはいったい?」


 そうです。

 お嬢様の遺体を埋葬する時に、クロエは泣き出していたのです。


「単にクロエのAIがお葬式では泣くものと判断して泣いただけだと思います」


 ・・・そうなのでしょうか?


 あの時、わたしはクロエと共感できた様な気がしたのです。

 それは自分が死んでしまった事を悲しむお嬢様の感情だったのではないでしょうか?




「クロエは・・・これからお嬢様として目覚める事はあるのでしょうか?」




「・・・問題はそこなの」


 パトリシアは一旦視線を下げ、それからクロエの方を見ました。


「本体であれば、あの後、リンクしたままでお嬢様のニューロン情報をクロエのAIに再度上書きしてクロエのAIに自我を目覚めさせる事により、お嬢様の意識は本来の体とクロエのボディの両方に共存するはずだった。そうすれば嬢様の肉体が息を引き取った後も、お嬢様の意識は継続してクロエのAIの中に存在する予定だったの」


「でも・・・それが間に合わなかったという事ですよね?」


「そう、結局クロエの中にお嬢様の意識は存在していない。計画は失敗してしまった・・・」



「そんな・・・クロエの中にはお嬢様の思い出が残っているのに・・・」


 わたしはクロエの頬に手を当て、その瞳を覗き込みました。


 あらためて見ると、クロエの顔はどことなくお嬢様に似ています。

 あえて外観の似ているアンドロイドを選んだのかもしれません。



 クロエはいつも通り無表情のまま、わたしの顔を見つめ返しています。


 お嬢様の記憶は持っていても、クロエはお嬢様ではないのです。




「どうにかならないのでしょうか?・・・もう、お嬢様を目覚めさせる事は出来ないのでしょうか?」


「可能性が無い訳ではないわ」


「本当ですか?」


「クロエのAIを自我に目覚めさせれば、その人格はお嬢様の記憶を持ち、お嬢様と全く同じ性格で目覚める可能性はあります」


「それは可能なのですか?」


「ただし・・・それはあくまでもお嬢様の人格のコピーであり、生前のお嬢様が生き返った訳では無いという事です」


「コピー?・・・それは、お嬢様本人では無いのですか?」


「そう、お嬢様自身の主観的な自我は、あの瞬間に亡くなってしまったのよ。それは紛れもない事実なの。これからクロエの中に目覚める自我は、自分がお嬢様だと認識するだろうし、ジュリエッタから見ればお嬢様がそのまま生き返った様に見えるかもしれない。でも、それはあくまでもお嬢様のコピーでしかなくて、亡くなってしまったお嬢様自身ではないのよ」


「・・・そんな・・・」




「ジュリエッタが望むならそれは可能ではあるのだけど・・・あなたはそれでもいいの?」




 ・・・お嬢様の記憶と人格を受け継いだ別の人・・・


 本当のお嬢様は死んでしまったというのに、それを忘れてもう一人のお嬢様をわたしは受け入れる事が出来るのでしょうか?




「わたしは・・・受け入れられません」


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