新星 雄一⦅にいほし ゆういち⦆
アストレイの目標は2つだ。
『1、本星への帰還。2、オレ様の素敵ボディの復元だ。まずは2を目指したい。どうせこの惑星には、星間航行の可能な船はないからな。手足があれば、オレ様なら自分で船を作れる』
「動けないのは困るよね」
白はうんうんとうなずいた。高い鳴き声がして顔を上げると、遠くでトンビが旋回しているのが見える。それを眺めながら
「……んー?」
と首をかしげた。
「……でもさ、体を作るって何をどうすればいいんだ?そこらの土でもくっつけてみる?水で濡らして、固めて。泥団子みたいに」
『確かにオレ様は無機的貴金属生命体だ。オレ様の洗練されたボディを構成しうる物質を合成し、組み立てるあるいは吸着させるのも復活の方法として上げることも確かにできる。よってその仮説と実験的精神は評価する。だが2度とオレ様を泥団子扱いするな。いいか?2度とだ。わかったら土を持つな。降ろせ』
「ええー。わかった」
白は手のひらを地面に向けた。指の間の砂を叩いて落としながら、また尋ねる。
「でも要するに、アストレイの元の体と同じ素材で体を作る、ってことでしょ?どんな素材が必要なの?」
『ふむ……』
少しの間沈黙する。どうやら何事かを考え込んでいるようだ。
『……オレ様は惑星メタリオン出身のメタリアンだ。メタリオン星人って意味だ。だからメタリウムs2原子によって主に構成されているんだが………。この500年間、触れる大気成分を分析し続けてみたが、どうにもメタリウムs2原子の検出ができていない。白、お前、この惑星に存在する元素を全て答えられるか?』
「げんそって何?」
白は快活に答えた。
『よしわかった。まずメタリウムs2原子の存在の有無を確かめたい。お前たち、統括的データベースを持っているか?そこにアクセスしたいんだが。ちなみに統括的とは、全部まとめた、という意味だ。いろんな情報が見られる場所、あるいはものはあるか?』
「あー、インターネットのこと?うちに帰れば使えるけど。タブレットは今学校でもらったやつを持ってるけど、ここじゃWi-Fi使えないから」
『そうか。じゃ、お前んちに連れてってくれ』
「オッケー!」
♦︎
田畑以外何もないような田舎にも住宅地はある。むしろ田舎だからこそ、コンビニもスーパーもないのに新築建売住宅だけが粛々と集まる区画がある。
住宅地、と言っても3軒同じ見た目の家が並ぶだけ。その一番奥、木製の表札がかかる家がある。表札には3人分の名前が書いてある。玄関扉の前に白は立っている。
『おい、白』
声がかけられる。背負っているランドセルの中からだ。
『まさかとは思うがこれがお前の住居か?植物の枠組みに繊維素材をコーティングしただけじゃないか!おいおい、お前らこんな文字通り紙耐久の壁で安心して休めるのかよ?寝床は紙でもメンタルは鋼だな、おい!』
アストレイはランドセルの中にいる。入っていた木箱は置いてきた。さすがに邪魔だし、『もう2度とあの中には絶対2度と金輪際入らねえぞ』との主張もあったためだ。
白はドアノブに手をかける。開いている。
「それ褒めてんの?バカにしてんの?」
『心配してる。割と本気で。植物で住居を作る文明は多数観測してるが、こんなに脆いのはそうそうないぜ。お前、オレ様がボディを取り戻したらもっといい家作ってやるから楽しみにしとけよ』
「あはは、マジで?サンキュー。楽しみだぜ。でもそれ、父ちゃんには言うなよ。この家買ったの、父ちゃんなんだから。父ちゃん、アストレイを見たらびっくりするぞー!」
『‘'とうちゃん‘’?』
不思議そうなアストレイは一旦置いて、白は扉を開けた。土間の、扉の動きを遮る位置に置いてあるゴミ袋を足でどかし、中に入る。
「ただいまー!ねえ父ちゃん父ちゃん、見て見て!すっごい友だち紹介、してあげ、る……」
はしゃいだ声は尻すぼみに消えていった。正面の廊下に男が1人、立っていたからだ。
ヒョロリと高身長。肩につくくらいまでの髪は、今はゴムでゆるく留められている。男は腕を組み、眉間に皺を寄せ口をへの字に曲げている。「自分は今怒っています」と全身でアピールしている。
白はびくり、と肩を揺らした。
「と、父ちゃん……」
ふうん。これが‘'とうちゃん‘’か。ランドセルの中で小さくつぶやく声がした。
男の名は新星雄一。白の父親である。
白は固まってしまった。雄一は顎をあげて白を見下ろす。
「さっき、学校から連絡があった。白、お前、ケンカしたんだって?」
平坦な声だが、文頭の一文字を強く発音しているため若干のいら立ちが感じられる。
(やばい!)
忘れてた。そうだった。どうしよう。どう説明しよう?思考を巡らすが答えは出ない。
雄一がきく息を吐く。
「仕事中だったんだ。ボクが集中を邪魔されるのが嫌なのは、お前だって知ってるだろ?」
雄一は一語ずつゆっくりと話す。それが怒りを抑えているように感じられて、白は体が強張るのを感じた。足元がぐらつくような気がして、立っているのが辛くなる。今すぐ逃げ出したいが、逃げられない。ここが白の家だからだ。
「ご、ごめん」
沈黙。玄関に気まずさが満ちていく。落ち着かなくて、服の裾をつまんだり視線をさまよわせたりする。
「友だちと仲良くしましょうって、それもわかってるはずだろ。なんでなんだ」
またはあー、と声を出す。イラついている時の雄一に癖だ。いつものこと。ただの癖。わかっているのに、このため息を聞くと白はいつも、何と言っていいかわからなくなる。うつむき小さな声で「ごめん」と繰り返した。
謝罪を繰り返す以外何もできない白を見て、雄一は目を瞑り天井に顔を向けて「あ゛ー」とうなり、首を横に振った。後頭部を指でガリガリと掻いている。
「……で?」
「……え?」
聞き返すと、唸るように返される。
「勝ったのか?負けたのか?」
白は困惑した。
(え、それ気にする?)
そうは思いつつ、慌てて答えた。
「強いて言うなら、引き分けだよ」
「そっか。……まあ、あれだ。次は勝て」
顔を背け、投げやりに言う。白は瞬きをして、ハッと気づく
(あっ、これ、慰めてくれてるんだ。父ちゃんはひとと喋るのが苦手だから、上手く怒りや心配を伝えるのができないんだった。本当はちゃんと、心配してくれてるんだ)
そう気がつくと嬉しくなった。
「うん、ありがとう。ごめん。俺、明日たっちんに謝るから」
先ほどまでの気まずさが和らいでいく。雄一は
「そうか」
とだけ返し、続けた。表情が若干緩んでいる。あからさまにほっとしているのが見て取れる。雄一は、根本は繊細な人なのだ。人と接するのが苦手でぶっきらぼうな言い方になってしまうが、誰かが落ち込んでいたり傷ついたりすると焦るのだ。それが家族ならなおさらだ。
「じゃあ、俺は仕事あるから。邪魔すんなよ。……あ、材料はもう届いてるから。晩飯は頼むな」
そそくさときびすを返し、2階への階段を登っていく。
「うん。わかった!」
白は意識して声を張った。
雄一がいなくなり、玄関が静まる。アストレイが声をかけてくる。
『よくわからんが、お前はとうちゃんとやらに何かを許されたのか?ということは、とうちゃんはお前たちのコミニュティの上位種なのか。よかったな、白。……白?』
白は玄関に立ったままだ。雄一の登っていった階段をぼんやりと眺めている。胸のうちを、小さな寂しさが支配する。
(ケンカした理由は、結局聞かれなかったなあ……)
聞かれたらどうしよう、なんて答えよう?と悩んだが、意味はなかった。それに少し寂しさを感じるが、同時に聞かれなくてよかったとほっとしてもいる。「父ちゃんと母ちゃんがほんとの親じゃないことをからかわれたからだよ」なんて言ったら、きっと雄一は困ってしまうだろう。元々、人と会話のキャッチボールをするのが苦手な人なのだ。そういえば、こんなに長く話したのも久しぶりな気がする。どのくらいだろう。そうだ、ひと月ぶりだ。
『白?どうした』
沈んでいた意識が引きもどされる。白は口を引き結んだまま目を深く閉じ、開いた。
「うん。なんでもないよ。……あは、ごめん。アストレイのこと紹介し損ねちゃった。父ちゃん、仕事、いそがしいんだ。後でちゃんと紹介するよ」
『かまわん。それよりインターネットはどこだ?』
「なんかその言い方、おじいちゃんみたいだぜ」
靴を脱いでリビングに向かう。その途中、廊下で崩れているAmazonの段ボールの束を壁に立てかけた。