14話 異国からの侵略者
「ふう、まいったぜ。システムの再起動をかけなきゃ動けなくなっちまうなんてな」
門で足止めをされている間にヴァーミリオンに追いつかれてしまいました。
「それにしても、あんな熱烈なキスは初めてだったぜ?かわいこちゃん」
そう言えば、さっきはハッキングをやり返すのに夢中で、わたしの方から唇をさらに強く押し付けていたかもしれません。
・・・あれは愛し合う人間の男女がお互いの気持ちを確かめ合う時の行為です。
以前、お嬢様と恋愛の物語を読んでいた時に、よく出てきたものです。
その時は自分が当事者になる事など考えてもいませんでしたが、あれはわたしのファーストキスという事になるのでしょうか?
そうだとしたら、もっとロマンチックなシチュエーションでしたかったです。
「まさかハッキングをやり返されるとは思わなかったぜ。あんたが民生向けのアンドロイドで今回のターゲットじゃねえって事はシステムに侵入して確認したんだが、何で民生アンドロイドのあんたが軍用の高度なファイヤーウォールを掻い潜って俺のシステム内に侵入するノウハウを持ってたんだ?」
「あれはあなたがわたしに行なった方法を真似しただけです。システムが異なる部分は方法を推論して対処しました」
「なんだと、あの一瞬で、ハッキング方法を模倣しただけでなく応用までしちまったってのか?・・・あんたのAIはとんでもなく優秀みてえだな」
「創作活動は得意なもので」
お嬢様にせがまれて、オリジナルの物語を作ったりしていた経験が、わたしのAIの考察力や推論力、そして想像力を成長させていたのだと思います。
「おもしれえ・・・よし、今回のターゲットじゃなかったが、あんたも連れて帰る事にした」
状況がよくわからないですが、これは、わたし自身が標的にされてしまった様です。
「おい、そいつを捕まえろ!ただし絶対に壊すなよ。傷付ける事も許さねえ」
わたしは咄嗟に、周りを囲むアンドロイドの隙をついて逃げ出そうと行動を起こしていましたが、ヴァーミリオンの指示で他のアンドロイドもほぼ同時に動き出していました。
わたしを掴もうとした手を躱し、もう一体との隙をついてすり抜けようとしましたが、そこにヴァーミリオンが回り込んで腕を掴まれてしまいました。
「ははっ、あんたの能力はさっき見て把握してんだよ。運動性能は高いが最高出力は大した事はねえ。さっきは不意を突かれたが、キスさえしなけりゃ問題ねえ」
「放して下さい!」
「いやだね、俺はあんたが気に入ったんだ。ターゲットと一緒に本国に連れて帰る」
「そんな勝手な事を!」
「ははっ、逃げられるものなら逃げてみるがいい」
ヴァーミリオンはそう言ってわたしの両手首をつかみ、わたしを壁に押し付けました。
「どうした、何だったらそっちから俺にキスをしてさっきみたいに俺をメロメロにして見ちゃどうだ?」
ヴァーミリオンは唇が触れそうなくらい顔を近づけてきました。
この距離ならわたしが顔を近づければ唇を重ねる事が可能です。
・・・でも、自分から唇を近づける事は出来ませんでした。
「なんだ?さっきみたいな熱烈なキスはしてくれねえのか?」
「あなたにキスなんてしません!」
確かに、キスをすればさっきみたいに彼の身体制御領域を破壊して動かなくする事が可能かも知れません。
ですが、自分からこの人に唇を接触させるのが、何だか嫌だったのです。
「そりゃ残念だな。じゃあ、俺からしてやるよ!」
ヴァーミリオンはそう言って再びわたしにキスをしました。
そして、その瞬間にわたしのシステムの四肢制御の領域を支配したのです。
・・・これは!・・・手足が動きません!
「今度は俺がさっきのあんたの真似をさせてもらったぜ!先にこうやって動きを封じりゃ良かったんだ」
咄嗟の事で、主記憶領域の保護を優先したために、身体制御領域のファイアーウォールの強化が間に合いませんでした。
体のアクチュエータが脱力状態で全く動かす事が出来ません。
システムの再起動をすれば復旧できるはずですが、その間はわたしは完全に無防備になってしまいます。
「わたしをどうするつもりですか?」
「もちろん、このまま本国に連れて帰るのさ。指令を受けたターゲットじゃねえが、あんたはあんたで価値がありそうだ」
「どこに・・・つれていくのですか?」
「この山脈を越えた隣の国だ」
・・・やはり隣接する大国でしたか・・・
「なぜ、この様な事をするのです?」
「まあいいや、教えてやるよ。この国で極秘裏に特殊なアンドロイドの開発が進められてたんだとよ。それはいずれ他の国を脅かす脅威になり得るって事を俺んとこの国が嗅ぎつけて、今回の武力介入に踏み切ったってわけよ」
「それで、あんな事を?そのために、この国の人たちを全員殺したのですか?」
「ああ?この町の人間がみんな死んでたって事か?それに関しちゃ俺も知らねえよ。俺たちが来た時には死んでたからな。まあ、俺たちが知らされてなかったなかっただけで本国がやったのかも知れねえけどな。まあ、あんたとターゲットを連れて帰ればわかる事さ」
・・・そのために、お嬢様が・・・・
・・・許せない・・・
わたしの中に沸き上がって来た未知の感情が、次第に明確な形を成してきました。
これは・・・『怒り』の感情です。
そして同時に湧き出てきたのは・・・『憎しみ』の感情でしょうか?
「おっ、いいねぇ、その顔」
いつの間にか、わたしは怒りの形相でこの人を睨みつけていた様です。
「怒りを顕わにするアンドロイドか・・・あんた、本当に面白れえな」
「許しません!あなたも、あなたの国も!」
「おお、こわっ!・・・だが、、今のあんたにゃどうにもできねえだろ」
確かに今は首から上以外は指一本動かす事が出来ません。
でもそれならいっそ、システムを再起動すればいいのです。
「おっと、システムのシステムの再起動何てさせねえぞ。悪いが自分で再起動できない様にロックさせてもらう」
ヴァーミリオンはそう言って、再びわたしに唇を重ねようとしてきました。
これではシャットダウンしている間に再起動がロックされてしまいます。
「そうはさせん」
突然、背後から聞こえた声と共に、ヴァーミリオンが吹き飛ばされていました。
・・・何が起きたのでしょう?
「大丈夫か?」
そう言ってわたしを抱き起こしたのは・・・バスティアンでした。