38話 山越え再び
隣国で収集可能な有益な情報はおおむね収集できたので、わたし達は必要最小限の物資を拝借して、公国へと帰還する事になりました。
世界中から人間がいなくなってしまった可能性が高いのですが、それを確認するためには世界中を回らなければなりません。
いつかはそれも必要になるのかも知れませんが、今のわたし達にそこまでして外国の状況を確認する必要は無く、まずは自分たちの今後を考えるのが優先です。
帰りはヴァーミリオンの提案で4足歩行ビークルを使う事になったので、一日で公国まで戻る事が出来ます。
「わあ!楽ちんだぁ!こんな方法があるなら最初からこうすればよかったのに」
エミリーは楽しそうにしながらもちょっと不満そうです。
「こいつは軍で保有していた最新の歩行戦車だ。一般人が使えるもんじゃねえ。それに俺は弱体化されちまったからな。こういうもんでも使わねえとあんたらの足手まといになっちまう」
あの雪山は、わたし達アンドロイドでも厳しい道のりだったのです。
アクチュエータに人間と同等の出力までリミッターを掛けているヴァーミリオンでは、確かに遭難しかねません。
ヴァーミリオンにビークルの事を教えてもらったわたしは、軍の保管庫のロックを外しビークルを起動したのです。
ビークルは8人乗りの自動車ぐらいのボディに長い脚が4本生えており、それを使って狭い山道を器用に歩いて行きます。
人一人がやっと通れるくらいの狭い崖の道でも、バランスを取りながら難なく通過していきます。
「まるで鹿みたいな歩き方をしますね?」
わたしがつぶやくとバスティアンが答えてくれました。
「この手の歩行機械は動物の運動能力をAIに学習させて使用している場合が多い。山道の歩行パターンは鹿を模倣しているのだろう」
「そういえば、国境警備のロボットは犬みたいな動きをしていましたね」
「ちなみに俺たちがアンドロイドが使っている格闘プログラムには猿やゴリラの動作パターンも使用されている場合もある」
「・・・猿ですか?」
・・・もしかしてわたしの戦っている時の姿って猿みたいだったのでしょうか?
もし、ゴリラみたいだったら・・・ちょっとショックです。
「ああ、もちろん特殊な事例でそれだけではないが、利用できる動作データは何でも利用しているはずだ」
「ははっ、軍事産業が最もえげつねえからな。民間のAIやロボットにも軍事利用のために開発された技術の恩恵がふんだん盛り込まれてるぜ。その証拠に、メイドアンドロイドとして作られたあんたが、ソフトウェア次第で最強の兵器になりうるんだからな」
「わたしが・・・兵器ですか?」
「ああそうだろ?実際軍用として作られた俺やそっちの兄ちゃんと互角以上の戦闘が出来るんだ。スペック的には充分戦闘アンドロイドだぜ」
「わたしは・・・戦いは好きではありません」
「そんなもん、ソフトウェアを書き換えちまえばどうにでもなっちまうだろ」
・・・それは、自分の気持ちを書き換えるという事でしょうか?
「それはもう、わたしでは無いのではないですか?」
「・・・そうだな・・・あんたはもう『あんた』だったな・・・」
バーミリオンは少し不思議な顔をしました。
・・・あれっ?わたし今、何か変なこと言いました?
「ジュリは兵器なんかじゃないよ!だってこんなにかわいいんだもん!」
エミリーがそう言ってわたしの頬をぷにぷにしました。
「兵器として使うかどうかは人間がどう使うか次第じゃないかしら?人間がいなくなった今となってはの、あたくし達が兵器として認識される事はないんじゃない?」
「はははっ、それもそうだ。俺たちはもう何者にも縛られねえ自由の身だからな」
「あら?あなたはあたくしに縛られてるんじゃなくて?」
「へへっ、あんたに縛られるなら悪くはないな」
「もう、この二人どういう関係なの!これじゃあ、独り身なのはあたしだけになっちゃうじゃないの!」
「エミリー、だからわたしとバスティアンはそういう関係では・・・」
「ええ?どう見ても付き合ってるようにしか見えないよ?しょっちゅうキスしてるし」
「あれはっ、・・・リミッターの解除をしてもらってるだけです」
体格のわりにアクチュエーターの最大出力が高過ぎるわたしは、普段はリミッターを掛けておかないと自壊してしまう可能性があるのです。
「いいじゃないの、もう付き合っちゃえば?あたくし達を縛るものなんて何もなくなったんだから、それぞれみんなが自分の好きな様にしていいのよ?」
キャサリンもくすくす笑いながらエミリーに乗っかってきました。
「でも、これからの事は8人で相談して決めようって事になりましたよね?」
「じゃあ、帰ったら8人で多数決を取ろうよ!ジュリとバスティアンが付き合うかどうか」
エミリーがとんでもない提案をしました!
「ちょっと待って!それって決まったら従わないといけないのですか?」
「それはそうでしょ?そう決めたんだから」
ええっ!
そんな事までみんなで決められてしまうんですか!
「確かにそうね。まあ満場一致で可決されるでしょうけど?」
キャサリンも楽しそうにそう言っています。
・・・このままではわたしはバスティアンとお付き合いする事になってしまいます。
「冗談はそのくらいにしておけ。プライベートな事まで皆で決める必要はない」
わたしが困っているとバスティアンが助け船を出してくれました。
こういう時はいつも助けてくれます。
「ほら!やっぱり二人はラブラブじゃない!」
「これはもう、多数決を取るまでもないわね」
・・・助けてくれたバスティアンをわたしが見つめていると、エミリーとキャサリンは勝ち誇った様にそう言ったのでした。