4話 一縷の望み
お嬢様を抱きかかえて大広間に飛び込んだわたしの前には、夥しい数の人間が横たえられていました。
・・・これは・・・おそらくこのお城にいた人間の半数以上が集められています。
そしてその人間たちをお城の使用人のアンドロイドやヒューマノイドたちが次々とこの大広間に連れて来て寝かせていたのです。
その中に見知ったアンドロイドを見つけたわたしは、彼女のところに走っていきました。
「パトリシア!お願い!お嬢様を助けて!」
パトリシアはわたしと同じ、このお城のメイドアンドロイドです。
彼女は、このお城に来る前は、研究施設の研究員をしていたそうです。
そして医師免許はありませんが、医者と同等の医学の知識と技術を持っているという話を聞いた事がありました。
「ジュリエッタ、落ち着いて下さい。まずはお嬢様を床に寝かせてください」
パトリシアは、少し癖のある青みがかったボブカットの髪をかき上げて、落ち着いた優しい声で私にそう言いました。
大広間の床にはたくさんの毛布が敷いてあり、他の人間たちもその上に寝かされていました。
わたしは同じ様にお嬢様を毛布の上に寝かせました。
「お嬢様のこれまでの経緯を教えて下さい」
パトリシアはお嬢様の診断を始めながらわたしに質問しました。
「一時間前に心肺停止していたお嬢様を発見しました。それから今まで、人工呼吸と心臓マッサージ、それに電気ショックを続けていました」
「わかりました。ありがとうございます」
パトリシアはそう言ってお嬢様の診断を続けています。
そこに、バスティアンとバレッタが入ってきました。
「まったく、メイドアンドロイドのお前を軍用アンドロイド二人がかりで捕まえられないとはな。しかし、ここに来てくれるとは手間が省けた」
どうやらバスティアンも、元は軍用のアンドロイドだったみたいです。
でもそんな事より、今はお嬢様の事が心配です。
もう2分以上、人工呼吸と心臓マッサージを再開していません。
「パトリシア!お嬢様の容体は?人工呼吸は再開しなくていいの?」
わたしはパトリシアに尋ねました。
パトリシアは静かに目をつぶり、ゆっくりと眼を開けると私に告げました。
「ジュリエッタ、落ち着いて聞いて・・・・・・お嬢様は、すでに亡くなっています」
・・・今、何て?
「そんな!なにかの間違いですよね?」
「いいえ、他の人たちも同じなのです。あの、空に光が見えた瞬間に、人間たちは全員即死していたのです。あなたにも、わかっていたはずですよね?」
・・・その可能性は、わたしも気が付いていました。
でも・・・どうしてもそれを信じたくなかったのです。
誰かにそれを否定して欲しかったのです。
「そんな・・・お嬢様が死んでしまったなんて・・・」
わたしはとうに動かなくなっていたお嬢様の顔を改めて見つめました。
お嬢様の顔に苦痛の表情は無く、今でも穏やかに眠っている様な表情をしています。
それなのに、もう目を覚ます事は無いのです。
お嬢様の顔を見ていた私の目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていました。
「お嬢様・・・こんなに突然お別れの日が来るなんて・・・さようならも言えませんでした・・・」
わたしはお嬢様にすがりつき、声をあげて泣きました。
アンドロイドの自分が、なぜこの様な行動をしているのかわかりません。
でも、この衝動が抑えられないのです。
「うちは他の御遺体も診察しないといけませんのでもう行きますね。バスティアン様、申し訳ありませんがジュリエッタをお願いします」
パトリシアはそう言ってこの場を離れました。
「自分も遺体の回収がまだ残ってるんで行ってきます」
バレッタもその場を離れました。
そこにはお嬢様にすがりついてひたすら泣きじゃくるわたしと、バスティアンだけが残りました。
わたしは泣きながらお嬢様との思い出を思い起こしていました。
それによって、更に悲しみの感情が沸き起こり、涙が止まらなくなるのです。
そうしてしばらく泣き続けたわたしは、ようやく気持ちが落ち着いて来て顔を上げました。
「気がすんだか」
バスティアンがそう言ってわたしにハンカチをさし出してくれました。
「・・・すみません、取り乱してお見苦しいところをお見せしました」
わたしはそう言ってハンカチを受け取り、涙を拭きました。
「さっきの光は、おそらく中性子爆弾だ」
「・・・中性子爆弾?・・・」
知識としては知っていました。
大昔に提唱された、生物だけを死滅させる核爆弾です。
実際に使用されたという記録は無かったはずですが。
「どうして・・・その様な物がこの国に使われたのでしょうか?」
「わからない。こんな山奥のちっぽけな国など、周囲の大国にとって何の価値もなかったはずなのだが・・・とにかく、電波障害で外部との通信が全て遮断されていて、何も情報がつかめない。だが、おそらく、この城だけでなく、国中の人間が死滅しているだろう」
「そんな!ではこの国に残っているのは?」
「ああ、俺たちの様なアンドロイドとヒューマノイド、それにロボットだけだろうな」
国中から人間がいなくなってしまったなんて!
「人間がいなくなってしまったら、わたしたちはこれからどうすればいいのでしょうか?」
「まずは人間たちの遺体を弔ってやる事だな。それから城の管理だ。人間が不在の間の指示なら出されている」
「・・・でもそれは、人間が帰ってきた時のための準備ですよね?もう二度と人間が戻って来る事が無いとしたら・・・その仕事は必要なのでしょうか?」
わたしの言葉にバスティアンは少しの間沈黙して、それから答えた。
「おかしな事を聞くのだな?俺達アンドロイドは与えられた命令を実行するだけだ。命令の必要性を考える意味など無い」
・・・確かにそうです。わたしはどうしてそんな事を気にしているのでしょう?
そもそも、お嬢様の死に対して、さっきまでの行動は何だったのでしょうか?
冷静に自分の行動を分析してみると、アンドロイドらしからぬ行動をしていました。
・・・いや、それ以前に、こんな事を考えている自分は、何なのでしょう?
わたしはいつから『自分』というものを意識していたのでしたか?
そうです。昨日まで『自分』などと言う概念はわたしの中に無かったはずです。
わたしは、今朝目覚めた時から、わたしを『自分』として認識していたのです。