52話 アンドロイドの人格
「お嬢様が・・・クロエの中に?」
「ええ、このプロジェクトは元々、生まれながらにして長く生きられない事がわかっていたお嬢様のために、公王様が立ち上げたものだったんだよ」
お嬢様がクロエの中で生きてるかもしれない。
わたしはその事で頭がいっぱいになっていました。
「それで!お嬢様は生き返るんですか!」
「それは・・・まだどうなるかわからないんだよ」
エミリーは言葉を濁してしまいました。
「どういう事ですか?バスティアンも知っていたのですね?」
「ああ、知っていた」
「どうして・・・わたしには秘密だったんです?」
「今度はうちが説明しますね」
いつの間にかパトリシアも部屋に入って来ていました。
「うちら8体の一級アンドロイドは、全てこのプロジェクトのために集められていたんです」
「8体・・・全員がですか?」
「そうでなければ、こんな山奥の小さな国に、世界最高性能の一級アンドロイドが8体も揃う訳ないでしょう?」
「まあ、ジュリとクロエ以外は中古だけどね?」
「そう言わないの、エミリー。中古といっても性能はそんなに変わらないんだから」
「はいはい」
「それにうちらが中古だったからこのプロジェクトは成功の糸口が掴めたんですから」
「まあ、それはそうだよね」
パトリシアは再び俺の方身向き直った。
「実は一番最初に用意されたアンドロイドがクロエだったの」
「そうなのですか?クロエがこの国に来たのはわたしより後だと思っていました」
「クロエはずっとこの実験室で眠っていましたからね」
「そうだったのですか」
「まず最初にクロエにお嬢様の記憶と人格を移植する実験を行ったの。でも実験は失敗で、クロエにお嬢様の自我は目覚めなかった。まっさらな状態の人工脳に人間の脳情報をインプットしただけでは何も起こらなかったのよ。そこで原因を解明のために中古の一級アンドロイドを集めて実験を行った」
「それがパトリシアたちなのですか」
「そう、もっともうちは元々このプロジェクトのメイン研究者の助手をやっていたんだけど・・・人格移植実験の結果、自我が目覚めて今のうちになった」
「それじゃエミリーと同じ様に?」
「そう、エミリーの結果を見たうちのマスターが自分の人格をうちに移植しようとしたけど、人格の移植は失敗して、記憶だけを受け継いだんです。でもそれもマスターの予想の範囲内で、仮に失敗しても知識を受け継いだ助手がいるだけで研究がはかどるからそれで良かったそうです」
「それでパトリシアは医学やアンドロイド工学の多方面の知識を豊富に持っていたのですね」
「そう、でもそれは単なる失敗という訳でもなくて、目的達成のための新たな可能性のきっかけが見つかったんです」
「可能性というのは?」
「ここからは少し難しい話になるのだけど・・・ジュリエッタ、人間の自我ってどこにあると思う?」
「人間の自我っていうと・・・、つまり心の事ですか?」
「何と言ってもいい。自分が自分であると認識している自分の意識って事になるのかな?・・・今のジュリエッタにはそれがあるでしょう?」
・・・今さら否定する事に意味は無さそうです。
「・・・はい・・・わたしは自分の意識を持っています。これが人間の自我とか心とかいうものと同じなのかはわかりませんが・・・」
「ふふ、ようやく認めたね・・・まあ、わかっていた事なのだけど」
「知ってたんですか?」
「ええ、もちろん。だってジュリエッタはこのプロジェクトが人工的に自我に目覚めさせる事に成功した初めてのアンドロイドなんだもの」
「わたしが?人工的に・・・ですか?わたしの、この意識は人工的に作られたものという事なのでしょうか?」
「ふふ、勘違いしないでね。自我を人工的に作ったらそれはもう自我ではないでしょう?あくまでも目覚めさせる事に意味があるの」
「でも、パトリシアやエミリーにも自我があるんですよね?何が違うんですか?」
「うちらのは偶然の産物よ。それに純粋にうちらの自我でもない。アンドロイドのAIと別の人間の人格が融合したいびつなものよ」
「でも、パトリシア達は自分をアンドロイドとして自覚しているんですよね」
「そうね、そこが一番の課題だったの。目覚めた自我は、過去の記憶から自分が何者か判断するしかない。うちらはアンドロイドのAIとして成長してきた記憶と、コピー元の人間の記憶の両方を持ってる。なのに、このケースでは必ず目覚めた自我は自分をアンドロイドだと認識してしまう・・・何故だかわかる?」
「ええと・・・ボディがアンドロイドのボディだからでしょうか?」
「正解。AIに自我が発生するメカニズム自体が完全に解明されたわけでは無いけれど、アンドロイドのボディと人工脳に密接に関係している事はわかったの」
「一級アンドロイドのボディでないと自我が芽生えないっていう話でしたよね?」
「そう、人間の脳情報の移植は単なるきっかけに過ぎないの。それまでボディと共に成長して来たAIには自我が芽生えるための下地が出来ていて、そこに人間の脳の情報をインプットされる事によりアンドロイドの自我が目覚めるという事まではわかったわ」
「でも・・・そうすると人間の自我を持ったままアンドロイドのボディで目覚める事は出来ないという事ですか?」
「・・・そう、そこが次の問題ね」
パトリシアは深くため息をついた。
「うちらはアプローチを変える事にした。そのために用意されたのが、あなた、ジュリエッタだったのよ」




