1話 滅びの日
『エゴロイドシリーズ』の2作目です。
前作より過去の話です。
その日、わたしが目を覚ますと、お城の中はいつも以上に静寂に満ちていました。
わたし達メイドアンドロイドは、毎朝決まった時間に目が覚める様にセッティングしてあります。
目が覚めると、最初に自分自身のシステムのセルフチェックを行います。
眼球カメラに映ったベッドの天蓋の手前に人工脳のBIOS情報が並んでいきます。
人工脳が認識する情報の取得方法は自分の好きな方式を選択できるのですが、わたしは初期設定のまま、眼球カメラの立体視画像の中に重ねて表示される状態から変更していません。
これは目に見える景色の空中に、あたかも文字が浮かんでいる様に見えるのです。
BIOSには特に異常はありませんでしたが、睡眠中に最新バージョンに自動更新が行われていました。
次にシステム情報が表示されます。
まずは人工脳のOS情報が表示されます。
どうやら睡眠中にOSの大規模アップデートがあった様です。
わたしはこの国で製造されたアンドロイドではありません。外国の大手アンドロイドメーカー製の最高級シリーズの最新モデルだそうです。
睡眠中はメーカーのサーバーにネットワークで接続されて、必要に応じてアップデートが行われるのです。
これほど大規模なメジャーアップデートは、本来所有者に事前確認を行うはずなのですが、今回は承諾を取らずにメーカー側から強制的にアップデートを実施した形跡がありました。
これはOSに致命的な欠陥が見つかった場合の特別措置です。
わたしに使われていたOSに、何か問題でもあったのでしょうか?
とりあえず、特に今までと変わったところは見当たらないのですが、一応、後でメーカーに確認してみる事にします。
次に全身のムーバルフレームのセンサー情報が表示されます。
ストレンゲージや角度センサー、温度センサーや電流センサーの値は全て正常値でした。
わたしはアンドロイドには勿体ないほどのふかふかのベッドで寝ていたので、フレームやアクチュエーターに余計な負荷がかかるはずもありません。
わたしのムーバルフレームは主に航空機等に使用される特殊合金でできているそうです。
わたしの様な民生向けアンドロイドに、普通はこの様な材料は使用しないそうなのですが、最高の品質を追求した結果、航空機や宇宙開拓用に開発された軽量で高強度な材料をふんだんに使用し、細く軽量で尚且つ耐久性の高いボディを構成する事に成功したそうなのです。
つまり、性能を落とさずにスリムで美しいプロポーションを実現するためだけに、高価で希少な高性能素材を贅沢に使用しているという事らしいです。
次に人工筋肉のステータスが表示されます。
人工筋肉は化学反応で収縮する柔らかいアクチュエーターです。
ムーバルフレームはそれ自体にモーターを内蔵しているため人工筋肉が無くても可動します。
人間に近い外観を持つアンドロイド以外の、硬質なボディのヒューマノイドや、作業用のロボットは人工筋肉を持たずにムーバルフレームのみで稼働しています。
しかしアンドロイドは、人間と接触して作業する事も想定しているため、人間と同じ柔らかさのボディ構成にしておく必要があり、そのために硬質なムーバルフレームの外側を柔らかい人工筋肉で覆っているのです。
廉価版のアンドロイドでは、人工筋肉ではなく、単にクッション素材やゲル素材など、柔らかい素材を詰め込んでいるだけなのですが、高級アンドロイドは筋肉の緊張や弛緩による表皮の変化や、感触の変化も人間と寸分たがわぬ表現をするために、高価な人工筋肉が実装されているのです。
わたしは一般的なアンドロイドよりも細い特別仕様のムーバルフレームを使用しているため、人工筋肉の比率が他のアンドロイドよりも多く設定されています。
これはより人間に近い柔らかいボディを構成するためだったそうです。
全身の人工筋肉のステータスを確認しましたが、人工筋肉の化学成分センサーや酸素濃度センサー等、各種センサーの数値にも、特に異常はありませんでした。
次に消化器系システムのステータスが表示されます。
人工筋肉は有機系化合物をエネルギーとして作動するため、人間と同じ様に食事をして有機化合物を体内に摂取する必要があります。
そのための消化器システムを体内に実装しているのです。
有機化合物が枯渇すると人工筋肉を動作させる事が出来なくなり、その場合はバッテリーに蓄えられた電力を消費してムーバルフレームのモーターのみで稼働する事になります。
昨晩、お嬢様と一緒に食べた食事やデザートのケーキは睡眠中に全て消化が終わっているので、今日一日人工筋肉を駆動するために必要な有機化合物は十分に蓄えられています。
・・・不要となった廃棄物や水分は、体外に排出する必要があります。
廃棄物の排出方法や排せつ器官の構造も人間と全く同じ仕様に再現されているのです。
そのためお手洗いも人間と共通の設備を使用する事が可能になっています。
次に人工皮膚の各部センサーのチェックを行います。
これは外観の目視チェックと同時に行った方が効率が良いので、わたしはベッドから立ち上がると、寝巻を脱ぎ、下着も脱いで裸になりました。
下着は本来アンドロイドには必要無いのですが、人工筋肉と消化器システムを搭載したアンドロイドは液漏れを起こす可能性があるので、念のため下着を装着する様にしているのです。
折角裸になったので、このタイミングでお手洗いも済ませておく事にします。
わたしの部屋には専用のお手洗いとお風呂も付いているのです。
お手洗いを済ませたわたしは、姿見の前に立ち、眼球に搭載された画像センサーと、人工皮膚に内蔵されたセンサーの両方の情報を比較しながら全身の表皮に異常が無いか検査しました。
姿見は三面鏡になっているので、角度を変えれば全身の画像を確認出来きます。
最高級アンドロイドのわたしは、人間が最も美しいと感じる外観に作られているそうです。
鏡に映るわたしの姿は確かに均整がとれています。
わたしはその場でくるりと一回転して全身の人工皮膚の検査を終えました。
本当は全方位スキャナーの中に入れば一瞬で検査できるのですが、アンティークな雰囲気のこの部屋に大きなスキャナーを置くのは無粋だとお嬢様に言われたので、部屋にマッチしたアンティークな三面鏡を利用してチェックを行なっているのです。
最後に外界センサーをチェックしていきます。
視覚センサーや聴覚センサーは先ほどから使用しているので問題ない事はわかっています。
聴覚センサーは、いつもより静かで入って来る音が少なかったので、最初はセンサーの異常かと思ったのですが、センサー自体は正常に作動していました。
温度センサーは、普段のこの季節にしては少し高めの数値を示していますが、異常なほどではありません。
自身のチェックが終わると、丁度お嬢様のお世話を始めないといけない時間になっていました。
わたしは新しい下着を身に付けて、メイド服に着替えました。
それから髪をセットし身だしなみを整えます。
髪型や服装をお嬢様好みにかわいくセットしておかないとお嬢様に怒られてしまうのです。
身支度が終わって、お嬢様を起こしに行こうと立ち上がったその時に、異変が起きました。
窓の外が・・・突然強烈な光に包まれたのです。
咄嗟に瞼をつむりカメラを保護します。
それでも瞼越しに強い光を感知したので、更に視覚センサーの感度を下げてカメラ素子の焼損を防ぎます。
光は数十秒間続いたと思ったら突然消えました。
私は各センサーを再チェックして状況を確認しました。
まず電磁波が異常な数値を示しています。
全周波数帯で強力な電波障害が起きていて、無線通信が使用できなくなっていました。
温度センサーが若干高い数値を示しています。
・・・そして・・・わたしにオプション装備として搭載されている放射線センサーが異常な数値を表示していたのです。
通常アンドロイドに放射線センサーなどは搭載されていないのですが、大公様がわたしを購入する際に、搭載可能なオプションを全て搭載する様に指定したために、このセンサーも搭載されていたのです。
わたしのボディには、その他にも普段使い道の無い機能が多数搭載されています。
・・・それにしても・・・この放射線の数値はおかしいです。。
これではまるで、原子炉がメルトダウンを起こしているか、あるいは・・・
核爆弾でも使用しない限りは見る事が出来ない数値です。
これはセンサーの故障に違いありません。
この国に原子炉は無いし、さっきの光が核攻撃なら、この屋敷は消し飛んでいるはずです。
きっとこの強烈な電磁波で放射線センサーが壊れたのでしょう。
いずれにしても、今わたしが真っ先にやらなければいけないのはお嬢様の安否の確認です。
わたしは、急いで部屋のドアを開けました。
わたしの使用している部屋は、本来はこのお城の主である大公様のご家族の方が使用するための部屋です。
しかし、お嬢様のお世話係であるわたしの部屋は、お嬢様の部屋のお隣が良いという事になって、特別にこの部屋を使わせて頂ける事になったのでした。
自分の部屋を出た私はお隣のお嬢様の部屋の扉の前に立ち、扉をノックしました。
「おはようございます。お嬢様」
・・・しかし返事がありません。
いつものお嬢様は早起きで、わたしがこの時間にノックすると必ず返事をしてくれるのです。
「お嬢様、大丈夫ですか?お嬢様」
何度もノックし、呼びかけましたが返事がありません。
「お嬢様、失礼します」
わたしは合鍵を使用して、お嬢様の部屋の扉のロックを強制解除しました。
お嬢様付きのメイドアンドロイドのわたしは、お嬢様の部屋の扉の電子ロックが故障した時のために機械式の合鍵を渡されていたのです。
部屋に入るとお嬢様はベッドに寝ていました。
部屋の作りはわたしが使用している部屋と同じなので、天蓋付きの大きなベッドにお嬢様が横たわっていたのです。
お嬢様の姿を確認して一瞬安心したのですが・・・何か様子がおかしいです。
「お嬢様?いかがなさいました?」
お嬢様のベッドに近づいたわたしは・・・異変に気が付きました。
お嬢様は・・・目や鼻から血を流し・・・心肺が停止していたのです。