42話 アンドロイドの心
「あるよ」
心があるかという質問に、エミリーはあっさりそう答えました。
「やっぱり!エミリーにも心があるのですね!」
わたしだけではなく、エミリーもわたしと同じ様に自分を自分だと認識しているという事です。
「うん、そうだけど・・・それってつまり、ジュリも自分に心が有るって自覚してるって事だよね?」
「えっ?ええ、そうだと・・・思います」
「そっか・・・ジュリは本当にそう思ってるんだ?」
「ええと・・・エミリーもそうなのですよね?」
「あたしって、対人コミュニーケーション特化型のAIを搭載しててさ、会話している相手が人間と認識した場合、自分も人間だという設定で会話する様になっていて・・・さっきのはああいう質問をされたらそう答える様にプログラミングされているんだ」
「それって・・・」
「つまり、本当に心があるわけでなくても、さっきの質問には心があるって答える様に出来てるって事。でもジュリは違うよね?」
あれ?・・・わたし、何か失敗したかもしれません。
「いえ、私もエミリーと一緒で・・・」
「ごまかさなくてもいいよ。ジュリには人間と同じ心があるってわかってたから」
「えっ?どうしてですか」
「あたしのコミュニケーションアプリには、相手が生身の人間かAIか見分ける機能があってさ、それがジュリの事は生身の人間だと判定しちゃうんだよね」
「えっ、でもそれってわたしだけですか?」
「他のアンドロイド達は全員、ちゃんと人間ではなくアンドロイドだって判定が出てるよ?」
「そんな・・・それってどうやって判定してるんですか?そもそもエミリーはわたしがアンドロイドだって知ってますよね?」
わたしたちアンドロイドには、他のアンドロイドやロボットとの間で相互の存在を確認するためのビーコンが搭載されており、アンドロイドと人間を誤認識する事は有り得ないのです。
もっとも、今は電波妨害のためにその機能は使えなくなっているのですが、それ以前に認証した結果が残っているはずです。
「さあ、どうなってるんだろうね?あたしの使ってるアプリは、どうやら会話の内容や表情の変化から読み取ってるみたいだけど詳しい理屈はわかんないよ。、あたしはアプリの結果を見てるだけだからね。でも同じ機能を持ってるキャサリンもあたしと同じ結果だったみたいだよ?確かにハードウェア的にジュリの事はアンドロイドだって認識してるから、あたしのシステムもちょっと混乱してるけど、あたしのAIって結構アバウトだから、それはそれなりに処理しちゃうんだよね」
「そんな・・・」
わたしに心がある事は、キャサリンにも知られてしまっていた様です。
「でもさ!そうしたらジュリは心を持った初めてのアンドロイドって事じゃん!それってすごい事だよ!」
「・・・そうなんでしょうか?・・・それは、人に仕えるアンドロイドとして不良品という事なのではないでしょうか?」
「それを判断する人間なんて、もういなくなっちゃったじゃない?」
「それはそうなんですが・・・みんなに知られたら初期化されてしまうのではないかと思ってました」
「そんな理由で初期化なんてしないよ。みんなジュリが大好きだからね。それよりもさ!『心』があるってどんな感じ?」
「どうって言っても・・・良く分からないです。自分を自分だと認識してるというくらいで・・・」
「それはあたしたちもそう認識してるよね?何が違うのかな」
エミリーは興味津々に聞いてきます。
むしろ、このエミリーに心が無いというのが信じられません。
「今のわたしは、過去の自分の行動を客観的に振り返る事が出来ます。そしてその当時の自分はプログラムに沿って行動しているだけで、実際には何も感じていなかった事が今では分かります。あの時はAIが判断してリアクションしてたけど、今の自分だったら、その時はどう感じてどう返答しただろうなとか、考える事がよくあります」
「それって、AIが普段やってる事と変わりないんだけど、更にそれを客観的に見ている自分がいるって事なのかな?」
「それも少し違います。むしろ客観的ではなくなってしまったというか、そのAI自体がわたしで、そこからの目線で物事を見ている感じです」
言っていて更に分からなくなってしまいました。
「そういえば、エミリーはヴァーミリオンの事もアンドロイドだと認識してるのですか?」
ちょっと混乱してきたので話題を変えました。
「それなんだけど・・・・あいつだけはどうもはっきりしないんだよね」
「はっきりしないっていうのは?」
「ジュリの事は全くぶれずにはっきりと『人間』て判定されるんだけど、あいつだけは結果が揺れてるっていうか、普段は『アンドロイド』なんだけど、時々『人間』って判定される事もあるし『判定不能』って出る事もあって、どうも安定しなくって・・・まあ、お遊びアプリだからこんなものかなって思ってるんだけど」
「それって、ヴァーミリオンには心が芽生え始めてるって事でしょうか?」
「さあ?それについてはあたしの担当の日に詳しく調べてみるよ。会話の回数が増えるほど結果が安定して来るから」
「お願いします」
「なになに?ジュリはヴァーミリオンの事が気になるの?」
「そんなわけありません!」
「ふふふっ、ちなみにバスティアンの事も知りたい?」
「・・・いえ、別に・・・」
「バスティアンはね・・・完璧にアンドロイドだよ。むしろロボット」
・・・それは普段の言動からわたしもそう感じていました。
「でもねえ・・・」
エミリーが含み笑いを浮かべながら言いました。
「ジュリとキスしてる時だけ、一瞬『人間』って判定が出るんだよ」




