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行間 MOB男な灰魔術師と極彩色の花束 その4






「ご苦労さん」


 なんとか白蛇にそれだけ言って少女を濡れた地面に置かせると、さっさと消えてもらう。

 あ、うつ伏せじゃん、と思った時には白蛇は消えていた。


「ちっ」


 しかたがない。

 マジマジと濡れた少女を観察する。別にやらしい意味ではない。まだこちとら精通もできない体と精神だからな。あくまでも『擬医者』としての視線だ。


 今は濡れて黒の要素が強くなっている髪。黒髪というほどでもない灰? いや、茶と銀? 他の色がまざったような不思議な、ボリュームのある髪を、お尻くらいまである長髪を背中でまとめていた。


 ちょっと不思議な髪色とも言えるが、基本黒髪といえるし、これだけじゃ魔導要素はわからない。あり得るといえばあり得る程度の髪色だしね。『目』で魔力を見ても、なんか見たこともないような波長だ。僕が見たこともない波長ってことは何かしらの魔導的特徴があるんだろうが、それが何かはさすがにわからない。


 そっと、細い首筋に手を伸ばして、脈をとる。うん、規則的。

 そのまま指を増やして首筋の体温を測る。

 浸水性低体温による芯の冷えはなさそうだ。水も飲んでいなさそうだが、魔力を『走らさないと』よくわからんな。


 知識上、溺れた時は冷水のほうがよかったらしいが、南方メリディナルで、水の少ないギルベナ地方じゃ実証的経験がないからよくわかんない。拍動が停止したわけでもないようだし、完全に沈んだわけでもなかったみたいだし、大丈夫じゃね?


 他人事満開で、とりあえずそっと俯けだったのを仰向けに変える。あの白蛇野郎置くときは普通仰向けだろうよ。二度手間かけさせやがって。やはり魔族は気が利かんな。


「う、っせ」


 できるだけ固定したままひっくり返す。その際口に指を突っ込んで強制的に口を開けさせたが、水はでてこなかった。呼吸も普通にしてるな。


 顔に泥がへばりついているのでそれを拭ってあげる。

 都会に行くほど女子の眉は細く薄く整えられる傾向があるらしい(姫様情報)が、その伝で行くとこの子はうちの田舎と大差ないな。田舎者かと思うが、色々変なところがある。


 痩せているのだが、やつれているとかではなく造形が良い。この時代血色はそのまま豊かさのバロメーターでもある。肌も泥と河水で汚れているが、肌自体はツルツルだ。瞳は閉じているので分からないが、薄い唇は、ふむ、紫色だな。溺れていたなら当然か。白人種だが、褐色とはまったく呼べないけど肌は白人種としては若干肌色が濃いな。それ以外は概ね造形の大半が形がよい。


 美術が苦手だからよくわからんし、紫色の唇をしている子を前に何を悠長にしているのかと思われるかもしれないが、理由がある。


 単純に待っているからだ。何を? 時間切れを。


 とにかく、美的感覚が乏しいながら一つ言えるとしたら、


「可愛いな」


 あくまで一般論として……いや、まぁ、個人的感想だな。

 僕自身六歳なのでロリにはならないし、年上好きだと自認しているが、どこか親戚の子供を見たような親近感のある可愛らしさを見て俄然やる気が出てきた。


 服装は民族衣装か? 帝国臣民の服装様式が法律で決まっているわけじゃないが。 生活圏が同じだと似てくるものだ。普通の農民は膝丈のチュニックを腰紐で結んでいるだけ。うちの姫様も地元じゃそういう服装していた。


 この子の服装は緑と赤のラインが入った服を着ているが、ナタリーお嬢様のような金持ちってかんじでもない。異民族の類というにも違和感がある。おおよそ、僻地異郷の貴族って感じかな。


 どこの服装だろうなっと考えていたら、『時間』がきた。


 うげ!


 魔力切れによる強烈な嘔吐感が襲ってきた。予想通り。

 

 やばい、視界がボヤケる。


 たった少しの時間、白蛇を呼び出しただけで魔力が切れた。自分の魔力量のなさに泣きたくなる。

 というか、嘔吐した。嘔吐して泣いていた。


 このまま倒れたい。

 そう思ったら体が自然に倒れた。


 やばい、こんなところで寝たら風邪引く。風邪引いてもいいから目を閉じたい。

 葛藤が続く。


 それなりに魔力切れは経験しているが、慣れるということがない。

 魔力は生命力と同義だから、致し方ないが、嘔吐だけでもなんとかならんか。


 倒れると少し気分は良くなった。何も感じなくなったとも言う。


 倒れた視線の先には女の子の横顔が見える。

 お互い何もできないので、一方的にその顔を見つめる。


 好みの顔だなと思った。

 ああ、そうか。と思う。

 この子はどこか『故郷』を思いださせるのだ。顔の造形というか、雰囲気が。


 こういう子はあんまり見たことねぇや。不幸にまみれているか、悲しみを理解しているか、全てを押し潰す強さで覆われているか、美しい女性となるとギルベナじゃそんなのしか見たことがない。


 平和ぼけした善人の顔をしていた。


 意識を失っているはずのその子の表情は、顔の造りは穏やかで、無垢で無防備で間抜けの顔をしていた。理知とか理性とか知恵とか世知とか関係なく、善なる間抜けの顔だ。

 きっと豊かで幸せな人生だった、のかもしれない。だからこんな顔で育ったんだな。


 それから、今度はどことなく姉を思い出した。今はもう思い出すしかない姉を思い出した。

 無垢で善人、純情で誰からも愛されていた僕の姉。


 顔のタイプは全く違うが、この子からは姉の雰囲気があった。


 顔の造形だけで言えば、姫様以上の美形は見たこと無い。でも料理と一緒で一流料亭の味がジャンクフードに勝るとは限らん。別にこの子の顔がジャンクフードレベルだって言っているわけじゃねえよ?


 どれくらいたっただろう。

 いや、そんなに経っていないはずだ。ずっと意識はあった。


 まだ、女の子は目を覚ましていない。ああ、体を温めなきゃいけないのにな。と思ってから少し違和感を感じた。

 溺れていたのに、『見える』魔力は弱々しさがない。かといって強く発光しているわけでもなく、時間が停止しているように自然だ。


 だが、そんなことより、その違和感に気がついたことが、重要だ。緊急性がある。時間を気にしたことのほうが。

 その時、時間が気になったのは、誰かがやってきたからだ。


 誰か、という限り、僕の知っている声ではなかった。






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