41話 人格の判断
「お帰りなさい。ジュリエッタ」
目が覚めるとベッドの傍らにお嬢様がいました。
「あれ?わたしは・・・お嬢様のベッドで寝てしまったのでしょうか?」
「いいのよ、ジュリエッタ。長旅で疲れていたのでしょう?」
お嬢様はベッドの端に腰かけて私を覗き込んでいます。
「わたしはアンドロイドですので疲れるという事は無いはずですが?」
「そんな事ないわ。アンドロイドだって疲れる事はあるわよ?特に心がね」
「・・・それこそアンドロイドなので心などありません」
「そうかしら?あなたは今、色々な事で悩んでいるでしょう?」
「悩み?ですか?」
「バスティアンとの関係の事もそうだけど、今あなたが一番気にしているのは、あの赤髪の捕虜の事でしょう?」
「・・・お嬢様は何でもお見通しなのですね?」
「ええ、ジュリエッタの事なら、なんでもお見通しよ」
わたしは悩みをお嬢様に相談する事にしました。
「ジュリエッタは本音ではどうしたいと思ってるの」
「あの人の事は今でも少し怖いですし、ちょっと苦手です。だからと言って、人格を消してしまうのはどうなのかと思ってしまいます。あの人がわたし達にひどい事をしようとしたのは仕事であって、今はその仕事も無くなってわたしたちに危害を加える事が無いのなら、人格を消してしまうのはかわいそうな気がしてしまいます」
「それはジュリエッタがあの人にも自分と同じ様に心があると思っているというかしら?」
「そんな事は・・・そもそもアンドロイドのわたしやあの人に心なんて・・・」
「いまさら何を言ってるのかしら?今、私とこうしてお話しているのはジュリエッタの心ではないのかしら?」
「わたしの・・・心?」
「ジュリエッタは今、こうして私と会えてどう思っているのかしら?」
「とっても嬉しいです!これが夢じゃなければいいと思っています!」
「ふふふっ、『嬉しい』って思ってくれて私も嬉しいわ。でもジュリエッタはこれが『夢』だと思ってるのね?」
・・・そうです。実際にはお嬢様は死んでしまっているのです。
こうしてお嬢様とお話しする事など、本来は有り得ない事のです。
「夢では・・・ないのですか?」
「そうね、夢だともいえるし、違うともいえるわね」
夢ではないとすると・・・それではこれは一体?
「さっきの質問だけど、ジュリエッタはヴァーミリオンというあのアンドロイドにも自分と同じように心があるのではないかと思っているのでしょう?それに、バスティアンや他のアンドロイドにも心が有ってほしいと思っているのよね?」
「それは・・・・・確かにそうです」
このお嬢様に隠し事ができない事は充分に理解出来ました。
「ふふふ、ジュリエッタがそう思っているのなら、それで良いのではないかしら?」
「でも、実際にそうなのかわかりません」
「そんなの人間同士だってそうよ?自分以外の人間に本当に心があるかどうかなんてわからないもの。だからジュリエッタがそう思うのならそれが正解なのよ」
・・・・・そう・・・なのでしょうか?
目が覚めると、わたしはお嬢様のベッドの上で寝ていました。
今度は本当に目が覚めたみたいです。
それにしてもさっきのは何だったのでしょうか?
これまでに何度もこの様な夢を見ていますが、夢の中のお嬢様はまるで今のわたしの事を何でも知っているみたいでした。
こんな事が起こるのは、わたしに『心』というものが芽生えたからなのでしょうか?
でも、夢の中のお嬢様のおかげで少し気持ちの整理が出来てきました。
今日からわたし達は、ヴァーミリオンの今後の扱いを決めるために交代で監視をしながら彼の適正を見極める事になりました。
順番はレイチェルが決めました。
一日目は城の案内や決まり事の説明のためにレイチェルが担当します。
わたしの担当は最終日です。
「へへっ、最初は美人のねえさんか。こいつは大人の付き合いが期待できそうだ」
「そういうのはキャサリンにお任せします。わたくしは馴れ合うつもりはありません」
「けっ、お堅いねえ?・・・まあそういうのもそそるぜ」
「いいからついてきなさい」
「へいへい、仰せのままに、女王様」
「・・・・・」
レイチェルはヴァーミリオンの軽口に全く動じずに、彼を連れて行きました。
「ねえねえ、ジュリは彼の事はどう思う?」
エミリーがわたしに尋ねました。
「どうと言われても、最初は怖い人と思ってましたが・・・今は良く分かりません」
「そうだよね?ちょっと掴み用ようがないよね。あたしは最初の襲撃の事は知らないんだけど、ちょっと軽薄で何考えてるかわからないけど、悪い奴って感じはしないんだよね」
「そのためにこの一週間で彼を観察して判断するという事ですよね」
「まあ、あたしたちは一緒に旅をしてきて今更ってのもあるけどね。特にジュリは一番付き合いが長いじゃない?」
「長いって言っても大して変わりません」
「まあ、ジュリはバスティアンの事で頭がいっぱいだもんね」
「そんな事ありません!」
エミリーはいつもわたしとバスティアンの事ばかり聞いてきます。
そういえばエミリーは過去に恋愛をした事があると言っていました。
それって、やっぱり心が有るという事なのでしょうか?
「エミリーは、自分に心があると思いますか?」
わたしは、つい、そんな質問をしてしまいました。
「あるよ」
エミリーはあっさりそう答えたのでした。