新星 白⦅にいほし しろ⦆
下校中。新星白は鼻をこすった。親指に、かわいた鼻血のかすがついた。
帰りの会が終わりランドセルを背負おうとしたとき、クラスメイトのたっちんに呼び止められた。そこで腹の立つことを言われ、取っ組み合いの喧嘩になったのだ。
「おい白、聞いたぜ。お前のすっごい秘密!」
「なんのこと?」
たっちんは目を細めてニヤニヤと笑っていた。興奮しているのだろう、ほおが少し赤くなっている
「お前のパパ、ほんとのパパじゃないんだって?」
白は少しだけ、眉間に皺を寄せた。つとめて平静を装い、通学用の黒いキャップを深めに被る。
「……そうだけど。それがなんだよ」
「やっぱりマジなんだ!へえー!確かに似てないもんな、お前んち!」
「うるさいな。たっちんに関係ないだろ、そんなの」
「は?おい、どこ行くんだよ」
「帰るんだよ。じゃーな」
「なんだよ。今日、一緒に遊ぶって約束したじゃんか」
「やめる。気分じゃないから」
「なんだ?約束破るのか?サイテーだなお前。ニセモノの親だから性格も悪くなんのか?」
「なんだと!」
「あーあ」
ため息を吐いた。まっすぐ家に帰るのが嫌で通学路を外れる。
本当なら直進しなければいけないコンクリートの道を外れ、ぺんぺん草の生える土の道を進む。
足取りはのろくて重い。農協の裏を曲がり、民家に植えられた琵琶の木たちを眺めながら坂をのぼって、堤防にたどり着く。川の水が涼やかに流れている。川底の石が輝いて、距離があってもよく見える。
季節は5月。もうすぐ暑くなるだろう。
「こんな気分の時、川に飛び込んだらスッキリできるのになあ」
あーあ。またため息。
危ないことはするなと母から重々言い含められている。
小学校1年生のとき、校庭隅の築山にある池に入り滑って転んだことがある。
先生だけでなく教育委員会の偉い人まで来て、池を整備するだのフェンスをつけるだの、かなりの大ごとになってしまったのだ。
自分よりずっと大きい大人たちが、もっと大人に怒られたり謝ったりする様を見せられるのはなかなか強烈で、白の記憶に焼きついている。
白の歩く堤防のそばには古い民家が並んでいる。その向こうには畑と田んぼ。タオルを首から下げたじいさんが、草を刈っているのが見える。
堤防から降りて通学路に戻り、児童公園に向かえばクラスメイトがいる。きっと遊びに誘ってくれるだろう。
一方このまま歩いていれば、じいさんばあさんが土いじりの手を止めて声をかけてくるだろう。もしかしたらおやつでもくれるかも。
いつもだったらどっちも嫌じゃない。けど、どうしてだろう。今はなんだか、誰にも会いたくない。
うつむていると、ほおを撫でられた気がして顔を上げた。川上から吹く風だ。
上流には山がある。夏祭りは学校のすぐ近くにある綺麗な神社でやるが、あの山にも確か、もうひとつあったことを思い出す。
(古くて藪が濃くて、危ないから近寄るなって言われてたっけ)
あるのは知っているけど、誰も行ったことはない。そういう場所だ。
白はしげしげと自分の格好を見下ろした。長袖シャツに、足の甲まで覆うカーゴパンツそしてスニーカー。スネまでの靴下もきちんと履いているし、帽子もかぶっている。軍手はないが……。ま、いいだろう。
「よし。いける!」
そういうわけで白は1人、山の神社を目指すことにした。