28話 白銀の疾走
染み一つ無い一面の銀世界を下着姿の男女が疾走していきます。
傍から見たらかなりシュールな光景に見えるかもしれませんが、当事者であるわたし達にとっては、今はこれが最善の選択なのです。
足元は氷点下の雪ですが、直射日光を浴びているので体温は上昇します。
さらに走り続ける事により、アクチュエータも発熱しますから、温度低下による活動停止状態になる事はありません。
本来の山道だった道は積もりたての雪のため、踏み込むとわたしの太ももくらいまで足が沈みます。
それをかき分けながら走っているので、アクチュエーターの負担はそれなりに大きくなります。
普通ならこの高機動状態で連続動作しているとオーバーヒートで動けなくなるところですが、露出している肌は冷気に晒され、最も発熱量の多い脚部は雪によって冷却されるため、休みなく走り続ける事が出来るのです。
「この天候が一日続くとも限らない。吹雪になったら再び動けなくなってしまう。何としてもその前に下山して降雪地帯を抜けるぞ」
「はい、わかりました」
わたしはバスティアンの後に続き、雪の斜面を駆け下りていきます。
・・・実は体に着いた雪が解けて、下着が少し透けてしまっているので、バスティアンが前を走ってくれて助かっているのです。
「それにしても、エミリー達はどこに行ってしまったのでしょう?」
わたしは雪の中を走りながら、前を走るバスティアンに問いかけました。
「俺たちにいたずらを仕掛けたのは間違いなくあの二人だとは思うが、その後は、何か事故に巻き込まれたか、あるいは・・・隣国の国境警備隊に捕らえられたのかも知れん」
「国境警備隊ですか?」
「そうだ。あの小屋は丁度国境付近にあった。そこから山を下ったこの斜面は既に隣国の領土だ。隣国の警備隊が巡回していてもおかしくはない」
「それではエミリーたちは隣国に捕らえられてしまったのですか?隣国とは最近は友好的な関係だったと聞いていましたが?」
「だが今回、公国に攻撃を仕掛けて来た可能性が高い。少なくとも工作員を派遣したのは紛れもない事実だ」
「そんな・・・でもそれなら早く二人を助けに行かないと」
「だが、その前にあれを何とかする必要があるな」
バスティアンが指さす方を見ると、前方から何かがこちらに接近して来るのが見えました。
何か、動物の様な・・・いえ、あれは四足歩行のロボットです。
「なんでしょうか?あれは」
「隣国の自立型警備ロボットだ。気を付けろ、攻撃して来るかも知れん」
バスティアンが進路を変えて、前方から迫って来る警備ロボットを避けようとしましたが、警備ロボットも同じ様に進路を変えて私達の方に接近してきます。
「止まって事情を説明した方が良いのでは?」
「俺たちは正規の手続きで入国していない。おそらく捕縛されて連行されるだろう。エミリー達もそれで連行された可能性が高い。強行突破する」
距離が接近すると警備ロボットはわたし達に飛び掛かって来ました!
近くで見る警備ロボットは犬の様な形状をしています。
バスティアンは姿勢を低くして雪の上を前転しながらこれを躱しました。
わたしも同じ様に雪の上を転がって飛び掛かってきた犬ロボットを躱します。
インストールしてもらった戦闘用スキルによって、無意識にこの様な身のこなしが出来るのです。
しかし、最初のロボットを躱しても、その後から次のロボットが迫って来ていました。
次のロボットを躱してもその次が来ています、
しかもすれ違ったロボットが方向転換して後ろから追いかけてきたのです。
「このままでは挟撃されてしまう。こいつらを殲滅するぞ」
「そうはいってもわたし達は丸腰ですよ?」
丸腰というか、丸裸に近い状態です。
「格闘戦のスキルはインストールしているだろう?」
バスティアンはそう言って、前方から来る犬型ロボットの頭の付け根に、強烈な蹴りを入れたのです。
犬型ロボットは首が変な方向に曲がり、雪の中を転げまわって行った後、動かなくなりました。
「リミッターを解除する」
バスティアンは走る速度を落とすと私の横に並び、走りながらキスをしてきたのです!
突然の事に一瞬パニックになって、危うく転びそうになりました。
・・・そうでした。わたしはリミッターを解除するたびにバスティアンとキスをしないといけないのでした。
バスティアンと一瞬データが繋がり、一瞬、バスティアンの思考が見えた気がしました。
でも、それが何なのか理解する前に、バスティアンは唇を離しました。
「もう大丈夫だな。そっちは任せる」
そういってバスティアンは私から少し離れて、次の犬型ロボットに迫っていきました。
そしてわたしの方にも犬型ロボットが迫ってきました!
わたしは飛び掛かってきた犬型ロボットの攻撃を躱し、すれ違いざまに組み合わせた両手を犬型ロボットの後頭部に思いっきり叩き込みました。
この手のロボットはここに強い衝撃を受けると、人工脳がダメージを受けてしばらく動けなくなるのです。
「ジュリエッタ!後ろだ!」
なんとか一体を倒したと思ったら、さっきすれ違った犬型ロボットが、まさに後ろから飛び掛かってきたのです!
わたしは体をひねりながら片足を高く振り上げ、そのロボットに後ろ回し蹴りを入れたのです。
回し蹴りは見事に決まり、瞬く間に二体目を倒してしまいました。
自分の体が嘘の様に軽く自在に動きます。
・・・・でも・・・今足を振り上げたところをバスティアンに見られていないでしょうか?
チラッとバスティアンの方を見るとこちらに背中を向けて他の犬型ロボットと対峙していました。
・・・良かったです。下着が透けている状態で今のポーズをバスティアンに見られていたら、恥ずかしくてシステムダウンしてしまいます。
出来るだけ足は振り上げない様に気を付けて戦う事にします。
わたし達はこうして休む間もなく、次々と犬型ロボットを無力化していったのでした。