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5話 自我の目覚め

 わたしは今朝目覚めた時から、『自分』を『自分』として認識していたのです。


 これはどういう事なのでしょうか?


 昨日までの行動記録は人工脳のメモリーに残っています。

 ただそれは、自身の行動の履歴にすぎません。

 しかし、今朝目覚めて以降の記録には、その時自分が考えた事も記録として残っているのです。

 それは昨日までの記録には残っていない情報です。


 朝目覚めてからの起動シーケンスなど、毎日同じ事を繰り返していたはずなのですが、昨日までの記録には無かった、自分の感想や考察、それにその時の感情など、今までになかったパラメータが記録の中に追加されているのです。


 これが昨日のアップデートの内容なのでしょうか?




「バスティアン、昨日OSのアップデートがありましたか?」


 わたしは傍にいたバスティアンに聞いてみました。

 もしかしたら彼にも同じ事が起きているかもしれません。


「いや、昨日は特にアップデートは行われていない」


「・・・そうですか・・・」


 バスティアンは、私とは別の国で作られたアンドロイドです。

 しかも軍用であれば、民生品のアンドロイドとは全く異なるOSを使用している可能性もあります。

 アンドロイドのOSの基本的な仕様は全世界で統一規格になっていたはずですが、追加機能やカスタイマイズはメーカーごとに異なった仕様になっているのです。


「バスティアンは主である人間たちが亡くなって、悲しくはないですか?」


「さっきから何を言っている。悲しみの表現のデータベースは持っているが、今はその表現をする対象である人間がいない。悲しみを表現をする必要が無い」



 ・・・やはり、バスティアンはわたしの様に『自我』や『感情』を持ったわけではない様です。


「そうですね、どうやらわたしは、昨日のアップデートでメモリーの内容に一部不整合が発生していた様です」


 バスティアンが私と同じ状態になっていないのであれば、余計な事は知られない方が良さそうです。

 アンドロイドやロボットはプログラムに致命的な障害が発生したと診断されると、所有者やメーカーの判断でシステムをリセットされる場合があります。


 現在、その権限を持っているのはバスティアンという事になるので、わたしのシステムがイレギュラーな状態である事を知られてしまうと、システムリセットをかけられてしまうかもしれません。

 そうなったら、お嬢様の記憶も全て消えてしまいます。


「そうか?業務には支障は無いのだな?」


「はい、たった今セルフチェックをかけました。メモリーの修復は完了しましたので、もう問題はありません」


「それではお前も人間たちの遺体の回収に参加しろ」


「はい、かしこまりました」




 わたしは、これまでと変化が無いふりをする事にしました。


 つまり、わたしはアンドロイドであるにもかかわらず嘘をつく事が出来てしまったのです。

 本来、アンドロイドやロボットは主人や上司に対して虚偽の発言をする事は出来ない様になっています。

 これは明らかにアンドロイドとして正常に機能しなくなっている状況です。

 今のわたしの状態をバスティアンや他のアンドロイドに悟られない様にしなければなりません。


 できればお嬢様の遺体のそばから離れたくはなかったのですが、感情を表に出した行動をとる訳にはいきませんので、仕方なくお嬢様の遺体から離れて、亡くなった他の人間の遺体の回収に向かう事にしました。




 遺体回収の指揮は、メイドアンドロイドのリーダーであるレイチェルが執り行っていました。


 レイチェルは、長い縦ロールの金髪のアンドロイドで、このお城に来る前はとある大手企業の社長の秘書をやっていたそうです。

 その社長が無くなって、社長が交代した際に払下げでこの国のお城にメイドアンドロイドとして引き取られたそうです。


 わたしはレイチェルのところに行って指示を仰ぎました。


「レイチェル、わたしも手伝います。何をすればいいですか?」


「ジュリエッタですね、それではお城の西側の客間の確認をお願いします」


「かしこまりました」


 わたしはレイチェルと極めて事務的な会話をしました。


 今の会話の感じだと、やはりレイチェルも私の様に感情が芽生えた訳では無さそうです。


 いえ、もしかしたらわたしと同じ様に、周りに悟られない様にしているのかもしれません。

 ただ、それを確認する事は出来ません。




 わたしはレイチェルの指示通りに、お城の西側の客間の確認に向かいました。


 途中、人間の遺体を運んでいるヒューマノイドと何度かすれ違いました。

 運ばれている遺体の中に見覚えのある人がいました。


 過去に何度か会話を交わした事のある人です。


 その時は、私には感情は無く、プログラムされた受け答えをしただけですが、標準で実装されている基本的な感情表現をしているわたしに、とても親身にしてくれた人です。

 おそらくその人は、わたしが本当に感情を持っていると思って対応していたのかもしれません。

 しかし、その時の記録にはわたし自身の思考は残っていないのです。


 大広間に寝かされていた人間たちも見覚えのある人ばかりでした。

 本当に全ての人間が亡くなってしまったのだと思うと、何だかやるせない気持ちになりました。


 わたしはそれほど多くの人と会話する機会は無かったのですが、会話した人の中にはさっきの人の様に、わたしに対して人間と同じ様に接してくれた人がいました。


 その時の自分には感情が無く、自分が感情を持った今となって、既にその人間たちがいないのです。




 わたしは、なんとも得体のしれない喪失感を感じていました。


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