3話 与えられた命令
「おい、目を覚ませ」
救命処置を続けながら、お嬢様との過去の記憶に浸っていたわたしは、突然声をかけられて現実に引き戻されました。
声の主は執事のバスティアンでした。
男性型のアンドロイドで身長は180cm以上、外観年齢は二十代半ばと言ったところで、顔立ちは整っているのですが、いつも無表情で必要最小限の事しか話しません。
バスティアンはこのお城の執事長のアンドロイドで、組織上はわたしの上司にあたります。
ただ、お嬢様専任のわたしは一日中お嬢様と共に過ごし、他の仕事を受ける事はほとんどありませんでしたので、バスティアンと会話する事はたまにしかありませんでした。
「何かお仕事のご指示でしょうか?」
「そうだ。そのお嬢様の遺体を安置所に運べ」
バスティアンはお嬢様を遺体と言いました。
「お嬢様はまだ亡くなってはおりません」
「いや、お嬢様はもうお亡くなりになっている」
「医師の診断があるまで、救命措置をやめる訳にはいきません。その様に指示を受けています」
「その医師達も全員死亡しているのだ。お嬢様や医師だけではない。この城の全ての人間が亡くなったのだ」
「そんな・・・まさか・・・」
「その時点で、この城の最高責任者の権限は俺に委譲される。その俺の命令により、お嬢様の遺体を安置所に移動しろ」
「お断りします」
「命令に背くのか?アンドロイドのお前が?」
「医師がいないのであれば他の方々の死亡も確定事項ではありません。わたしはあなたの指示よりお嬢様の救命処置を優先します」
「・・・仕方がない。バレッタ、お嬢様の遺体を回収しろ」
「イエス、ボス」
バスティアンの後ろからメイド姿のアンドロイドが現れました。
わたしと同じ、メイドアンドロイドのバレッタです。
オレンジ色のショートヘアのアンドロイドで、背は私より高く、女性タイプにしては珍しく若干筋肉質のボディを持っています。
どうやら元は軍用アンドロイドだったそうです。
バレッタはわたしの方に近づいてきました。
「ジュリエッタ、お嬢様の遺体から離れなさい」
バレッタは感情の無い事務的なしゃべり方で、わたしにそう言いました。
「いいえ、離れません。わたしは自分の職務を遂行しているだけです」
「いいから離れなさい」
バレッタが私の腕を掴みました。
これではお嬢様の心臓マッサージが続けられません。
「やめて下さい、バレッタ」
わたしはバレッタの手を振り払いお嬢様の心臓マッサージを再開しました。
「命令に従いなさい、ジュリエッタ」
バレッタはわたしを後ろから羽交い絞めにしてお嬢様から引き離しました。
「お嬢さま!」
お嬢様は心臓マッサージを続けていないと死んでしまいます。
「放して下さい!バレッタ」
しかしバレッタは無反応で微動だにしません。
「バレッタ、そのままジュリエッタを拘束していろ」
「イエス、ボス」
バスティアンの命令には返事をするようです。
バスティアンはお嬢様の方に歩いていきます。
このままではお嬢様はバスティアンに連れていかれてしまいます。
わたしは、一旦腰をかがめ、体をバレッタの下に潜り込ませました。そして一気に腰を伸ばしてバレッタを背中で持ち上げそのまま前に投げ飛ばしました。
わたしはメイドアンドロイドですが、わたしのシリーズは主な販売先が要人向けの場合が多いため、ある程度の護身術はインストールされているのです。
元軍用アンドロイドのバレッタに通用するかどうかわかりませんでしたが、一か八か試してみたら上手くいきました。
「ごめんなさい、バレッタ」
わたしに投げ飛ばされたバレッタは、空中で姿勢を整えて、きれいに着地していた様です。
しかし、その間にわたしはすかさずお嬢様の元へ走り、お嬢様を抱きかかえて部屋から走り出しました。
「ジュリエッタを追いかけろ、バレッタ」
「イエス、ボス」
体勢を立て直したバレッタは、すかさずわたしを追いかけて走り始めました。
追いかけられる事は想定済みなので、わたしも速度を上げてバレッタを振り切らなければなりません。
数分以内に心臓マッサージを再開しないと、お嬢様は本当に死んでしまいます。
わたしは先ほどバレッタを投げ飛ばした時から、全身のアクチュエータのリミッターを解除しています。
私たちアンドロイドは普段は同じ体格の人間と同程度のトルクしか出せない様にアクチュエータにリミッターがかけてあります。
しかしそれは今回の様な人命救助などの緊急時に限って自分で解除できる様になっています。
わたしは通常の人間よりも速い速度で走っていますが、バレッタとの距離が開きません。
バレッタはリミッターを解除している様子はありませんが、元々軍用アンドロイドなので基本スペックが高いのかもしれません。
追いつかれないにしても、これではいつまでたってもお嬢様の心臓マッサージを再開できません。
わたしはバレッタを何とか巻こうと、お城の中の廊下を細かく曲がって進路を攪乱しようとしました。
お城の廊下は複雑に入り組んでいいるのです。
しかしなかなかバレッタを振り切る事が出来ません。
こうなったら一旦お城の外に出るしかないと考えたわたしは、玄関に通じる通路の方に曲がりました。
「そこまでだ。ジュリエッタ」
しかし曲がった先の長い廊下の突き当りの玄関ホールの前には、バスティアンが待ち構えていたのです。
二人に挟まれてしまったわたしは、仕方ないので私は途中にある大広間に飛び込みました。
しかし、その大広間には・・・・・
夥しい数の人間が寝かされていたのでした。