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行間 MOB男な灰魔術師と極彩色の花束 その3






 屋根から出て、辺りを見回す。


 『駅』の支柱には壁が付いているが、それは二方向のみなので見晴らしがいい。冬場はとてもじゃないがビバークの用を足さないような気がするが、冬場はトタン板を空いている壁に貼り付けられるようになっているらしい。同じ北方アスガルドでも、北西のような北国じゃ厳冬になると街道は封鎖されるところがあるというが、この辺りはどうだかは、知らないな。


 屋根と外の境に立っている警備部の人に声をかけて、『駅』を少し離れる。

 特段その人には何も言われなかった。あまり危険はない、という判断もあるが、それでも六歳の僕が見知らぬ土地を一人で外を出歩けるのは、自己責任という部分も大きい。六歳と言えど、丁稚と言えど、責任は自分にある。商人見習いの平民とはそういうものだ。


 僕は外の景色を眺めた。灰魔術師カオスマスターの『眼』で。


 これも僕がある程度自由を許されている理由の一つだ。

 悪意や無情の存在による危険を『目視』できる才能。


 僕は平民で、商人見習いで、お嬢様の友人だが、大人たちにとって最も価値があると思われているのは、僕の魔術師としての部分だろう。


 灰魔術師カオスマスター

 魔力使用による歪みである『魔粒子』を操る魔術師のことだ。


 魔力の残滓でしか無いそれを利用するには、当然それが見えていなければならず、灰魔術師カオスマスターたちはすべからく優れた魔力感知の『眼』を持っている。


 儚い埃のような『魔粒子』の忌みを読み取ることができるほどの『眼』だ。


 ここだけの話。内面での呟きとして。

 僕の『眼』はそれなりに高性能だ。僕の灰魔術師としての『眼』は『近距離深細型』とでも言おうか。


 周りを見渡しても、人の、人以外の、生物反応はない。


 灰色の空に地上の空気も染められているが、ここでなにか不幸な出来事があったような忌みもなさそうだ。


 雨露を纏った緑の草が靴を濡らす。気持ち悪いが、清々しいほど自然でありのままだ。


 遠くに地響きのような大河の行進する音がした。雨による増水のせいか。それだって偉大さを表しているが邪悪さなどない。邪悪じゃなければ危険はないというほど、自然というやつは小さくないが、まぁ、それはいい。


 しばらく見回してから、河と森の方を見比べる。


 どっちに行くべきかな。


 魔術師として、魔導師として、薬師として、偽医者として、博物者として、性質とか性癖とか、とにかくなんかそんな感じの全ての卵かなんかしらの僕には、どちらに行けばいいのかというのは悩ましい。


 北方アスガルドなんて、人生でそうそう来れる場所でもないだろうし。

 どちらがより効率的に興味深いものを見れるだろう? いやさ、野草はとれるだろうか。

 時間に有限である種族と立場が悩ましいね。


 と考えてから、僕は川辺の方へと歩いて行った。


 僕の『眼』は深く詳細に観察することができるが、視線の届かないところは死角になる。

 大運河の方は増水していて危険だが、あまり近づかなければ大丈夫だろう。


 森のほうが山菜の類は取れるが、死角も多い。だだっ広く開けた大河の方が魔物や野盗が隠れている危険はないだろう。小心者の僕らしい選択だ。


 てくてく歩くが、ジュボジュボと足が沼地のようになった草地に少し沈む。

 やれやれだ。


 しばらく探してみたが、さすがに街道近くには、あまり薬草や食用の植物は見えない。動物の姿もだ。

 うーん、街道沿いじゃあ、そういった類の動植物は狩り尽くされているのかな?


 人間種族の生息圏を形成することによる自然と他種族の生成形成の関係、みたいな感じで誰か論文を書いてくれないかな。読んでみたいが自分では書く気はない。暇じゃねぇ。


 少し、丈が高くなってきた草のところで立ち止まる。

 かろうじて川岸が見えるが河まであと十メートルもない。足場もコレ以上進めば予想外に深く沈む場所がありそうだ。草も鬱蒼としてきたし、何がいるか気をつけないといけない。

 あんまり泥だらけでも、姫様に外に出ていたことがまるわかりになっちゃうしな。


 戻るか。 


 やっぱり森の方に行こうと振り返った。

 振り返ろうとした。いやもう振り返っていた。


「うん?」


 振り返った視界の端に異物が映り込んだような気がして、元の位置に視線を戻す。


 何かが増水した川面を流れてくるのが分かる。

 何か。灰魔術師カオスマスターの『眼』にはそれは生命反応であることがわかった。


「ん? ん? んん?」


 じっと目を凝らす。


 人だ。


 小さな女の子が流されてくる。ドンブラコというほど長閑な感じはない。動きがない。ほとんど溺れかかって、水流に抵抗する素振りさえ見せない。

 危険な状態であることはひと目で分かった。

 たとえ元気で泳ぎの達者な者でも、大人でも、雨上がりの増水した、水温の低い、北方アスガルドの大運河は普通に泳いだって危険だ。


 助けなきゃ! と瞬間的に思った。


 が、


 これ以上進むと、服が濡れるなとか、助けられるけど大変だな、などと人として失格な思いのほうがずっと長く多く心に浮かんだことは僕だけの中の話だ。


 さすがにそんな理由で見捨てるわけにもいくまい。

 だが、河まで十メートル。いま斜めの距離にいる少女が溺れている場所まではさらに三から四メートル。僕には結構な距離。物理的にそこまで行っても間に合わないし、物理的に引っ張り上げることもできないだろう。


 魔術、という選択肢しかなかろう。

 が、それも物理的じゃないだけで、微妙な気が無きにしもあらず。僕の射程範囲から遠からず近からず。


 ええい、わからんときはとりあえずGO! だな。


 パン! と柏手を打つ。


 水分を多く含んだ沼地のような草地にそのまま両腕を叩きつける。

 これだけ『水気』が多ければ『伝導する』だろう。


 無理だったら見なかったことにしよう。


 練り上げた魔力で道を体内に創る。

 これは魔術というより『特性』による『魔法』に近い。詠唱などは不要だ。

 突き刺すように魔力の『筋』を地面に通す。


 ゾゾゾゾ!!


 地面へと叩きつけた両腕のから白い太い影が伸びて、一つになり、横に波うって大運河の川面へと走っていく。

 水面へと到達するとさらにスピードを上げた白い影は少女の元へと到達すると、爆発するように水面に水柱が上がった。


 水で体を太らした半透明の白蛇が、小さな少女をその顎に引っ掛けて、鎌首をもたげている。


 するりするりと大蛇は少女を載せたまま戻ってきた。


「ご苦労さん」






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