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ヴァラール魔法学院の今日の事件!!

君が成長する、たった1つの方法

作者: 山下愁

「ハルア・アナスタシス、お前には死んでもらう」



 ヴァラール魔法学院の用務員室で、そんな冷酷な決断が下される。


 あまりにも酷すぎる命令を受けたのは、用務員として雇用されて800年以上は経過している少年――ハルア・アナスタシスである。赤茶色の髪に琥珀色の瞳、精悍な顔立ちに狂気的な笑顔を浮かべた阿呆の子である。

 その正体は世界的にも崇拝されている偉大な魔女・魔法使い『七魔法王セブンズ・マギアス』を殺害するべく製造された人造人間だ。人造人間は細胞が脆くて僅か1年ほどしか生きることが出来ないのに対して、ハルアが運用されてから800年という恐ろしい年月が流れている。それは、ハルアの細胞に刻み込まれた再生魔法が原因だった。


 細胞に印字された再生魔法がハルアを生かしている状態であり、その為、腕を吹き飛ばそうが頭を切断しようが脳味噌を引き摺り出そうが生き返ることが出来るようになってしまったのだ。ちょっと特殊である。



「…………」



 ハルアは、目の前の女性を見つめている。


 透き通るような銀髪と色鮮やかな青い瞳、人形のような美貌はそこにいるだけで1枚の宗教画になりそうだ。反対に装飾品のない真っ黒な装束は肩だけが剥き出しとなった特殊な形をしており、袖のない外套を羽織っている。

 桜唇が咥えるものは、雪の結晶が刻まれた煙管。ゆっくりと煙を燻らせると、微かに香るのはミントを想起させる爽やかな匂いだ。あれは嗜好品の類ではなく身体に溜まった冷気を吸い上げて煙に変換するものだと教えてもらった。


 銀髪碧眼の女性――ユフィーリア・エイクトベルは浮世離れした顔に笑みを乗せ、



「どうした? ハル」


「…………」



 数え切れないほど縫い付けられた真っ黒なつなぎの衣嚢ポケットに手を突っ込んだハルアは、そこから煌々と輝く黄金の剣を引っ張り出した。神造兵器レジェンダリィのエクスカリバーである。



「待て待て待て、何でそんな物騒なものを取り出すんだよ」


「だって『死ね』って言うから!!」



 ハルアはエクスカリバーを構えて、



「ユーリはそんなこと言わない!!」


「確かにそうだけども!!」



 ユフィーリアは「お前はノリってものを分かれよ」とつまらなさそうに言う。

 上司であるユフィーリアがそんなことを言わないのは分かっていた。喧嘩して「殺す」と言うような場面は何度かあったが、ハルアに死を望むようなことはただの一度だってない。


 ハルアはエクスカリバーをしまうと、



「で、何でそんなことを言い出したの!?」


「死んでほしくはねえけど、仮死状態にはなってほしいんだよ。眠っている状態でもよし」


「何で?」



 皆目見当もつかないハルアはますます首を捻るばかりだ。



「ほらお前、今日は誕生日だろ。だからサプライズを仕掛けてやろうと思ってさ」


「それ言ってよかったの?」


「内容を言わなけりゃいいんだよ」



 ユフィーリアは意地悪そうな笑顔で返す。


 今日はハルアの誕生日だ。誕生日と言っても、人造人間として製造された日に過ぎないのだが、古い記憶の中にいる研究員の1人が「その日は誕生日って言うんだよ」と教えてくれたのでそう認識している。

 サプライズと言うと、ハルアを驚かせるような仕掛けを用意しているということだろう。それはとても嬉しいのだが、サプライズは驚かせることを目的としているのに種明かしをして大丈夫なのだろうか。


 心配になるハルアをよそに、ユフィーリアが差し出したのは紫色の液体が揺れる小瓶である。その小瓶の中身は、何となくだが毒物だと判断した。



「こいつを飲むと、3時間ほど眠りにつく。3時間が経ったらすっきり目覚められる不思議なお薬だ」


「それ大丈夫なの!?」


「色は悪いが問題ない、ぶどう味だぞ」


「味をつけたから色が悪くなったんじゃないの!?」



 ハルアは小瓶を受け取ると、



「まあいいや、おやすみ!!」


「躊躇いもなく飲みやがった」



 明らかに警戒すべき色味の薬物だが、ユフィーリアが言うのだから問題はないのだろう。彼女の言葉を信じて、ハルアは小瓶の中身を一気に呷る。

 人工的に施された葡萄の味わいが喉の奥を伝っていき、胃の腑に落ちると同時にハルアの意識が刈り取られる。毒物と思うにはあまりにも優しくて、薬物と呼ぶにはあまりにも効果的に睡眠はもたらされた。


 暗転。



 ☆



 誕生日を『嬉しいものだ』と教えてもらったのは、ユフィーリアからである。



「お前、今日って誕生日なのか!?」


「うん、そう」



 ヴァラール魔法学院預かりとなったハルアはその日、初めて施設の外で誕生日を迎えた。


 驚くユフィーリアとエドワードは「何で言ってくれなかったんだよ!?」と口々に叫ぶ。

 誕生日とは人造人間としてハルアが運用開始された日付である。誕生日の概念を教えてくれた研究員は毎年律儀に「おめでとう」と言ってくれたが、特にハルアは心が動かされなかった。誕生日とは何をするのか分かっていなかったのだ。


 だから、ふと今日が誕生日であることを思い出したので、ユフィーリアとエドワードにも教えてみたのだ。そうしたらこの反応である。



「馬鹿野郎!! 誕生日ってのは今日の主役をお祝いすることにかこつけて馬鹿騒ぎが許される日だぞ!!」


「そんな大事な日を、こんな夕ご飯を食べ終わったあとに言うんじゃないよぉ!! 何も用意してないじゃんねぇ!!」


「そういうもの?」



 ハルアは首を傾げる。


 教えてもらった誕生日の概念とは違っていたので、不思議だった。「おめでとう」と言葉を送られて終わるものだと思っていたのに、本当は騒いでもいい日だったのだ。

 ユフィーリアとエドワードはバタバタとした様子で用務員室の隣に駆け込んでいく。「とりあえず出来ることは」「余ってる食材は」などと話し声が聞こえてきた。何を用意しようとしているのか分からない。


 ハルアが用務員室の隣を覗き込むと、居住区画の台所で調理器具をひっくり返しているユフィーリアとエドワードがいた。食料保管庫の中身を確認していたり、料理本を眺めていたりと忙しない。



「何してるの?」


「とりあえずケーキを作るんだよ、誕生日って言ったらケーキだろ!!」



 ユフィーリアは泡立て器を片手に口の端を吊り上げて笑う。



「せっかくの誕生日なんだから、贈り物1つもないのは寂しいだろ。せめてこれぐらいはしてやらないとな」


「ハルちゃんはどんなのがいい? 苺がいっぱい乗った奴がいいかねぇ」


「お前、もっと豪勢なの選べよな」


「十分豪勢じゃんねぇ」



 それからまたユフィーリアとエドワードはやいのやいのと騒ぎながら、真っ白なクリームを泡立てて、甘いケーキを焼いてくれた。


 誕生日は、嬉しいもの。

 騒ぎながら焼いてくれたケーキを1口運び、ハルアは頬を緩ませるのだった。



 ☆



「――ハルさん、ハルさん。起きて、ハルさん」



 遠くの方で、誰かがハルアを呼んでいた。


 目を覚ますと、後輩のショウが顔を覗き込んでいる。彼の背後にあるのは用務員室の隣に設けられた居住区画の天蓋付きベッドの天井だ。

 どうやら薬を飲んで眠ったハルアを、誰かがベッドまで運んでくれたようだ。サプライズとやらは終わったのだろうか。


 起き上がったハルアは、重たい頭を振る。薬品がまだ抜けきっていないのか、眠気がまだ身体を支配しているようだった。



「んん、ショウちゃんおはよぉ……」


「おはよう、ハルさん。身体の調子はどうだ?」



 ショウはハルアの肩を支えると、



「薬品を使って強制的に眠らせたから、起きた時に不調があるかもしれないとユフィーリアが心配していた」


「んー」



 ハルアはベッドから立ち上がり、凝り固まった身体をほぐしていく。大きく伸びをして、屈伸運動をし、ぴょんこぴょんことその場で飛び跳ねて身体の調子を確かめてみた。全て良好である。



「問題なっしんぐ!!」


「なっしんぐ」



 ショウは小さく笑うと、



「今日はハルさんの誕生日だから、ユフィーリアたちがお祝いをたくさん用意してくれたぞ」


「え、何だろ!!」



 ハルアは琥珀色の瞳を輝かせる。


 ユフィーリアは毎年、ハルアの誕生日を盛大にお祝いしてくれる。今回は少しばかり大人しめだが、きっとこれから盛大なお祝いが用意されていると考えただけで楽しくなってしまう。

 去年はスイーツゾンビをチョコレートの魔法兵器で倒すごっこ遊びを楽しんだ。その前は勇者になって学校を探検した。だから今年は何が待っているのか楽しみだ。


 意気揚々とした足取りで寝室を出ると、



「よう、ハル。おはよう」



 笑顔のユフィーリア、エドワード、アイゼルネの大人組が待ち構えていた。

 何故か、身長計が彼らのすぐ側にあった。


 ハルアはその身長計を見た途端、顔を盛大にしかめた。



「何でそれがあるの」


「これが今年のお前の誕生日プレゼントです」



 ユフィーリアは笑顔で身長計を指差す。


 嫌がらせである、盛大な嫌がらせである。

 ハルアは身長が伸びない。それはユフィーリアにも説明されたが、原因はハルアが人造人間だからだ。人工的に作られた人造人間は成長も老いもなく、そのままの姿で死んでいくだけだと言うのだ。


 だから、身長も体重も変わらず成長もないハルアに、身長計など送られても変わらない目盛を眺める他はないのだ。



「嫌がらせだ!! 何も嬉しくない!!」


「知ったこっちゃねえ」



 ユフィーリアは無情にもハルアの主張を切り捨て、



「ほらハル、身長計に乗れ」


「やだ!!」



 ハルアは頑なに拒否の姿勢を突きつけた。


 毎年、誕生日にはハルアの嬉しいことしかしなかったのに、今になってハルアに嫌なことをしてくるなんて嫌いになりそうだ。ユフィーリアはとても楽しそうにしているが、ハルアは全然楽しくない。

 こんなの嫌がらせではないか。身長が全く変わっていないハルアの様子を眺めて、彼らは笑うのだろう。常日頃からハルアが身長の高い人物を狙って「足を交換しねえか!?」としがみついたりしているから、ついに嫌がらせとして身長計をくれやがったのだこの魔女。


 意地でも身長計になど乗らないとそっぽを向くハルアに、ユフィーリアは「仕方ねえな」と肩を竦める。



「ショウ坊、乗せてやれ」


「了解した」


「やーッ!! 何するのショウちゃん!!」



 ハルアの足元から腕の形をした炎――炎腕えんわんが生えてくると、無理やり腕を掴んで宙吊りにしてくる。逃げられなくなったところで、ハルアのことを無理やり身長計に乗せた。

 身長計は裸足で乗るもので、今まで寝ていたハルアは靴を履いていない。せめて靴でもあれば誤魔化しは通用したのだろうが、残念ながら小細工も出来なかった。


 せめてもの抵抗で身長計の下でしゃがみ込むハルアに、ユフィーリアが苛立ったような口振りで言う。



「ハル、立て」


「うー」


「身長を測らねえと今年の誕生日ケーキはエドの胃袋に収まるぞ」


「どうせ笑うんでしょ」



 ハルアはユフィーリアを睨みつけ、



「こんなのってないよ、嫌がらせだよ」


「ハル」



 見下ろすユフィーリアの視線が冷えていく。


 こうなったら無理やり身体測定をさせられる。今はまだ抵抗できているが、ユフィーリアが魔法を使い始めてしまった抵抗も無駄なものになってしまう。

 自分の意思で身長測定をするか、操られて身長測定をするか。どちらかを選べとなったら自分で腹を括った方がよさそうだ。


 仕方なしにハルアは身長計に立ち直し、背筋を目盛が書き込まれた柱にくっつける。苦い表情と低い声で、甚だ不本意であることを強調しながら言う。



「一思いにお願いします」


「はぁイ♪」



 身長計の脇に立ったアイゼルネが、柱に取り付けられたハンドルをスッと落とす。頭へ押し付けるようにハンドルが頭頂部に触れた。

 どうせ身長が伸びていないから笑い者にするつもりなのだろう。どういう意図で身長測定をやり出したのか不明だが、この時の恨みは絶対にどこかで晴らしてやる所存だ。


 柱に書き込まれた目盛を眺め、アイゼルネがその結果を告げる。



「171セメル(センチ)♪」


「えッ」



 ハルアの口から思わず声が出た。


 今まで、ハルアは168セメルだった。どう足掻いても170の壁は越えられず、牛乳を飲もうが何をしようが無駄だったのだ。

 それなのに、身長が伸びていた。3セメルもだ。とうとう夢の170の壁を突破したのだ。



「ハル、今年のお前の誕生日プレゼントは身長だ」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥えて笑い、



「まあ、今回はそのぐらいの身長が最適だわな」



 そんなことを言うが、ハルアにとっては飛び上がりたいほど嬉しい感情と急に身長が伸びたことによる混乱がせめぎ合う。

 どうして唐突に身長が伸びたのだろうか。ユフィーリアが魔法を使ってくれた? 身長を伸ばす魔法が開発されたのだろうか?


 何も言えずにいるハルアに、ショウがスススと近づく。



「ユフィーリア、ハルさんを作った研究者の資料を読み解いて勉強していたんだ。ハルさんが1番喜ぶものを送ってあげたいって」


「オレが1番喜ぶもの?」


「本当は5セメルぐらいは増やしてあげたかったみたいなんだが、3セメル以上伸ばしてしまうと崩れてしまう危険性が高まってしまうから3セメルで断念したんだって。その為に、徹夜でいっぱい勉強していたぞ」



 そういえば、ユフィーリアはここ連日のように魔導書を読み漁っていたような気がする。いつもの読書の趣味が熱を持ったのかと思いきや、ハルアの身長を伸ばす為にたくさんの勉強をしていたのだ。

 よく見ると彼女の目元には、薄らと隈が残されていた。それほどユフィーリアは一生懸命に勉強してくれたのだろう。


 その努力が、とても嬉しい。



「ユーリ――ユフィーリア・エイクトベル!!」



 ハルアは、世界で最も優しい魔女の名前を呼ぶ。


 銀髪の魔女は、珍しくフルネームで呼ばれたことに驚いていた。振り返った彼女の表情は、薄らと隈が刻まれた青い瞳を見開いている。

 きっとハルアが彼女の名前を覚えていたことに対して驚愕しているのだ。覚えていない訳がない。だって世界で最も優しい魔女は、ハルアにこの世界が『面白いものだ』と教えてくれたのだから。



「ありがとう、オレを成長させてくれて!!」



 ユフィーリアはそのお礼に対して、ひらっと右手を振っただけだった。


 800年の時を経て、ハルアもようやく成長できた。

 大事な後輩を守り、大事な居場所を守り、敬愛する魔女を守れるように。

《登場人物》


【ハルア】誕生日に『身長』をプレゼントされた。ずっと伸び悩む身長に頭を抱えており、体重も増えなけりゃ筋肉も増えないことに対してコンプレックスを抱いていたが、この度成長したことがとても嬉しい。ただ、後輩との身長差が変わらないような気がする。


【ユフィーリア】実はハルアに対する食育が成功しないことを密かに悩んでいたが、成長しない人造人間であることを知ったので人造人間の研究資料とか魔導書とか読み漁った。おかげで徹夜作業が続き、誕生日の料理などは全て他の問題児任せにしてしまった。

【エドワード】連日、ユフィーリアがハルアの為に徹夜をしているのを見て何も言えなかった。昔はよく徹夜作業をしていたし、可愛い後輩の為を思って勉強をしている姿を見て今回ばかりは目を瞑ろうということで見て見ぬ振りをした。誕生日パーティーが終わったらベッドに転がした。

【アイゼルネ】ユフィーリアが徹夜をしていることを知っていたし、ハルアの為に勉強をしていることも知っていたので、眠気覚ましにお茶を入れたりマッサージで叫ばせたりとサポートしていた。

【ショウ】最高の旦那様が連日の徹夜で倒れないか心配だったが、誕生日パーティーが終わってからエドワードにベッドへ転がされて安心。実は身長が176セメルになってて驚いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! そして、ハルア君、お誕生日おめでとうございます!! 傭兵団一同『ハルア、お誕生日、おめでとうーーーっ!!』 ビビアナ「ドンドンパフパフー♪」←チ…
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