16話 復讐の始まり
ヴァーミリオン目掛けて駆け出したわたしの体は、いつもとは別物の様に軽く動きました。
一歩の距離がとても大きく跳躍できるので、わずか数歩でヴァーミリオンの前に躍り出ました。
「ははっ!大した性能だな。だが力が互角になっただけで、この俺に勝てると思うなよ?さっきのは不意を突かれただけだ。戦闘ってのは、力だけでなく立ち回りと駆け引き、様々なスキルが関わってくるのさ。戦闘のプロの俺と違って素人のあんたにそんなスキルが有る訳ないだろう?」
ヴァーミリオンは余裕を見せていますが、わたしは躊躇せず、そのまま拳を叩き込みました。
わたしの拳を軽く躱そうとしたヴァーミリオンの隙をついて即座に体を回し、背後から蹴りを入れます。
わたしの攻撃は見事にヴァーミリオンの背中に決まって、彼は姿勢を崩しました。
「今のって?・・・頭の中に戦い方が浮かんできて・・・」
わたしにインストールされていた護身術よりも、もっと本格的な格闘の技が浮かんできたのです。
「何をした!今の動きは素人の動きじゃないぞ」
わたしの技を食らったヴァーミリオンは動揺しています。
でもそれ以上にわたしも驚いています。
でも、迷っている暇はありません。
わたしはすかさず次の攻撃を仕掛けます。
またしても自然と次の行動が頭の中に浮かびそれを実行します。
ヴァーミリオンもそれに対して対応し、反撃してきますが、その攻撃に対しても自然と対処方法が浮かんでくるのです。
そう、わたしはいつの間にか、この様な戦闘の立ち回り方を知っていたのです。
「どうなってやがる?おまえ、どれだけの戦場を経験してきた?」
「戦場なんて知りません。戦い方が自然に浮かんできて・・・バスティアン、わたしに何かしたのですか?」
わたしは後ろで戦いを見守っていたバスティアンに尋ねました。
「さっきリミッターの解除を行なったついでに、おまえに俺の戦闘データの一部をインストールしておいた」
「それで・・・わたしの知らない技が使えたんですね」
「なんだと?だが、別個体の戦闘データなどチューニングを行わなければ、まともに使えないはずだ!」
「それは・・・リアルタイムでわたしのボディの能力に合わせて設定値を修正しました」
そう、咄嗟に思い浮かんだ戦い方が、わたしの体格や性能がマッチングしていなくて、そのままではまともに動けない事はすぐにわかりました。
そこで、その戦闘データを自分に合わせてチューニングしてから実行していたのです。
「馬鹿な!そんな事が瞬時に出来るAIなどあるはずが!・・・いや、あんた、さっきも俺のハッキング技術を真似して応用までしたよな?・・・やはり貴様、ただのメイドアンドロイドじゃねえな?」
わたしの攻撃に何とか防戦しているヴァーミリオンがわたしを睨みつけます。
「いいえ、わたしはただのメイドです。ただ・・・今だけは、お仕えするお嬢様の仇を討つ・・・それがわたしのご奉仕です!」
そんなヴァーミリオンに、わたしは絶え間なく技を繰り出します。
「何をわけのわかんねえ事を!戦いのプロをなめんなよ!」
ヴァーミリオンはそう言って地面の土を掴むとわたしの顔に投げつけました。
わたしはメインカメラの保護のため、咄嗟に瞼をつぶります。
その瞬間、おなかに衝撃を感じました。
わたしは大きく後ろに飛ばされていきます。
「ははっ!技だけ真似ても経験不足はカバーできねえみたいだな!」
今度は勢いに乗ったヴァーミリオンが猛攻を仕掛けてきました。
反撃の隙を与えない連続攻撃に、わたしは防戦一方になってしまいました。
「このまま一気に決着をつけて、機能停止させてからあんたを持って帰る事にするぜ」
ヴァーミリオンは次から次へと変則的な行動を起こして、わたしに反撃の隙を与えないつもりです。
このままではダメージが蓄積して、やがてわたしは活動停止状態になってしまいます。
「助けが必要か?」
バスティアンが他のアンドロイドの相手をしながらわたしに声を掛けます。
「いいえ、この人はわたしが倒します」
「わかった、任せよう。だがお前が倒されたらそいつは俺が倒す」
「はっ!何勝手な事言ってやがる!お前ら全員俺が倒してやるよ!」
ヴァーミリオンの攻撃はさらに激しくなって来ました。
でも、その変則的な攻撃も、次第にパターンが見えてきました。
傾向がわかってくれば、その対策を講じることも可能になってきます。
わたしはヴァーミリオンのフェイントを敢えて躱さずに、受け止めつつ、カウンターを入れます。
バスティアンから受け継いだ技も使用するたびに誤差の補正をかけて、わたしのボディに合わせた最適化が進んできたので、初期の頃よりも精度と威力が上がってきています。
そして、ついに有効打を入れる事が出来ました。
「なんだと、さっきより威力が上がってるだと?」
わたしの技が決まってヴァーミリオンが動揺しています。
そう、アクチュエータの出力が更に上がったという訳ではないのですが、技のタイミングや精度が上がった事により、相手に与えるダメージが大きくなったのです。
「・・・こいつは短期決戦に持ち込んだ方が良さそうだな?悪いけどそろそろ決めさせてもらう」
一気にわたしとの距離を詰めたヴァーミリオンはわたしの首を掴みました。
首はアンドロイドの外観形状上、最も弱くなってしまう部位の一つです。
「悪いが首を折らせてもらう。なあに本国に戻ったら治してやるさ」
このまま首を折られたら、わたしは機能停止してしまいます。
でも、距離が近づいた事でわたしも同時にヴァーミリオンの首を手でつかむ事が出来たのです。
「はっ、何のつもりだ?力が互角といってもあんたの小さな手じゃ俺の首を一握りで折る事は不可能だ・・・俺の勝ち・・・がはっ!」
ヴァーミリオンはそのまま機能停止して地面に倒れこみました。
・・・そう、わたしはバーミリオンの首に、指先から強烈な電気ショックを打ち込んだのです。