踊り手
この短編は、一度書き上げたものの、どうにも収まりが悪かったある長編作品を、短編集にしてみよう! と思いたって書き始めたものです。
そんなわけで分かりにくい場面もあるかと思いますが、短めなので、お付き合いいただけると嬉しいです。
この作品のモチーフは、テルミンという指の動きで音を奏でる楽器です。かなり以前に、テレビで観た、テルミンの進化形?として、囲われた空間の中で人間が踊って音を奏でるという試みが行われていた時の映像を見て、このロボットを着想しました。
彼、または彼女、人は私をさまざまな名前で呼ぶ。
それは役柄のこともあれば、私の見た目からくるものもある。
しかし、私は「踊り手」と呼ばれるのが好きだった。
この船には特別な場所がある。
私のために作られた劇場。
私にしか弾きこなせない劇場だ。
限りある宇宙船の中に、娯楽用の施設を作ることに何の意味があるのかと問う人もいる。
限りがあるからこそだと、ある人は言った。
限りある空間で暮らさねばならないからこそ、この劇場が必要なのだと。
現実からの逃げ場が必要なのだと。
そのために私は存在する。
現実を忘れさせ、ひとときの夢を共に奏でる。
私の美しい体が自在に動く時、この劇場はその動きを拾い、音を紡ぐ。
両手で奏でる旋律。
踊る脚はいくつもの音を共鳴させる。
観衆も、音の一部だ。
彼らがわずかにずらした頭。
動かした指先。
息を吸い込む唇の動き。
劇場は全てを拾い、それらは時に雑音となる。
私はその雑音が雑音としてだけ存在したのではないように、
まるでそれも初めから考え抜かれたものであったかのように、
私の動きの一部となるように、
指先をわずかに動かす。
すると、雑音だったそれは、作品に深みを与え、その作品はさらに人々の雑念を祓う。
全てが共鳴し、全てが一つの音楽になる。
終劇後には、彼らは音の一部となった喜びと共に、共鳴を解かれた劇場内で、万感の拍手を奏でる。
それが何よりの褒美。
彼らが解放された印。
私の存在意義。
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かつて、地を這った経験のあった人間は、時に、この船に乗った事を後悔したという。
母星と共に滅びるべきだったと。
いつまでも見つからない、新しい母星に恋焦がれながら、彼らは死んでいった。
なんと儚く、寂しい命。
しかし、それでも人は命を繋ぎ続けた。
日々の苦痛に顔を歪めながら。
襲いくる不安に潰されそうになりながら。
だから私は踊り続ける。
人々の苦しみを昇華させ、共に生きていけるよう。
そして、なによりも。
この日々が終わらない事を願いながら。
けっして、新しい母星などというものが見つからないように。
私が存在し続けられるように。
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それは、地中の奥深く、棺桶となった宇宙船の中にいた。
かつて、光り輝いていた衣装はただの土塊の中のほんのわずかな異分子となり、人間を模した表皮は分解された。
六つの節のある、七本の指。
関節が二つづつある、四肢。
長く自在に曲がる首。
それは楽器であり、表現者だった。
だが、すでにそれはその役目を終えた。
さらに長い年月が経てば、いつかは、その体全て、
この星の土に混じって消えるだろう。
了
お読みいただき、ありがとうございました。
思ったよりもポエミーになりました。
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